番外47(お嬢様の秘密の買物9)
「えっと、これは・・・」
リンメル様は私が説明するのを辛抱強く待っているようだ。
「マレットと夜の散歩を楽しんでいたら、ここから悲鳴が聞こえてきたんです」
「ほう、そうか。マレット」
リンメル様がマレットに尋ねると、マレットは直立不動になっていた。
「はっ、エミーリアが夜の散歩をしたいというので護衛として付き添いました」
ちょっと、マレット、それは私が主犯だと暗に仄めかしているわね。
リンメル様はマレットの答えを聞いてから再びこちらを見たが、その視線の先は私ではなく私の後ろに半ば隠れるようにして様子を窺っているリビーだった。
そして猛獣に餌認定された哀れな少女は、身を捩って少しでその視線から逃れようと私の体の後ろに隠れようとしていた。
だが、そんな行動もリンメル様には全く通じないようで、じっと見つめたままゆっくり近づいて来た。
リビーはその姿を見てプルプルと震えだしたが、リンメル様は膝を突き視線をリビーに合わせると、いつも見せている苦虫を噛み潰したような顔ではなく、私が見た事が無いとても爽やかな笑顔になっていた。
あのリンメル様が笑っている。
私はその笑顔を見て驚いたが、それはマレットも同じだったようで口をあんぐりと開けて馬鹿みたいに呆けた顔をしていた。
きっと私もマレットと同じような顔をしているわね。
「やあ、お嬢ちゃん、怖かっただろう。でも、もう大丈夫だよ。私はエミーリアの仕事仲間でリンメルと言うんだ。お嬢ちゃん、お名前は?」
「・・・リビー」
「うん、良い名前だね。ちょっと聞いてもいいかな?」
「うん、何?」
リビーはリンメル様の優しい笑顔と声色、それに私の仕事仲間だという単語を聞き、自分の名前を褒めて貰った事で、ちょっと警戒心を解いたようだ。
「このエミーリアお姉ちゃんとは何時頃出会ったのかな?」
「えっとね、半年位前かな」
そう、リビーと初めて会ったのはあの収穫祭の時で、注意しなければならない領民軍の3人について調べている時だった。
あれからもうそんなになるのかと感慨にふけっていると、ふっと、それを今リンメル様に知られるのは、非常に拙いという事に気が付いた。
だが、時すでに遅しだった。
「エミーお姉ちゃんには、良くしてもらっているの?」
「うん、食べ物を貰ったり」
「そう」
リビーとリンメル様との間の会話を聞いている内に、次第に私の背中には冷たい汗が流れ始めていた。
仮に今回の件が明るみに出て報告書を求められても、拙い部分を全て行間に埋めて隠してしまうつもりだったが、今リンメル様によってその部分をことごとく掘り起こされているのだ。
これは非常に拙いです。
どうして辺境伯家のみなさんは、こうも優秀な方ばかりなのでしょう?
リンメル様もそれだけ仕事が出来るのなら、町中の人攫いもさっさと捕まえてくれればいいのにと思ったところで、リンメル様の肩書が対外諜報担当だという事に気が付いた。
だったら、領内の事にそんなに興味を持たなくてもいいのに。
この場はリンメル様が預かる事になり、私とマレットは、今回の件を報告書として提出することになった。
そして結論が出るまで謹慎処分となった私は、その後リビー達がどうなったか知らなかった。
それはお嬢様の注文品の捜索もだが、こちらはアシュリーさんに頑張ってもらうしか無かった。
自室で謹慎して数日、扉をノックする音が聞えた。
そしてリンメル様が呼んでいるとの事で衛兵が迎えに来たのだ。
どうやら処分が決まったようですね。
私は衛兵の後ろを歩きながら、お嬢様に最後に挨拶する時間はあるのだろうかと考えていた。
衛兵が立ち止るとそこにある扉をノックした。
中から「入れ」という声が聞えてくると、衛兵が扉を開けて私に中に入るように促してきた。
既にお馴染みとなった部屋では、リンメル様がテーブルの上の載せられた書類から目を上げて目の前の空いている席を指示した。
私は指定された席に座ると、正面に居るリンメル様の顔を見た。
どうせならあのリビーに見せた爽やかな笑顔でも見せてくれればいいのにと思ったが、そこには相変わらずの苦虫を噛み潰したような顔があった。
判決を言い渡されるのを待っていると、いつの間にやって来たのか当番兵がお茶を用意してくれていた。
そう言えばこの部屋でお茶を出されたのは初めてですね。
当番兵にお礼を言ってお茶を一口飲むと、それを待っていたかのようにリンメル様が話し始めた。
喋っている内容は、炭屋での顛末だった。
現場にリンメル様が居た理由は、マレットが夜勤をさぼって何時までも戻って来ないのに慌てた同僚が、リンメル様の所に相談に行ったためだった。
マレット、どうしてもっときちんと説明しておかないのよ。
「エミーリア・モス、この件をクレメンタイン様に話したのか?」
「何の事でしょうか?」
「いや、知らないならいい」
そう言ってテーブルの上の書類を閉じた。いよいよ判決が下るようだ。
私は思わず居住まいを正して審判が下るのを待ち構えた。
「まあ、いい、今回の件でお前の行動についての処分を伝える」
私はゴクリと唾を飲み込むと、じっとリンメル様の口を見て次の言葉を待った。
「引き続きお嬢様の専属メイドをするように」
「え? お咎め無し、ですか?」
「何だ、意外か?」
「ええ、だって・・・」
確か私の行動は王国法に抵触していたはずです。それなのに、お咎め無しでいいのでしょうか?
私が戸惑っていると、またあの細い目でじっと睨まれてしまったが、次の瞬間、意外な物を見てしまった。
そう、あのリンメル様が笑ったのだ。
その顔がちょっとかわいいと思ってしまったので、ちょっとほっこりしてしまった。
「おい、何で笑うんだ?」
「いえ、何でもありません」
するとリンメル様は「はあ」とため息をついていた。
「クレメンタイン様に感謝するんだな。ダグラス様に掛け合ってくれたんだぞ。私のメイドを首にしないでってな」
「え?」
「ダグラス様が愛娘のお願いを無碍にすると思うか?」
「つまり御館様が、一肌脱いでくれたという事ですか?」
「ああ、あの娘大好きなお方は、娘が喜ぶのなら何だってやるからな」
そうなのだ。御館様は一人娘にはとても甘いのだ。
例えそれが王国法に抵触していようとも、強引に無かった事に出来る権限と実行力を持っているのだ。