番外46(お嬢様の秘密の買物8)
その日の夜、私は自室からそっと抜け出すと本館に向かった。
別館から本館に続く連絡通路に人が居ない事を確かめると、足早に本館に行き、そっと扉を開けた。
本館は常駐している警備兵が定期的に巡回しているので、その時間帯を避けて行動しなければならなかった。
確か今日の夜勤はマレット達だったので手伝って貰おうかとも思ったが、私がこれからやろうとしている事は、後々問題になるはずなので止めておいた。
そして目的地である清掃準備室までやって来た。
前にこっそり忍び込んだ時はブリタニーに見つかってしまったので、もう一度周りを見回して人が居ないのを確かめてから中に入った。
前回はここで第3見張塔の鍵を拝借したのだが、今回の目的は万が一の時の為に保管してあるどう見ても耳かきにしか見えない開錠のマジック・アイテムだ。
これがあれば、あのスロープの先にあるあの扉を開ける事が可能なのだ。
清掃準備室を出て扉を閉めたところで、突然肩を掴まれた。
「おい」
私の心臓が跳ね上がった。
私はぴょんと飛び上がると清掃準備室の扉に背中をくっつけて振り返った。
心臓がバクバクと早鐘を打つ中、スカートのスリットに手を入れて何とか武器を手に取ろうとしたところで、相手の顔が見えた。
「ちょっと、マレット、脅かさないでよ」
かすれそうになる声で何とかそれだけ言うと、マレットは「はあ」とため息をついていた。
「それはこっちのセリフだ。どっかの暗殺者が忍び込んだのかと思ったぞ」
そして扉の上に書かれている「清掃準備室」というプレートを確かめてから、私に視線を戻した。
「それよりも、お前、こんな所で何やってんだ?」
「え、えっと」
私は指で自分の頬をぽりぽりとかきながら何とかうまい言い訳を考えていたが、とても無理そうなので諦めた。
そして素直にこれまでの経緯を話し、これから炭屋に忍び込むのだと伝えた。
「するとその炭屋にリビーとかいう子供が捕らわれていて、その救出に向かうと?」
「ええ、だからちょっと内緒にしておいて欲しいの」
「お前なあ、相手は領抜けの、言ってみれば犯罪者だぞ。それでも助けに行くのか?」
「人攫いの方が重罪よ。それにリビーの家族と約束したから」
するとマレットは頭をガシガシと掻いて考えていたが、何らかの結論がでたのか私の肩を叩いてきた。
「ちょっと待て、俺も一緒に行こう」
「え、でも、そんな事したら、貴方も共犯になるわよ」
「俺達の任務は領民を守る事だ。バタールに住んでいるんなら俺にとっては守る対象だよ」
なんだろう。マレットがかっこよく見えるわね。
「装備を整えて来る。ちょっと待ってろ」
そう言うとマレットは駆け出して行った。
マレットと一緒にやって来た深夜の炭屋は真っ暗で物音一つしなかった。
「それで何処に潜入するんだ?」
「建物の奥にある地下室よ。ついて来て」
そう言って建物を迂回してスロープを降りて行くと、昼間鍵がかかって入れなかった扉の前にやって来た。
ポケットの中から開錠のマジック・アイテムを取り出すと、鍵穴に差し込んだ。
「ガチャリ」
その頑丈そうな扉は呆気なく開いた。
マレットが重そうな扉を開いてくれたので、その隙間からそっと中に滑り込んだ。
中は土壁の通路になっていて奥から微かな明かりが漏れていた。
「マレット、奥に誰か居そうよ」
「ああ、見つからないように慎重に進もう」
物音に気を付けながら暗い通路を進んでいくと、やがて通路の先に扉があるのが見えた。
その扉の隙間から光が漏れていて、中に人が居る事を示していた。
扉に耳を当てて中の様子を窺うと、何か作業しているような物音が聞えてきた。
隣に居るマレットに一つ頷くとそっと扉を開けて中の様子を窺った。
そこでは男達が何かを樽詰めしていた。
こんな夜中に炭を積めるほど働き者とはとても思えないので、何となくうさん臭さが漂っていた。
更に良く見ようと首を伸ばすとその奥に牢のような物があり、その中に少女が居るのが見えた。
その少女はリビーだった。
扉を開けて中に入ると男に向けて声を張り上げていた。
「何をしている?」
私のその声で作業していた男達は一瞬焦ったようだが、入って来たのが2人だけと分かると、その顔には余裕の表情が戻っていた。
「お前は昼間のメイドか、それと隣は衛兵か」
その時牢の中にいたリビーが声を上げた。
「エミーお姉ちゃん、その樽の中に子供が詰め込まれているわ。ブレスコット家の連中が嗅ぎつけたから、手入れが入る前に急いで商品を運び出すって」
その声を聞いたエイマーズが眉間に皺を寄せていた。
「ちっ、お喋りは自分や周りに災いを招く事を学習するんだな。そうか、お前達が樽を探していたのは、このガキのせいか」
「言い逃れは出来ないぞ」
マレットがそう言うとエイマーズは、この場を誤魔化すのではなく、私達を始末することに決めたようだ。
「お前達3人がかりで衛兵に当たれ、俺はこっちのでしゃばりな女の相手をする」
「「「へい」」」
そう言いうとエイマーズは私の正面に対峙すると腰に差した短剣を抜いた。
「なんだ、丸腰か。泣き叫んで命乞いをするなら考えてやってもいいぞ。全く、館で床掃除でもしていればいいものを、こんな所までやって来て余計な事に首を突っ込むから、酷い目に遭うんだぜ」
「随分、お喋りな男ね。先程お喋りはなんだとか言っていなかったかしら?」
「お前は馬鹿か? 掃除くらいしか能のないメイドに何が出来る? 大方その衛兵を頼っているんだろうが、3人相手じゃ無理だろうぜ」
そう言うとニヤリと笑っていた。
「そしてお前は、そうだな。ガキ共と一緒に商品にしてやろう」
「さあ、そんな事本当に出来るかしら?」
「ふん、そんな事言えるのも今のうちさ、直ぐに後悔することになるぜ」
そう言ったエイマーズの顔には、傲慢さが見えていた。
そして短剣を振り上げて襲い掛かってきたが、その動きは直線的で隙があった。
私は軽く横にステップして躱すと、振り向きざまにスカートのスリットの中から短刀を抜き出して相手の利き腕に切りつけた。
「ぐあっ」
エイマーズは短剣を落とすと切られた腕を押さえていた。
「お前、何時の間に武器なんか」
「相手が女だと思って侮るからこうなるのよ」
そこでマレットと3人の男達の戦闘も終わり、マレットの周りに3人の男達が倒れていた。
その光景をみたエイマーズは分が悪いと察したようで、扉に向けて走り出していた。
私は逃がさないようにその無防備な背中を蹴りつけると、エイマーズはたたらを踏んだまま壁に激突して動かなくなった。
「マレット、流石ね」
「なんだ、俺に惚れたか?」
「あ、それは無い」
よし、これなら後始末をマレットに任せて、リビーを家に送り届けた後、自分のベッドに潜り込めば何とか誤魔化せるんじゃないかしら?
そしたらリンメル様にも、今回の件がバレる事も無いわよね。
「マレット、子供達を樽から出して男達を縛り上げたら後は任せるわね。私はリビーを家族の元に送り届けてから館に戻るわ」
「ああ、分かった。こっちは問題ないぞ」
そして樽の蓋を開けて子供を引っ張り出すと、リビーが居る牢の中に入った。
リビーは涙に濡れる瞳で私を見上げていた。
「エミーお姉ちゃん」
私はリビーが安心するように優しく抱きしめた。
「リビー、お母さんとリオが待っているわ。さ、お家に帰るわよ」
「うん」
リビーは嬉しそうな顔で頷いた。
よし、順調。
後はリビーを家に送り届けてベッドに潜り込めば、なんとか誤魔化せる。
と思ったところで、後ろから声が聞えてきた。
「何をしている?」
一瞬新手が来たのかとドキリとしたが、振り返って相手を見ると一瞬で拙い事態になった事を理解した。
そこには不機嫌そうに周囲を窺うリンメル様が居て、ばっちり目が合ってしまった。