番外45(お嬢様の秘密の買物7)
翌日私はお嬢様が武術訓練を始めると、再びお嬢様が注文した品を探すためホイストン商会にやって来た。
そこではアシュリーさんとデールさんが、真剣な顔でテーブルの上に置いた紙片を見つめていた。
「アシュリーさん、何をしているのです?」
私が声を掛けると、紙片をじっと見ていたアシュリーさんが顔を上げた。
「あ、エミーリアさん、実はクレメンタイン様の注文品が何処に行ったのか検討していたのです」
「それで可能性がある場所は見つかりましたか?」
「それが・・・ここしか」
そう言って指さした先にある名前は、真っ先に除外した場所だった。
「そこは空樽を納品しただけですよね? そんな場所にあるとでも?」
するとアシュリーさんはちょっと困ったような顔をしていた。
「そうですよねえ。だけど、他に当てがないのです。それに空樽を納品するなんておかしいと思いませんか?」
「う~ん、でも、そこは炭屋ですから商品を樽に詰めて出荷すると思えばあり得る話ですよね?」
「それでは、諦めるのですか?」
アシュリーさんのその一言は、とても受け入れられなかった。
それに気になるなら、ダメ元で確かめてみる方がいいわよね。
「それじゃ、行きましょうか」
目的の炭屋は住宅街から少し離れた場所にあった。
敷地には炭の材料となる木材が野積みされ、その奥にある炭焼き釜では今も煙突から煙が出ていることから、炭を作っている最中のようだ。
人が居ると思われる平屋の建物に歩いて行くと、建物の中から1人の少年が荷物を持って出てきた。
「少年、ここの責任者に会いたいんだけど」
アシュリーさんからそう言うと声を掛けられた少年は、こちらを胡散臭そうな顔で見てきた。
「えっと、お客さんで?」
「いや、客ではないのですが」
「客じゃないんなら、帰ってください」
そう言うと少年は仕事があるといってさっさと行ってしまった。
全く、取り付く島もないようです。
「アシュリーさん、仕方がありません、このまま中に入ってみましょう」
「そ、そうですね」
平屋の建物の中は、土間が広がっていてその先に一段高くなった所で1人の男が長い煙管で煙草を吸っていた。
「すみません。私はブレスコット辺境伯家の使用人で、エミーリアと言います。ここの責任者の方ですか?」
私が声を掛けると、煙草を吸っていた男はポンと煙管を叩いて煙草を落としてから振り向いた。
「はい、私がここの店長のエイマーズです。何か御用ですか?」
そう名乗った男は、禿頭にバンダナを巻いた恰幅の良い小男で、目尻が下がった赤ら顔は無害そうに見えた。
良かった。何となく、話が通じそうだ。
「リドル商会から購入された樽を見せて下さい」
「はあ? 唯の空樽ですよ」
「その空樽を見せて欲しいのです」
するとエイマーズは徐に立ち上がると私達を手招きした。
「こっちです。付いて来てください」
そう言うと店の奥に歩いて行くので、私達もその後を追いかけた。
薄暗く物が雑然を置かれている店内を通って裏に出ると、そこに屋根がある保管場所に空樽が置いてあった。
そしてその隣には下りスロープと、その先には地下に通じる扉があった。
「御覧のとおり唯の空樽ですよ」
そういって目の前に置いてある樽を指さした。
「ちょっと見せて貰っても良いですか?」
「ええ、構いませんが、納得したら帰って下さいね」
そしてアシュリーさんと一緒に空樽を隅から隅まで調べたが、お嬢様が注文した物は何処にも無かった。
「何もありませんね」
「ええ、そうですね」
私とアシュリーさんは、これで手がかりが尽きた事を認めざるを得なかった。
そして帰ろうとしたところで何かが落ちているのに気が付いた。
半分土の中に埋もれたそれは、私がリビーという領抜けしてバタールにやって来た少女に渡したヘアクリップによく似ていた。
「何故、これがここにあるのでしょう?」
「え、エミーリアさん、何か言いました?」
私の独り言を聞きつけたアシュリーさんが質問してきたが、私は首を横に振りながらヘアクリップをポケットにしまった。
「いいえ、何でもありません」
そしてヘアクリップが落ちていたスロープの先にある扉を調べてみる事にした。
後ろから付いて来たアシュリーさんはちょっと戸惑っていた。
「ねえ、エミーリアさん、ここはちょっと拙いんじゃないですか?」
「ちょっと中を見るだけです」
そう言って取っ手に手を掛けたが、残念ながら鍵がかかっているようでびくともしなかった。
私はエイマーズさんにお礼を言って店を出ると、店前でアシュリーさんと別れて裏路地に向かった。
そしてリビーをよく見かけた場所に行くと、あの少女の姿を探して歩き回った。
リビーは何処にもいなかった。
そしてそろそろ時間切れで諦めようとしたところで、路地の角から何かが倒れる物音がした。
ひょっとしてリビーかもと慌ててその場所に向かうと、そこでは男が何かを踏んづけていた。
その足元には小さな男の子がうつ伏せに倒れていた。
「ちょっと、その足をどけなさい。衛兵を呼びますよ」
こちらを振り向いた男は、私の頭の天辺から爪先までじろじろ見ると何かを呟いていたが、そのまま立ち去ってくれた。
私は動かない男の子の傍に座ると助け起こした。
「ねえ、君、大丈夫?」
そしてうつ伏せになった男の子の顔を見ると、ちょっと汚れているがそれがリビーの弟のリオだと分かった。
「え、リオ?」
そう声を掛けるとリオも私の事が分かったようで、私に抱き着くとわんわんと泣き出した。
何を聞いても泣くだけでさっぱり事情が聴けないので、リオが落ち着けるように家に送って行く事にした。
リオに教えて貰った場所は、とても家とは呼べない廃屋だったが、その中に人の気配があった。
中ではリビーとリオの母親が待っていた。
「ちょっとリオ、貴方どうしたの?」
「路地裏で男に掴まっていたのです」
私がそう言うと事情を察知したようで、リオを優しく抱きしめていた。
「駄目じゃないの。リオまで居なくなったら私はどうしたらいいの?」
私は母親のその一言でリビーに何か良くない事が起こった事を察した。
「話して貰えますか?」
母親の話によると、リビーは数日前から家に戻って来てないそうだ。
それは丁度お嬢様と一緒にミッシュに行っている頃だった。
そう言えばリビーが、裏路地には人を攫ってお金に換える屑が居ると言っていたわね。
すると炭屋で見つけたあのヘアクリップが何故あそこにあったのか、とても気になりますね。
私は炭屋で拾ったヘアクリップを母親の前に置いた。
「これは、リビーのお気に入りのヘアクリップです」
「とある場所で拾ったのです。もしかしたら人攫いに捕まったかもしれません」
私がそう言うと母親はわっと泣きだすと、私に縋りついてきた。
「お願いです。あの子を、あの子を、うっ」
すると今度はリオが泣きながら私の服に縋りついてきた。
「お姉ちゃんを助けてよぅ」
この件にこれ以上深入りすると、今まで隠れて手助けしていた事が明るみに出てしまいそうです。
そうなると私は、最悪辺境伯領から退去を命じられるかもしれません。
とはいえ、この無力な母親と男の子の手を振り解いて出て行く事が、私には出来そうもありません。
どうして私はこうもトラブルに巻き込まれてしまうのでしょうか?
ああ、お父様、私は今度こそ本当にお仕事を失うかもしれません。
実家に戻っても温かく迎え入れて下さいね。
「分かりました。どこまでやれるか分かりませんが、力が及ぶ限り何とかしてみましょう」
ブックマーク登録ありがとうございます。