番外41(お嬢様の秘密の買物3)
最初に向かったのは、以前ブリタニーに教えて貰った大通りにある熊のように大きな店長が居る酒場だ。
ここは大通り沿いにある比較的入りやすい店で、見栄を張りたい商人達が好む店だ。
多少高くてもこういった店の方が成功した商人に見えるし、相手を探している女性にも好まれるのがその理由だ。
金を持った見栄っ張りな男なら、この店に来る可能性は極めて高いのだ。
扉を開いて中に入ると、カウンターの向う側にいる大きな熊じゃなかった、店長が声を掛けてきた。
「よう嬢ちゃん。久しぶりだな」
どうやら私もブリタニーと同じ「嬢ちゃん」枠に入ったようです。
「店長さん、最近はどうですか?」
私がそう尋ねると店長はちょっと小首を傾げてから、とある客席を横目で見ながら態と大声で話してきた。
「最近どこかの商会が粗悪品の酒を納入しているという噂があるんだよ。全く、ブレスコット辺境伯様は不正がお嫌いだと、本当に分かってんのかねえ」
店長の声が聞えたのか、周りのテーブルで酒を飲んでいた客達が一斉にこちらに顔を向けて来た。
丁度いいので目的の男がいるかどうか確かめる事にしましょう。
「デールさん、この中に一緒に野営したリドル商会の人は居ますか?」
デールは店の中を見回すと、あるテーブルに目が釘付けになった。
「あの男です」
その視線の先を探ると、そこには両手に花状態の男が下品な笑い声を上げながら酒を飲んでいた。
私達が彼を見ていると、その視線に気付いた男がこちらを見返してきた。
そして一瞬目を見開くと、手に持っていた木製ジョッキをテーブルの上に置いた。
次の瞬間、脱兎のごとく素早さで店を出て行ってしまった。
「・・・逃げたわ」
「逃げましたね」
私は、状況が飲み込めず呆気に取られている2人の肩を叩いて正気に戻すと、出口に向かって走り出した。
「追いかけるわよ」
酒場を出て左右の道を確かめると男の後ろ姿を見つけた。
男はこちらを振り返り私達の姿を認めると、再び逃げ出した。
「居たわ。逃がさないで」
男を追いかける私の耳には、後ろから付いて来る2人の足音が聞えていたので、確かめる事はせず話しかけた。
「あの男と野営した時、他に誰も居なかったのですね?」
「はい、彼だけです・・・酔いつぶれた後は分かりませんが」
デールは、後半は微かに聞こえる程度の音量で呟いた。
男は大通りが不利と思ったのか、わき道に入ると裏路地を逃げて行った。
バタールの町も一本裏路地に入ると、入り組んでいて狭いのだ。
こんな道を走っていると、バタールの町を調査していた頃に裏路地で出会った女の子の事を思い出した。
その子は名前をリビーといって、元々ビンガム男爵領に住んでいた平民だと言っていた。
そこでの生活は厳しく父親が体を壊して亡くなると、母親がリビーと弟を連れてこのブレスコット辺境伯領に逃げてきたのだと話してくれた。
バーボネラ王国では平民が領抜けをすることは禁止されているので、ブレスコット辺境伯領に逃げて来ても見つかれば強制退去になってしまうのだ。
そのため最初見かけた時は、しっかり逃げられた。
それから何度か顔を見かけた時に笑顔で挨拶していると、その内慣れたのか挨拶を返してくれるようになったのだ。
それでも私が領主家の使用人だと知ると再び警戒されたが、私が何もしないと分かると打ち解けてくれるようになったのだ。
それからは見かけると笑顔で挨拶をしてくれるようになり、私もおやつの焼き菓子を差し入れたりしていたのだが、私がお嬢様の専属になってからは会っていなかった。
元気にしているだろうか?
おっと、今は目の前の男を捕まえる方に集中しないといけませんね。
私は手近にあった小さな空き箱を掴むと、そのまま目の前の男に向けて投げつけた。
空き箱はくるくると回転しながら真っ直ぐ男の後頭部に向けて飛んでいくと、見事に命中した。
「ぐはぁ」
男はその一撃で態勢を崩すとそのままゴミの山に頭から突っ込んでいた。
「はあ、はあ、はあ、ちょっと貴方に聞きたいことがあるのですが」
私が声を掛けると、ゴミの山から顔を出した男は私を睨んできた。
「おい、それが人に物を尋ねる態度か? その前に言う事があるんじゃないのか?」
「えっと、貴方がリドル商会のコーディさんですか?」
「ちが~う、ごめんなさいとか、お怪我はありませんかとか、私の膝枕で優しく介抱してあげますとか、痛みが引くまで胸の谷間に顔を埋めてあげるとか、色々あるだろう。何だったら優しく口づけしてくれてもいいんだぞ?」
こいつは言うに事欠いてとんでもない事を言いやがりますわね。基本スルーでOKですね。
「では聞きますが、何故逃げたのですか?」
「おい」
「仕方がないですねえ。質問に答えてくれないのなら、領主館に来て貰いますよ」
「領主館? お前まさか」
「ええ、ブレスコット辺境伯家の使用人です。領主館でバートランド・リンメル様との楽しい尋問タイムを経験してみますか?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ、それだけは勘弁だぜ」
どうやらあのリンメル様のあの冷たい視線は、脛に傷を持つ人間には相当嫌な経験になるようですね。
「それじゃ、質問に答えてくれますね?」
「ああ、何が聞きたい?」
「ホイストン商会のデールさんと一緒に野営しましたね。その時デールさんに酒を飲ませて、荷物を盗みましたね?」
私が単刀直入に尋ねると、コーディは目を見開いたが、直ぐに何か考える素振りを見せた。
「おい、ちょっと待て、確かに酒は飲ませたが、積み荷は盗んではいないぞ」
やっぱり素直に認めるわけ無いわよね。
うん? 今、この男は何と言った?
確か、「積荷は」と言ったわね。
という事は、他の物は盗んだと自白したのではないかしら?
「デールさん、他に無くなった物は無いのですか?」
私がそう尋ねると、途端にデールは身の回りの物を確かめ始めた。
そして財布の中を見ると、顔を真っ赤にしていた。
「おい、俺の金貨が無いぞ。まさか、お前」
ああ、あの酒場で両手に花で酒を飲んでいたのを見ると、既に飲んでしまったでしょうね。
でも困りました。それでは、お嬢様の買い物はどこに行ってしまったのでしょう?
隣にいるアシュリーさんの顔を見ると、彼女も困惑しているようだった。
それに盗み癖がある男の言った事を、そのまま信用してもいいのでしょうか?
「コーディさん、配達先と配達物を教えてもらえませんか?」
「それは商人にとっての秘密事項だ」
確かにそうなのでしょうが、今はお嬢様の秘密が明るみに出てしまうかもという非常事態なのです。
どんな手を使ってでも教えて貰わなければなりません。
私はポケットの中に入っている金貨を1枚取り出すと、それを男の目の前に見せてやった。
男は私の顔と目の前に突き出された金貨を交互に見ていたが、やがて私の手から金貨を捥ぎ取ると、配達先と配達物をぺらぺらと喋ってくれた。
これで、次に探す場所の当てができましたね。
私の後ろでは先程の金貨を巡っての攻防が繰り広げられており、最終的には私が支払った金貨はデールさんの物になったようです。