番外40(お嬢様の秘密の買物2)
「実はお嬢様からご注文を受けた商品が行方不明になってしまったんです」
「はあ?」
私は思わず変な声を出してしまった。
「それは大変ですね。頑張って探してくださいね」
アシュリーさんの失態が私とどう関係するというの?
まさかとは思うけど、納期を伸ばして欲しいと私からお嬢様にとりなしてという事かしら?
「納期が間に合わないというのなら、素直にそう謝罪されたらどうですか?」
するとアシュリーさんは眉根を寄せて困った顔をして、指を一本突き出すとそれを左右に振っていた。
「問題はそこでは無いのです。クレメンタイン様がこっそり注文された品が、皆にバレでしまうという事なのです」
「それはそちらの失態ですよね?」
「はい、そうです。それでもクレメンタイン様が恥をかかれてもよろしいと?」
ちょ、ちょっと待って、それって第三者に見られると、とても拙い物なの?
「お嬢様は一体何を注文されたのですか?」
「ナニです」
「え? ナニって何?」
「ナニです」
「だからナニじゃ分からないですよね?」
「ええ、ですがこれは極秘の注文なので、例え相手が誰であろうとも商品名を明かす事は出来ません」
そんな事言われても、何を探していいかもわからない物をどうしろというのよ。
それにお嬢様の専属となった私は、勝手に外出は出来ないのよ。
「とりあえず外出できるかどうか、お嬢様に伺ってきますので少し待っていてもらえますか?」
「はい、分かりました」
その勝った、という顔をするのは止めて貰えますか?
元々は貴女達の失態なのですよ。
お嬢様に不利益が降りかかるという事態で無ければ絶対に協力していませんからね。
そこをしっかり自覚してくださいね。
私が訓練場に急いで戻るとそこには何故かリンメル様が居て、私と目が合うと手招きしてきた。
「リンメル様、何か御用でしょうか?」
「ああ、エミーリア・モス、君はお嬢様の専属になる前は、町に出て情報収集をしていただろう。それを再開してもらいたいのだ。そして集めてきた情報を私に報告して欲しい」
「え、ですが、私はお嬢様のお世話をするお役目がありますが?」
「時間はお嬢様が武術訓練をしている午前中だけだ。これは御館様もお嬢様も了解済みだ。頼んだよ」
そう言われて私はお嬢様の方を見ると、この件は了解しているようで私と目が合うと片手を挙げて左右に振っていた。
それは「行ってきなさい」という意味でしょうか?
そうであるなら、これはある意味好都合ですね。
早速お嬢様が注文したという品を探しに行きましょう。
いや、決してリンメル様のお仕事をないがしろにするつもりはありませんよ。
ただ、優先順位が違うだけなのです。
私は詳細を聞くためアシュリーさんと一緒にホイストン商会の建物を訪れていた。
そして私とアシュリーさんの間にあるテーブルの上には、お嬢様の商品を運んでいた荷馬車の運行スケジュールを書いた紙と、馬車の中に積まれていた商品リストとその配達先が書かれた紙が置いてあった。
アシュリーさんは、先に運行スケジュールが書かれた紙片の野営と書かれた部分を指さした。
「積荷は定期的にチェックしているのですが、クレメンタイン様の注文品を最後に確認してからバタールのホイストン商会に荷物が届くまでの間、ここで野営しているのです。そしてその野営の時にリドル商会の荷馬車と一緒になったそうです」
「リドル商会、ですか?」
「ええ、ここ最近力を付けてきた商会です。なんでもアビントン伯爵家とも懇意にしていると聞きますね」
アビントン伯爵家・・・そう言えばメイド試験の時に私に絡んできたあの令嬢も、たしか家名はアビントンでしたわね。
「リドル商会が入居している建物がバタールにあるのです。商品が紛れ込んだ可能性があるので問い合わせたのですが、全く取り合って貰えませんでした」
「それで私が領主様の代理として調べて欲しいという事ですか?」
「はい、そうです。既に間違って配達されていたら、お嬢様の秘密が暴露されてしまいます。急いだ方がいいと思うのですが?」
全くとんでもない厄介事を作ってくれましたね。
ですが、本当にリドル商会の荷物に紛れ込むものなのでしょうか?
仮に荷物が移されたとしたらそれは意図的に行われたはずで、そうであれば尚更相手はそれを認めないでしょう。
「お嬢様の商品を運んだ方と話してみたいのですが」
「うちの使用人に、ですか?」
「はい」
そしてやって来たのはデールという名の痩せた男で不安そうな顔をしていた。
私の目の前に座っても、落ち着きが無いように私とアシュリーさんの顔を見比べていた。
その姿を見て、私もリンメル様に尋問されていた時はこんな感じだったのだろうかと考えてしまった。
確かリンメル様はじっと相手の目を見つめて鋭い質問を投げていたわね。
「デールさん、荷物が無くなったのは本当に野営の時だったのですか?」
すると途端に男は落ち着きを無くして盛んにあちこちを見たり、手を握ったり開いたりを繰り返していた。
明らかに何か隠しているのがモロ分かりだった。
「へい、間違いないです」
私はじっと相手の目を見つめて目を細めた。
「本当ですか?」
私がそう聞くと直ぐに目を逸らして、挙動がおかしくなった。
「・・・」
「・・・」
私がリンメル様に倣って無言で見つめていると、ついに沈黙に耐えかねた男が重大な事を暴露していた。
「実は酒を勧められて・・・記憶が無いんで」
「なんですって。貴方は貴重な商品を積んでいるのに、酒を勧められて酔っぱらったっていうの?」
それを聞いたアシュリーさんは、男の首根っこを掴んでぐらんぐらんと揺らしていた。
「も、もも、申し訳ございやせん、き、きき、気が付いたら既に昼近くになってて、あ、相手もいなかったんです」
「それじゃ他の誰かに取られた可能性もあるじゃない。あんたの事を信用してリドル商会に怒鳴り込んでしまったのよ。一体どうしてくれるのよぉ」
ああ、これは既に拗れているという事ですね。
でも困りました。リドル商会以外には手掛かりが無いし、拗れている以上、また訪ねても追い返されるだけでしょうね。
他に何か方法は無いか? そう言えばリンメル様は何と言ってましたか?
あ、そうそう、相手の言った言葉で推理だったですね。
「あのう、野営していた時、相手の男性も酒を飲んでいたのですか?」
「あ、はい、酒が好きだと言ってました」
すると酒場でその男を見つけられる可能性がありますね。
「それじゃ、これから酒場巡りをしてみましょう」
「え、酒場ですか?」
「酒場に行けば、野営で一緒に酒を飲んだ相手が見つかるかもしれないでしょう?」
「ああ、成程そうですね」
そして座っていた椅子から立ち上がると、バタールにある酒場に向かったのだ。