番外38(お嬢様のルーツ探訪10)
ミッシュの町では、ブレスコット辺境伯夫妻の訪問を歓迎する準備が進められていた。
お嬢様は調味料を注文する手紙を送った時、忘れずに両親を呼んでくれていたようです。
ブレスコット夫妻は一人娘のお願いに快諾すると、注文した商品と一緒にやって来るそうです。
領内でそのトップがやって来るという事は、その地にとっては一大イベントになるようで、噂を聞いた人達が周辺の町からも夫妻を一目見ようと集まっています。
人が集まった所で、このジェマ・ブレスコット様由来の商品の美味しさを認識して貰えれば、この町の特産品として認知され、再び活気が戻ってくる事が期待できます。
マレット達が町民達に協力して露店を数か所に設置して、マサさんから教わった料理方法も教えているようです。
あとは調味料と客寄せの有名人が来てくれれば作戦開始です。
すると町の入口付近で歓声が上がり、御館様と奥方様が到着した事を知らせてきた。
歓迎の声が徐々にこちらに近づいてくると、それに合わせて夫妻を乗せた豪華な馬車が姿を現した。
馬車には沢山の護衛が随行しているが、その他にも馬車が何台も続いているようだ。
馬車から降りた御館様は、出迎えに出ていたお嬢様を抱き上げて体中で喜びを体現していた。
マレット達と住民達は荷馬車から降ろされている注文の品を受け取ると、早速屋台に運び料理の準備を始めていた。
やがて屋台から香ばしい匂いが周囲に広がっていった。
するとそれまで領主夫妻に感心を向けていた見物人が、その匂いに誘われて料理の方に興味を持ち始めたようだ。
お嬢様は、マレット達が居る屋台にお館様と奥方様を案内すると、鉄板の上でジュウジュウと音を立てるたこ焼きを指示した。
「お父様、お母様、これがご先祖様が我が家を再興させた海の悪魔を使った食べ物です。とっても美味しいのです」
「ほう、どれ、それじゃ早速食べてみようか」
「ええ、そうね。それでこれはどうやって食べるの?」
夫妻の質問に嬉しそうな顔をしたお嬢様は食べ方を実践して見せると、夫妻はその食べ方に驚いて目を見開いていた。
まあ、確かに貴族としては食べ方がちょっとワイルドすぎるのよね。
少しでも隙を見せると直ぐに悪い噂が広がる貴族世界では、このような食べ方を他の貴族に見られたらたちまち嘲笑の的になってしまうのだ。
だが、ここは安全な領内で、しかも辺境の地という事もあり、夫妻は笑って流す事にしたようだ。
2人ともたこ焼きに串を突き刺すと一人娘が実践した食べ方でたこ焼きを食べていた。
そしてとても美味しいと感想を口にすると、それを見ていた周囲の人達も次々と自分の分を注文し始めた。
そしてたこ焼きを食べて舌鼓を打っている群衆の中から、一人の女性がたこ焼きを盛った皿を手に、こちらに近づいて来た。
私はその女性に笑顔で挨拶した。
「アシュリーさん、収穫祭以来ですね。商売は順調ですか?」
「ええ、おかげさまで好調です。それにしてもこれ美味しいですね」
「ええ、何でも東の国の食べ物のようです」
「ああ、それで私にアインバックまで買い出しを依頼してきたのですね」
そこで私は、前にアシュリーさんがアインバックで買い付けに走り回っている姿を再び思い浮かべていた。
「アシュリーさんがアインバックまで行かれたのですか?」
私がそう尋ねると、常に微笑みを忘れない彼女の顔が一瞬曇ったようだった。
「ここだけの話、アインバックに店を持っていなかったので、辺境伯様から注文を頂いた時は正直焦りました」
う~ん、残念。アシュリーさんがアインバックの町を駆け回っているという私の想像は外れたようだ。
「え、それじゃどうやって?」
「ラティマ―商会に助けてもらいました。お陰で随分とふんだくられましたよ」
「それはご愁傷様でしたね」
「ええ、後でブレスコット様から沢山お仕事を頂戴しないと割に合いません」
「それなら大丈夫だと思いますよ」
「何で、ですか?」
「今日お持ち頂いた商品は、これからも沢山注文されるからですよ」
「大変、アインバックのお店を早急に復活させないといけないわ」
そう言うと目を丸くしたアシュリーさんは、手に持っていたたこ焼きを私に押し付けると慌てて馬車に走っていった。
私は手近にあった椅子に座ると、アシュリーさんが押し付けて行ったたこ焼きを一つ口に含んだ。
その時、背後に人の気配を感じると耳元にささやき声が聞こえてきた。
「どうやら上手くいったようだな」
背後に現れたのはツバメだった。
「ええ、海賊は捕まえたし、ミッシュの町もこれで復活できそうです。貴方にもお世話になりましたね。ありがとうございます」
「礼は良い。その代わりそれを1つくれないか」
「あら、ツバメもたこ焼きに興味があるのね」
「ああ、って、なんだ、そのツバメって?」
「私は貴方の名前を知らないのだから別にいいじゃない。どうせランドン・ベイリーという名前も偽名でしょう? それとも本名を教えてくれるの?」
「・・・分かった。ツバメでいい。俺は王都に戻る。お前もお嬢様の専属になったんなら、その内ブラムの館に来るんだろう? 困ったら事があったら助けてやってもいいぜ」
ブラムの館とは、王都ルフナのブラム地区にあるブレスコット辺境伯家の館の事だろう。
第一王子と婚約しているお嬢様が王都で王妃教育を受けるという話は事実なのだから、その内私も王都に行くことになるだろう。
「どうして貴方が助けてくれるの? 私は別に他人に恨まれるような事はしていないわよ」
「ふん、知らないようだから教えてやろう。クレメンタインにくっついているだけでお前の事を疎ましいと思う貴族は多いんだ。虎の威を借りる狐になれるからな。お前が王都に来たら潰してやろうと思っている連中も居るという事だ」
ああ、そうですか。せいぜい注意することにしましょう。
それに助けてくれるというのなら、ありがたく受ける事にしましょう。
「それじゃ、何かあったらよろしくね。貴方なら、私がルフナに行ったら直ぐに分かるのでしょう?」
「ああ、ブレスコット家の動向は、貴族達の間では注目の的だからな。それから俺の事は秘密にしておいた方がいいぜ」
「どうして?」
「外部と接点を持つという事は、対外諜報を担当しているバートランド・リンメルのアンテナに引っ掛かるという事だ。お前もリンメルの旦那に睨まれたくはないだろう?」
そう言うとツバメの気配がすうっと消えていった。
そして私の手にあったたこ焼きも1つ消えていた。
経費がたこ焼き1個では、大した協力はして貰えそうもないが、リンメル様に痛くもない腹を探られるのは嫌なので、この件は黙っておくことにしましょう。
皆の元に戻って行くと、町に沢山の人が集まった事に感動した町民達が酒を差し入れたらしく、あちこちで酒盛りが始まっていた。
お嬢様と私はお腹が満足したところで町長の家に帰って休んだが、他の人達は朝方までドンチャン騒ぎをしていたようだ。
翌朝、町長家族と朝食を頂いていると、こんなに町に活気があったのは久しぶりだと嬉しそうだった。
そしてこの町に名物が出来た事で町に活気が戻るだろうと、お嬢様にとても感謝していた。
この掛け値なしの感謝の言葉には、お嬢様もとても嬉しそうな顔になっていた。
町長と別れてバタールに帰るため馬車に乗り込んでいると、辺境伯様ご夫妻と一緒に来ていた人達も馬車に乗って帰って行った。
そして私達の馬車がバタールに向けて走っていると、道の途中、途中で、馬車が止まり潰れたカエルのような鳴き声が響いていた。
私はお嬢様が変な物を目撃しないように馬車のカーテンを引いて視界を遮っていると、お嬢様が「こんな場所にもカエルが居るのね」と呟いていた。
まったく、自分を律することが出来ない人達は、しっかりと反省してくれることを願うばかりだ。
「ええ、自重が出来ない馬鹿な牛ガエル達ですわ」
私がそう言いうとお嬢様はちょっと眉間に皺を寄せていた。
「ちょっと、私だって馬鹿じゃないのよ。牛ガエルが自重なんか出来る訳ないじゃない」
「ええ、本当にそうでございますね」
私もその発言には大いに賛成だった。