番外37(お嬢様のルーツ探訪9)
「き、きゃあぁぁぁ、な、なにそれぇぇ」
お嬢様はそう叫ぶとこの場から逃れようと舟の中で急に立ち上がったので、舟がぐらりと揺れて危うくバランスを崩しかけていた。
私はお嬢様が海に投げ出されないようにしっかりと捕まえて何とか落ち着かせようとしたが、自分もあの姿を見て身の毛がよだつ思いをしていたので、上手く声を出す事が出来なかった。
「だ、だだ、大丈夫です。お嬢様、わわ、私が付いています」
そして船底を見るとそこには先程舟に引き上げられたアレが、くねくねと体を動かしていた。
「ちょ、ちょっと、は、早くそれを何とかしてください」
私はお嬢様と抱き着いたまま、そうお願いしたが、マサさんはそんな私達を見てにっこりと微笑んでいた。
「皆さん、最初は同じ反応なんですよ」
「ま、マサさん、そ、そんな呑気な事言ってないで、早くそれを何とかして下さい」
するとようやくマサさんがそれを捕まえて持って来た籠の中に入れるとしっかりと蓋を閉じた。
私達はアレの姿が見えなくなってようやく安心した。
「もしかして、アレが海の悪魔なのですか?」
「ええ、そうですよ」
成程、確かに悪魔だった。それは納得したのだが、ジェマ・ブレスコット様はアレでどうして家を再興出来たのだろうという疑問が湧いてきた。
「アレをどうするのですか?」
「ああ、私達はこれを焼いたり、煮たり、生でも食べますよ」
「「ひぇぇぇ」」
お嬢様と私は思わず悲鳴を上げてしまった。
そんな私達にマサさんは実際に料理を作ってくれるというので、浜に戻る事になった。
あの姿を見たらとても食欲等湧いてこないので、試食はマレット達に頼む事にしましょう。
浜に戻って来ると早速マレット達が竈をくみ上げてくれて、その上に町長の家から借りてきた鉄板を敷いた。
なんて町長の家で調理をしないのかというと、あの姿を見た老人がぽっくり逝ってしまうかもしれないと危惧したからだ。
すっかり準備が整うとマサさんは小麦を解いた液体を作っていたが、私はこれからアレを調理するのかと思うととても食欲が湧かなかった。
「ねえ、本当にアレを食べるのですか?」
「美味しいんですよ。でも、貴女達にはハードルが高そうだから、見た目が分からないように調理します」
そう言うと熱くなった鉄板の上に先程から作っていた液体を垂らして円形に焼くとその上に細かく切った海の悪魔を載せていった。
「なんだか丸い焼き菓子のような形ね」
「本当は丸くするんですが、鉄板だとそれは無理だから勘弁してくださいね」
そして焼き上がった物を皿の上に移していくと、ポケットの中から大きな木の実のような物を取り出し、それをカンナという道具で削り始めた。
それは向う側が透けて見えるほど薄く削られており、それを先程皿に移した料理の上にぱらぱらとまぶしていった。
「熱いですから気を付けて食べて下さい」
そう言って皿を私の目の前に差し出されてしまったので、思わず受け取っていた。
これにはあの物体が入っているのだ。
それを私に食べろと?
目の前では、マサさんが食べ方の実演をするように、それを枝の先のような物で刺すとそのまま口に運んでいた。
「熱いので気を付けて下さいね」
私は助けを求めて周りを見ると、いつの間にか皆が私から遠ざかっていた。
孤立無援になってしまった私は、目の前で「早く食え」と笑顔で勧めて来るマサさんに抗しきれず実演して貰った通り、枝の先に刺して目の前まで運ぶと、もう一度周りを見た。
するとお嬢様は心配そうにこちらを見ているが、マレットの顔には「骨は拾ってやる」と言っているように見えた。
最早進退窮まった私は、目を閉じて口の中に入れた。
モグモグ・・・モグ、こ、これは?
「美味しいですね。アレの姿を見てしまうと抵抗がありますが、見なければ大丈夫ですね」
私の感想を聞いたマレット達は、最初から興味があったのか手を伸ばすと食べ始めた。
そんなに興味があったのなら私を毒見役にしないで、率先して食べて下さいね。
そして私と同じ感想を口にしていた。
それを聞いたお嬢様もようやく手を伸ばすと、恐る恐ると言った感じで食べていた。
「まあ、美味しいわね」
そう言ったお嬢様はとても嬉しそうな顔をしていた。
そのお嬢様の嬉しそうな顔を見て、ミッシュに来た理由を思い出していた。
そうだわ。この食べ物があればミッシュの町にも活気が戻るんじゃないかしら?
お嬢様がこの地に来たことによりこの町に活気が戻れば、お嬢様の評判も上がるし、お嬢様もご先祖様が活躍されたこの町に誇りを持たれるはずだ。
なんとか気付いてもらい、お嬢様の手柄にしなければ。
「お嬢様、これがあればこの町にも活気が戻るかもしれませんね」
私がそう言うとお嬢様がはっとした顔になった。
よし、良い反応だわ。
「マサさん、これを大量に作る事は可能ですか?」
「え、それには食材が足りません」
「何が必要なのですか?」
「それは東の国で生産している調味料です」
「東の国・・・」
これは駄目かもしれないわね。そう落胆していると、マサさんは素晴らしい解決案を用意してくれた。
「南の交易港アインバックに行けば手に入ると思いますよ」
これはいけるかもしれませんね。
アインバックと言えばかなり遠いですが、御用商人なら商品を仕入れるのは容易でしょう。
そこで私の脳裏にはあのちょっと小賢しいがなんだか憎めないアシュリー・ホイストンが、アインバックの町中を必死に走り回って商品を買い求める姿が思い浮かんだ。
いや、決して収穫祭の時にしてやられたから、困らせてやろうなんて思ってはいないのよ。うん。
「館に出入りしている食料を取り扱う商人なら、アインバックで商品を調達することも可能かもしれませんね」
私がそう言うとお嬢様はぽんと手を叩いた。
「エミーリアそれよ。お父様に手紙を書いて商品を送ってもらいましょう。そうすればこの町でこれが有名になるわ」
「ええ、左様でございますね」
そこで有名にするには他の町からも人を呼ばないと駄目だという事に気が付いた。
そう言えば、モス男爵領でもお父様が視察に出ると領民が集まって来ていたわね。
「噂を広めるには、沢山の人にこれを食べて貰わなければなりません。旦那様や奥方様が来ていただければ人も集まるとは思うのですが、お2人ともお忙しい方ですから難しいですね」
私はちょっと残念そうに見えるようにそう言うと、私の意図が通じたようでお嬢様がポンと手を叩いていた。
「そんなの大丈夫よ。私がお願いしてみるわ」
「ありがとうございます。それではマサさん、必要な品のリストアップをお願いしますね」
「あ、はい、分かりました」
「あ、ところでマサさん、この料理の名前は?」
「え、今更ですか。私達の国ではたこ焼きと呼んでます」
アシュリー・ホイストンは、領主館からの帰りの馬車の中で、突然辺境伯様に呼び出された時の事を振り返っていた。
ダグラス・ガイ・ブレスコット様は、まるでちょっとしたお使いを頼む感覚で、アインバックでの買い物を頼んできたのだ。しかも大至急というおまけ付きで。
バーボネラ王国で上位貴族の御用商人となる条件は、あらゆる商品を取り扱う交易都市アインバックに支店を持ち、貴族家の人達の要望に迅速に対応する事だ。
ホイストン商会でも当然持っていたのだが、一時辺境伯家の御用商人から外された時に経費節減のため店を閉じてそのままになっていた。
そんな時、突然辺境伯様からアインバックでないと手に入らない商品の注文が来てしまったのだ。
このままだと注文に答えられず御用商人から永遠に外されてしまう。
考えろ、私。どうしたらこの注文に答えられるかを。
そこで馬車の窓から外を見るととある看板が目に留まった。