番外32(お嬢様のルーツ探訪4)
探しているものには「海」と付いているのだから、知っている人がいるとしたらやっぱり漁師よね。
そう思って海の匂いがする方向に歩いて行くと、そこに港は無かった。
あったのは朽ち果てた昔桟橋だっただろう残骸だけだった。
湾曲した海岸線にある砂浜では、1艘の手漕ぎボートが裏返しにされて陸に引き上げられ、その傍に1人の男が居て何やら作業をしていた。
私は男を驚かさないように彼の視線に態と入るように近寄ると、男が作業の手を止めてこちらを見て来た。
「何だい、メイドのお嬢ちゃん、俺に何か用か?」
「私はエミーリアと言います。貴方は漁師の方ですか?」
「もう漁師じゃないよ」
「それじゃどうして船の修理を?」
「・・・他にやる事が無いんだよ」
船を修理しているのに漁師じゃないって一体どういうことなのだろうかと思ったが、男はそれ以上説明するつもりは無いようだった。
こちらもそれが聞きたいのではないので、早速本題を切り出してみた。
「海の悪魔って知っていますか?」
「さあね。俺は知らないよ」
実にそっけない返答が帰って来た。
どうやら、ジェマ・ブレスコットが活躍した時代から随分経過しているので、既に風化してしまったようだ。
「ミッシュは港町だと聞いたのですが、どうして港が無いのです?」
「ああ、ここは帝国に近いだろう。沖には帝国の軍船が遊弋しているんだ。ブレスコット様が追い払ってくれたら助かるんだが、そんな素振りも無いしな。おかげで他の漁師達は別の土地に引っ越していったよ。使われない港なんか廃れてしまうだろう」
うう、これは耳が痛いわね。
そうするとこの町もその内無くなってしまうのですね。
この地になんのゆかりもない私が寂しいと思うのだから、強い思い入れのあるお嬢様ならより一層寂しさを感じてしまうわね。
さ、今日はもう遅いからお嬢様の機嫌を取りに戻らないと。
私が何も収穫が無いまま町長の家に戻って来ると、そこには上機嫌のお嬢様が待っていた。
「エミーリア、海の悪魔が分かったわよ」
「え、それは素晴らしいですね」
「本当よ。あのエイベルが役に立つとは思わなかったわ」
エイベルが? という事は、あの酒場で何か情報があったという事ね。
「それはよろしゅうございました」
私はお嬢様の機嫌が良かったので、今日はお慰めしなくてすることにほっとしていた。
「それで、明日海の悪魔を捕えるため海に出る事になったから」
「畏まりました。それではマレット達にも連絡しておきますね」
「駄目よ。その船の大きさだと酒場の主人の他には、私と貴女しか乗れないのよ」
え、そんな小舟で海に出て大丈夫なのだろうか?
それにあの元漁師も海には帝国の船が遊弋していると言っていたわよ。
「お嬢様、もう少し大きな船は無かったのでしょうか?」
「そんなの知らないわよ」
「ちょっとエイベルに尋ねても来てもよろしいでしょうか?」
「勝手にすれば」
「ありがとうございます」
私はお嬢様にお礼を言うとエイベルが居る部屋を訪ねた。
「エイベル、貴方どうやって海の悪魔の事を調べたの?」
「言われた通り、あの酒場に入ったんだが、客が1人も居なくてな。そこで店主に聞いてみたんだ。海の悪魔を知りませんかとね」
「それで?」
「店主が言うには海に居る魔物が、海の悪魔だと言うんだ。見たいなら舟をだしてやってもいいとも」
「ちょっと待って、沖には帝国の軍船が居るらしいのよ。そんな所にのこのこ出て行ったら捕まるでしょう」
「いやそんな沖まで出なくても見つかるらしいんだ。それに魔物と言っても人は襲わないから安全だと言っていたぞ」
それにしても誰も知らなかった物がそう簡単に分かる物なのかしら?
何だか胡散臭いわね。余りにも好都合すぎる。
「それでどうしてお嬢様を舟に乗せて海に出るという話になったの?」
「その男が言うには海の悪魔は海から引き上げると直ぐに死んでしまうから、生きている姿を見たいなら海に出ないと駄目だと言うんだ」
成程、そういう事なのね。
それならお嬢様を連れて海に出ないといけないというのも分かる。
「それで、どうして小舟なの?」
「それしか無いんだってさ」
そう言われて海岸に行った時、あの漁師が修理していた小舟を思い出していた。
周りに他の船は無かった。
「分かったわ。私は明日お嬢様を連れて海に出る事になるけど、貴方はここで留守番をお願いね」
「ああ、分かった」
海賊船ルベル号に避難していたバイロンは町長のふりをしていた手下からの報告を聞いていた。
「やって来た連中の中にブレスコットの一人娘は居るんだな?」
「へい、クレメンタインと言う一人娘が確かにおりやした」
「そいつを拉致出来ないのか?」
「いや、それが、常に2人の屈強な兵士が護衛をしておりやして、とても無理です」
そう言って両手を広げてひらひらと振っていた。
「ちっ、そう簡単にはいかないか。それで奴らはミッシュまで何しに来たんだ?」
「海の悪魔について調べているようでさ」
「海の悪魔?」
「へい、何でも没落していたブレスコット一族を救ったとかなんとかで」
「ほう、これは旨く使えば面白くなるな」
一人娘が海の悪魔に興味を持っているというのならそれを餌にして護衛から引き剥がせる可能性がある。
それに陸では無敵を誇るブレスコットと言えども、揺れる海上では足場が悪く力を発揮することは出来ないだろう。そう海は俺達の縄張りだ。
「おい、マイルズに言って酒場のおやじに化けさせろ。そして女だけ海に誘い出すように上手く話しを纏めさせろ」
すると周りから歓声が上がった。
「お頭、高位貴族の娘なんて初めてだ。ちょっと味見をしてもいいだろう?」
「駄目だ。そんな事をしたら一生ブレスコットの奴らに付きまとわれるぞ」
「じゃあ、あのメイドならいいだろう?」
メイド? そう言われてバイロンは他の港町にこっそりと上陸して酒場で情報収集がてら酒を飲んでいた時の事を思い出していた。
あの時、どう見てもご同輩という胡散臭い男と一緒に酒を飲んでいると、その男がブレスコット家には戦闘が出来るメイドが居ると言っていたのだ。
バイロンの頭の中にあるメイドとは、襲撃した館の中でキャーキャー言いながら逃げ回っていた女の姿だった。
こいつはブレスコット家の領軍が半端なく強い事で、メイドまで戦えると思い込んでいる唯の小心者だと結論づけたのだ。
まあ、そんな戦闘メイドが居たら、俺の女にはふさわしいがな。
そこで自分の馬鹿げた妄想を頭を振って振り払った。
まあ使用人ならブレスコットの怒りもそれ程じゃないだろう。
「まあ、メイドならいいだろう」
すると手下達の間から再び歓声が上がった。
俺が手でそれを制すると、手下の一人が質問してきた。
「ところでお頭、海の悪魔って何です? 魔物か何かですかい? 俺達も海に出たらヤバイんですかい?」
「いや、多分アレだと思うんだが、人を襲う奴じゃないから問題はねえさ」
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番外35話の内容と合わせるため海賊の回想シーンを修正しました。