番外30(お嬢様のルーツ探訪2)
私達の馬車は前後を護衛の騎馬隊に守られながら一路ミッシュに向けて走っていた。
道で通り過ぎる人達は、騎馬隊が掲げている旗や馬車についている紋章で、馬車の中に居るのがブレスコット家の関係者だと分かると、皆手を振って笑顔を向けてきた。
お嬢様と私は馬車の窓から手を振ってそれに答えていた。
これも立派なお勤めの一つなのだ。
護衛達は宿泊予定の町の傍まで来ると必ず先ぶれを出すので、町に入るときは止められることも無く、宿まで乗り込むことが出来た。
そして宿の中では既に案内係が待ち構えていて、そのままお嬢様を最高級の部屋に案内していた。
お嬢様の部屋には町の有力者が決まって挨拶に来るので、それにうんざりしたお嬢様から私が小言を言われるという所までがセットになっていた。
私はありったけの語彙を用いて何とかお嬢様の機嫌を取り、お休みいただくという日々が続いていた。
そんなある日、私はお嬢様の寝顔を見ながら、お嬢様の専属となったあの件を思い出していた。
マレットにあの2人がどうなったのか尋ねてみると、ツバメはお館様との交渉で釈放され、今頃は雇い主の元に戻っているだろうとの事だった。
そしてカークランド公爵夫人の偽物は、スィングラー公爵がその事実を認めないどころかそんな奴は知らないと言い張ったので、返す訳にも行かずそのまま牢屋に入れられているのだとか。
お嬢様は、馬車がミッシュに近づくと機嫌が良くなってきた。
噂では王妃教育が学園に入る前から始まるので、入学の数年前から王都の館に移る事になると言われていた。
そうなると自由気ままに外出も出来なくなるだろうから、これはいい口実なのだろう。
「いい、エミーリア、私のご先祖様は、没落していたブレスコット家を立派に建て直したのよ。そして私はそんな偉大なご先祖様の名前をミドルネームに付けて貰ったの」
「はい、とっても優秀な方だと伺っております」
「ご先祖様は、ミッシュで海の悪魔を使ってブレスコット家を建て直したとお父様が言っていたわ」
「お嬢様、その海の悪魔とは何なのですか?」
「知らないわよ。それを調べに行くの」
調べるという事は、それは私の仕事という事ですね。
「それでお嬢様、ミッシュの町でその悪魔について知っている人が居るのですか?」
「知らないわよ」
ああ、すると手掛かりが全く無い状態で、1から情報収集しなければならないという事ですね。これはかなり手こずりそうです。
そうだ。せっかくだからエイベルに手伝わせましょう。
エイベルというのはこの馬車の馭者をしている男だ。
出発の際に自己紹介をしたのだが、お嬢様はエイベルの名前をその時初めて知ったという顔をしていた。
エイベル良かったわね。
これで貴方もお嬢様に名前を憶えて貰えましたよ。
「それではミッシュに到着しましたら、私とエイベルで海の悪魔の事を調べて参ります。その間お嬢様は宿でゆっくりお過ごしください」
「嫌よ。なんで私がお留守番なの」
そう言ったお嬢様は途端に不機嫌になっていた。
「これは失礼しました。ではお嬢様の探訪に同行させていただきます」
「ふむ、よろしい」
私達は、明日にはミッシュに到着するという場所まで来ると、いい加減挨拶攻勢にうんざりしていたお嬢様は先ぶれに挨拶不要と言わせていた。
そのおかげか宿に入っても訪問者は来なかったので、空いた時間を使ってミッシュと海の悪魔に関する情報収集をする事にした。
情報が集まる場所というと、やはり酒場だ。
私が一人で行くと余計なトラブルに巻き込まれる危険があるので、それを避けるためマレットについて来てもらう事にした。
酒場の扉を潜ると、そこは薄暗い空間で、酒の匂いと男くさい匂いが鼻腔に襲い掛かってきた。
そして中に居た酔客が黙り込み一斉にこちらを見てニヤリと笑ったので、このまま回れ右して帰りたくなってきた。
だが、隣に居たマレットはそんな光景を意に介さずカウンターまで進むと、店主に酒を注文していた。
私も慌ててマレットの後を追ってカウンターまで来ると、そこで酒を注文した。
すると案の定というか、やっぱりとういうか周りから私をからかう声が聞えてきた。
「おい、おい、客なのか? メイドのお嬢ちゃん、それより俺に酌をしてくれよ。上手に媚びが売れたら奢ってやるぞ。ひひひ」
だが、そんな酔っ払いは直ぐにマレットの鋭い視線で黙りこんだ。
マレットは番犬としては大いに役に立つのだ。
さて、私はお嬢様のために仕事をしますか。
「店主さん、ミッシュの町について何か知りませんか?」
「ミッシュ? あそこは何もないさびれた町だぞ」
ああ、やっぱりさびれているのですね。
「あの町は、ここの領主様の出身地のはずですが、何故、そんなにさびれているのですか?」
「ああ、昔は外国の交易船が来て栄えていたんだが、それが来なくなってから人がどんどん減ってな。今じゃ、限界集落とまで言われているよ」
「どうして交易船が来なくなったんですか?」
「そこまでは知らないよ」
こ、これは、お嬢様のあの期待にあふれた瞳が一瞬で暗く沈んでしまう事が、目に見えるようだわ。
「お前さん、ひょっとしてミッシュに行くのか?」
「ええ、ちょっと野暮用がありまして」
「そうかい。それなら海賊に注意した方がいいぞ」
「海賊?」
「ああ、北の海にはシーグルスっていう海賊が居てな、時折、沿岸の町にやって来ては略奪をするそうだ」
「略奪? このブレスコット辺境伯領で、ですか?」
「ああ、ブレスコット様の軍隊は陸じゃ向かう所敵無しだが、海はさっぱりだからな」
その言葉に周りの酔っ払い達も同意の笑い声を上げていた。
すると隣で何かを潰す音が聞えてきた。その音の発生源を辿ると、マレットが手に持った木製ジョッキが握り潰されていた。
私は嫌な予感がして、代金を払うと慌ててマレットを捕まえて外に飛び出した。
「ちょっとマレット、厄介毎は勘弁してよね」
「ああ、分かってはいるんだが、あそこまで馬鹿にされるとな」
「でも意外だったわね。最強と言われる辺境伯軍が海じゃさっぱりだなんて」
「おい、さっぱりって言うな。仕方がないんだよ。俺達はアンシャンテ帝国軍とルヴァン大森林で対峙しているんだ。そこに兵力の大半と予算を割いているからな。軍船に回せる金は無いのさ」
そう言って偉そうに腰に手を当てて反り返っていた。
ああ、そう言う事情があったのですね。
でも、それは偉そうに話すような内容ではないですよね?
お嬢様が待っている宿に戻ると、そこには不機嫌な主の姿があった。
うっ、これは拙い事態になりそうです。
「ちょっと、エミーリア、貴女、私を置いて何処をほっつき歩いてたのよ」
「申し訳ございません。ちょっと夜風に当たっておりました」
「まあ、随分偉そうな身分になったようね」
「申し訳ありません」
それからお嬢様の機嫌が直るまで、再びありったけの語彙を使って持ち上げて何とか機嫌を直してもらった。
問題は明日到着するミッシュのさびれた町を見たお嬢様が衝撃を受けるだろうことだ。
どうやって慰めるか今の内から考えて置く必要があるわね。
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