番外29(お嬢様のルーツ探訪1)
ブレスコット辺境伯館の本館1階の食堂では主家様達の夕食が始まっていた。
お嬢様の専属となった私は、主家様の食事時間は他のメイド達が給仕をするので、自由時間となる。
私は頭を切り替えると、食事を取るため別館の食堂に移動した。
そこで料理人の自慢の夕食を頂くと、ついうとうとしていた。
「ちょっと、エミーリア起きて」
まどろみの世界から現実に戻った私は、眠い目をこすって見上げるとそこにはブリタニーの顔があった。
ブリタニーは主家様の夕食の給仕係をしていたはずだ。
という事は、今頃お嬢様は食事を終えている事になる。
「大変」
私はそう言うと勢いよくもたれ掛かっていた椅子から立ち上がった。
「ちょっと待って」
「何? 私は今すぐにでもお嬢様の所に行かなくちゃならないのよ」
「いいから、落ち着いて私の話を聞くのよ」
そうして私が話を聞く姿勢になるまで待ってから徐に話し始めた。
「今日お嬢様の誕生日だったのね。それでお館様がお嬢様のミドルネームのジェマについて話されたのよ。貴女もミドルネームに一族の有名人の名を付けるというのは知っているわね?」
「ええ」
そう言えば、お嬢様のフルネームは「クレメンタイン・ジェマ・ブレスコット」だったわね。
「それでね。お嬢様が一族の危機を救ったというジェマ・ブレスコットに興味を示していたから、一応あんたに話しておこうと思ってね」
「それが私とどう関係するの?」
するとブリタニーは私の事を可哀そうな人といった目で見ていた。
「お嬢様は興味を示すと突っ走る傾向があるのよ。多分振り回されるから覚悟しておくことね」
私はまだお嬢様の傍について日が浅いので、お嬢様の事をあまり良く知らないのだ。
でも先輩のブリタニーが注意するようにと言っているのだから、それは心に留めておいた方が良さそうだ。
本館3階のお嬢様の部屋に入ると、何かを考えながらうろうろするお嬢様の姿があった。
そして私の事に気が付くと歩くのを止め、私に向かって指を突き付けてきた。
「エミーリア、ミッシュに行くわよ。準備しなさい」
ミッシュとは確かブレスコット辺境伯領の北端にある小さな港町の名前だったような。
そんな所に何用なのだろうと不思議だったが、お嬢様がそう言うのであれば従うしか無いのだ。
「はい、畏まりました。ちなみにお館様や奥方様はご承知でしょうか?」
私がそう尋ねると途端に不機嫌になり、口をすぼめていた。
「何よ。文句でもあるの?」
「いえ、ございません。ただ、黙って行かれてはお二人が悲しまれるのではないかと」
「・・・分かったわよ。ちょっと待ってなさい」
そう言うと部屋を駆け出して行った。
成程、これがブリタニーが言っていた事ね。
私も突然出て行ってしまった主人の後を追って行くと、向かった先は辺境伯夫妻の部屋だった。
「お父様、お母様、聞いてください」
「うん、どうしたんだ。そんなに勢い込んで?」
「私のミドルネームのルーツを探る旅に出るわ」
「まあ、それは面白そうね」
「ひょっとして、ミッシュに行きたいのか?」
「ええ、そうですわ」
「分かった。だが、きちんと護衛を付けて行くんだよ」
「分かりました。お父様」
するとまたお嬢様が飛び出してきて私の隣をすり抜けて行った。
私もその後を追って走り出そうとすると直ぐに後ろから声を掛けられた。
「待て、エミーリア」
その声に立ち止ると、御館様が手招きしていた。
「どうやらクーはミッシュに行きたいようだ。あそこは没落していた我がブレスコット家を、祖先であるジェマ・ブレスコットが復活させた場所なのだ。クーはそんな祖先の足跡を辿りたいのだろう。護衛はこちらで手配するから目を放すんじゃないぞ」
「はい、畏まりました」
そう言うとペコリとお辞儀をしてから、お嬢様の後を追った。
部屋に戻るとお嬢様は、また、何か考えながらうろうろしていた。
「お嬢様、お誕生日おめでとうございます」
「ええ、ありがとう。それでミッシュまでの旅の準備をしておいてね」
「畏まりました」
それから私は、バタールからミッシュまでの距離、途中で休憩できる町、水場等の情報を集めるため本館1階の警備室に行った。
するとそこには身なりの良い痩せた男が待っていた。
「やあ、君はエミーリア・モスだね。私はバートランド・リンメルと言う」
「あ、初めまして、エミーリアです。警備隊の方は居ないのでしょうか?」
「君にミッシュに関する情報と支度金を渡すように言われてね。私は領軍で諜報を担当しているんだ」
「ああ、そうだったのですか。それではよろしくお願いいたします」
リンメルの話では、ミッシュという町は、昔は外国船との交易で栄えたが、今はそれが途絶えてかなりさびれているそうだ。
お館様は、一人娘がその姿を見てがっかりするんじゃないかとかなり心配しているのだとか。
「それで、私にどうしろと言うのでしょうか?」
私がそう尋ねると、リンメルはとても爽やかな笑顔を見せていた。
「それは君の仕事だよ」
そう言うと、私に今回の旅に必要な支度金が入った袋を渡して来た。
お金が入った袋はずっしりと重かったので、旅の途中でお嬢様がどんな贅沢を言ってくるかを察してしまった。
このお金で上手い事お嬢様の機嫌を取れという事ですか。
そして出発の朝がやって来た。
そこには護衛の騎馬隊と豪華な装飾を施した4頭馬車があった。
そして馬車の馭者台には見た事がある年若い男が座っていた。
その男はお嬢様が良く庭に散歩に出ては話しかけているあの庭師だった。
理由を聞いてみると、旅の間はお嬢様と年が近い人間が一人でも多い方がいいだろうという事だった。
そう言えば護衛隊はマレットを含め皆、お嬢様と比べれば倍は年食っているのだ。
それで私が納得していると、何やら馬鹿にされたことを察したマレットが私の元にやって来た。
「おい、エミーリア、お前、今何か良からぬことを考えたな?」
「いえ、いえ、そんな事はありませんよ。それよりもお嬢様の護衛任務きちんと果たしてくださいね」
「ああ、それは大丈夫だ。こいつ等は領軍の中でも指折りの連中だからな」
成程、お館様は一人娘を溺愛しているのだ。精鋭を揃えるのは当たり前でしたね。