番外27(夜に鳴く声8)
私は安どの余り口元が緩むのを抑えられなかった。
私の変化を見たツバメは怪訝そうな顔をしているが、直ぐにその顔が緊張した物に変わっていた。
それというのも背後から声が聞えたからだ。
「ちょっと、エミーリア、貴女、何処ほっつき歩いてたのよ。心配して皆で探していたのよ」
そこに居たのはブリタニーと警備の人達だった。
私はその人達に向けて叫んでいた。
「その男に襲われているの。助けて」
「え、ちょ、はぁ?」
ブリタニーはあまりにも予想外な事を言われて、ぽかんとした顔で戸惑っていた。
すると直ぐに動いたのはツバメだった。
ツバメは向きを変えると、両手を上げて無害ぶりをアピールしながら語りかけた。
「おいおい、俺は散歩をしていただけだぜ。それに俺はこの館のお客様だ」
ブリタニーと警備兵は私とツバメの顔を交互に見やりながら、事態を飲み込もうとしていた。
すると直ぐにツバメが次の爆弾を放った。
「それにこの女はカークランド公爵夫人をその扉に閉じ込めたぜ。良いのか、そんなことをさせといて?」
「え?」
ブリタニーが再び私を見ると、その顔はどういうことなのか説明してと、訴えていた。
「そこに閉じ込めたのはカークランド公爵夫人の偽物よ。この男もそうよ。2人してお館様のお妾さんを殺そうとしたのよ」
「はあ? ちょっと、それ本気で言っているの?」
全くもう、この娘は何時もは鋭いくせに、どうして今はそんなに鈍感なのよ。
だが、それ以上説明する必要は無かった。
それというのも警備隊のマレットがアデラインを知っていたからだ。
「アデライン殿、どうしてこんな所に?」
「この勇敢なメイドさんが言った通りよ。そこの男に殺されそうになって逃げ出して来たの」
それを聞いたマレットは部下に合図を送るとツバメを拘束した。その動きは、流石はブレスコット辺境伯家の兵士達といった素早いものだった。
「おい、こんな事をして許されると思っているのか?」
尚もツバメが抵抗していると、マレットが非常に丁寧な口調で答えていた。
「お客様は、本館3階は立ち入り禁止だと言われているはずですよ。申し開きがあるのなら私にでは無く、辺境伯様に仰ってください」
その発言でツバメは観念したようで、大人しく兵士達に連れて行かれた。
私はようやく安堵したが、直ぐにマレットから事情を聞かれた。
「その扉の中に、本当にカークランド公爵夫人を閉じ込めたのか?」
「その偽物よ」
「何故、偽物だと分かる?」
「私達が全力疾走しても振りきれなかったのよ。あのスタミナと俊敏な動きはとても老人のものではなかったわ。別人としか思えない」
「そうか、だが、静かだぞ。本当に居るのか?」
そう言われて夫人の偽物を閉じ込めた扉を見たが、先程まで中からしていたうるさい音が消えて、しんと静まり返っていた。
まさか逃げられた? いや、あの部屋の続き扉はフェイクで開かないから、そんなはずは無いのだ。
では何故、静かなのか?
私はゴクリと唾を飲み込むとゆっくり頷いた。
マレットは私が頷いたのを見て、部下達を扉を囲むように展開させると、自身は前に出て扉を開け放つと直ぐに後ろに下がり、剣を構えた。
だが、中から飛び出して来る者は居なかった。
マレットは剣を下ろすと、私を一瞥してから前に出ようとしてそこで止まった。
その視線を追って前を見ると、そこには優雅な立ち居振る舞いをするカークランド公爵夫人の姿があった。
そして集まっている兵士や私達を冷たい視線で一瞥した。
「何ですか、貴方達は? これは一体何の騒ぎです? それにそこの娘、公爵夫人であるこの私をこんな場所に閉じ込めるなんて、ブレスコット辺境伯家は使用人にどんな教育をしているのです? これは辺境伯に苦情を言わなければなりませんね。それから貴女のご実家にも。男爵家なんてどうなるか分かりませんわね」
そう言って口角を上げていた。
その威圧に何も知らない兵士達は一歩後ろに下がっていた。
私も、あの瞬間かつらが取れていなければ、跪いて許しを請うてしたかもしれないが、私だけはあれが偽物だと知っているのだ。
素早く前に出た私は、偉そうにふんぞり返っているカークランド公爵夫人の髪を掴むと、強引に引っ張った。
「「「あ」」」
周りから一斉に私の行動への驚きの声が漏れたが、直ぐに別の驚きに塗り替わっていた。
かつらを取られたカークランド公爵夫人の顔はどう見ても男だったからだ。
「偽物だ」
誰かがそう叫ぶと、そこからは大捕り物となった。
暴れまわるカークランド公爵夫人の偽物を何とか捕らえようとする兵士達の間で格闘が始まったのだ。
私とアデラインはそれを冷やかな目で見つめ、ブリタニーは目の前で繰り広げられる光景を驚いた顔で見つめていた。
だが、流石は辺境伯軍の兵士達だ。直ぐに偽物を取り押さえていた。
大捕り物が終わった後で、ブリタニーが私に近づくと、そっと声を掛けてきた。
「ねえ、あれは誰なの?」
ブリタニーが私にそう聞いてきたが、私もそんな事は知らないのだ。
「分からないわよ」
それでも誰も傷つかなかったのだから、私としては満足出来る結末だった。
昨晩あれだけ大騒ぎになっていたが、今朝の食堂は平穏そのものだった。
あの後、ブリタニーに質問攻めにあったが、黙っていると何時までもしつこく聞かれると思い知っている事を洗いざらい全部話したのだ。
昨晩の大騒ぎの主役だった私は、他のメイド達の視線を避けて隅の方で朝食を食べていると、収穫祭で「3」番を付けていた先輩メイドが朝食のトレーを持って隣に座ってきた。
「貴女、昨晩は随分活躍したそうね。勿論、良い意味じゃないわよ」
「あははは・・・」
私は思わず苦笑いをしたが、その顔は次の言葉で引き攣った。
「メイド長は多分激怒してると思うから覚悟するのね。元々メイド長は他領の人間がこの館で働く事を酷く嫌がっていたのよ。この領の人間なら主家様を危険に晒すようなまねは絶対にしないからね。でも今回は本館3階で騒ぎを起こしたでしょう。メイド長が危惧していた通りになったから、主家様も今回はメイド長の進言を受け入れるかもしれないわよ」
これは1週間の謹慎程度では済まなそうだ。
「でも、貴女がやった事は褒められることではないけど、勇気はあると思うわ」
そう言って先輩メイドは自分の席に戻っていった。
そして断罪の時間がやって来た。
食堂に顔を真っ赤にしたメイド長が入って来たのだ。
そして探知魔法でも掛けているような鋭い眼光で食堂内を一瞥し、私を見つけるとまるでこれから攻撃魔法でも打ちそうな形相で視線が固定したので、私は危険を察知して全身の毛穴が開いていた。
「エミーリア」
「は、はい」
私は条件反射で席から立ち上がると、そのまま直立不動の態勢になっていた。
「私だって多少の事で目くじらを立てるつもりはありませんが、昨晩の事は我慢なりません。よりにもよって本館3階で騒ぎを起こし、私達が絶対守らなければならない主家様を危険に晒したのですよ。これがどれほど大変な事なのか分からないのですか? 全くこれだから他領の人間は信用できないのです。今回の件は私の権限で貴女に暇を出します。よろしいですね」
「えっと、その・・・」
「口答えは許しません」
ああ、お父様、私は失業してしまいました。どうかお許しください。
「はい、分かり」
私はそこまでしか言えなかった。それというのも私の言葉を遮る声が聞えてきたからだ。
評価ありがとうございます。