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悪役令嬢の華麗?なる脱出劇  作者: サンショウオ
男爵令嬢のメイド日記
132/155

番外25(夜に鳴く声6)

 

 部屋に飛び込んで最初に思ったのは「非常に拙い所に来てしまった」だった。


 アデラインは最初に見たテーブルの向う側に居て書架を背に身構えていた。


 ツバメは私が開いたトンネルに通じる扉の傍に居て、突然開いた扉に驚いてこちらを見たが、その顔は厳しさがあった。


 カークランド公爵夫人は、地上へ通じる通路を抑えている。


 ピンと背筋を伸ばして剣を構えた姿はとても老人には見えなかったが、その顔には殺意が籠っていた。


 この三つ巴の現場で、ツバメは一応は主家様のお客様だ。私が何かしたら主家様に苦情を言われてその責任を取らされるだろう。


 次にアデラインだ。


 私の推測ではお館様の妾さんだ。


 何かあったらお館様の逆鱗に触れるし、私なんか誰も助けてくれないだろう。


 そして最も問題なのが、カークランド公爵夫人だ。


 夫人は主家様のお客様なので扱いは慎重を要するのだが、それとは別に公爵家と言えば王家の血が入っている最高位の貴族なのだ。


 引退したとはいえその婦人ともなれば重要人物だ。反感を買えばモス男爵家なんか、軽く吹き飛んでしまうだろう。


 あああ、何て不幸なの。誰に味方しても敵対しても拙い事態に陥るのだ。


 私に一体どうしろというの?


 私が魔法使いで時を遡れる魔法が使えたら、第3見張塔に入らずにベッドに入っていただろう。


 いや、それが駄目ならあの閉じ込められた錬金術師の部屋でもここよりは何倍もましだっただろう。


 だが、私のそんな願いが叶うはずも無く、事態が動いてしまっていた。


 私が飛び込んできてしまったため、三竦みの状態になっていた均衡が崩れたのだ。


 それまで敵対する2人に全神経を集中していたアデラインが、こちらを見て驚いた顔をしていた。


 その顔は何故貴女がここに居るのと言っているようだった。


 その一瞬の隙を突いてカークランド公爵婦人が動いていた。


 その動きはとても引退した老人のものはなく、訓練された戦士のように滑らかだった。


 素早く動いてアデラインに近寄ると、手に持っていた長剣を振り下ろした。


 アデラインは戦士ではないので、その攻撃を手に持った引っかき棒でなんとか弾いたが、その時バランスを崩して床に倒れ込んだ。


 この行動でツバメの他、カークランド公爵夫人にもアデラインに殺意があるのが分かった。


 私が救われる最善手は、誰も傷つかない事だ。


 私がカークランド公爵夫人に向けて走り出すと、私より一歩先んじてツバメが走っていた。


 ツバメが何をしようとしているのか正確には分からないが、その結果が私にとってろくでもない事なのは確かだ。


 目の前ではアデラインが床に倒れ、その傍に立った公爵婦人は勝利にゆがんだ顔で長剣を振り上げていた。


 私はツバメの後頭部を見ながら、こいつが私をこの部屋に蹴り込まなければこの厄介な事態に巻き込まれる事も無かっただろうにと思った。


 すると急に苛立ちを覚え、ツバメの背中を思いっきり蹴り飛ばしていた。


「ツバメ、あんたの良い人を止めなさいよ」


 背中を蹴飛ばされたツバメは何か口走ったが、そのまま吹き飛ぶとカークランド公爵婦人にぶつかって一緒に転がっていた。


 お互い絡まり合いながらそのまま壁に激突したが、これはツバメがこけたのであって、私のせいでは無いという事にしよう。


 アデラインは今目の前で起きた事を信じられないといった顔で見つめていた。


 私はアデラインに片手を差し出した。


「さ、早く」


 だが、アデラインは逡巡していた。


 まあ、目の前の人物は自分が閉じ込めたのだ。このまま助けて貰えるとは思っていないのだろう。


 それでも時間が無いのだ。


「少なくとも貴女に殺意は無いわ。早く」


 するとようやく決意したのか、アデラインは私の手を取ったので、そのまま助け起こした。


 そしてアデラインを助け起こすと、その手を掴んだまま1階に上がる通路に走った。


 この先に私が取れる選択肢は2つあった。


 1つはこのまま館から脱出して2人に見つからないように朝まで隠れる事だ。


 問題は皆が起き出して来る朝まで逃げきれるかだが、先程のカークランド公爵夫人の俊敏な動きを見たらこれは駄目そうだ。


 そしてもう1つは、本館1階にある警備兵の詰め所に逃げ込むのだ。


 詰め所に向かうと出入口から遠くなるので、そこが駄目だったら先回りされてしまうだろう。


 地下の隠し部屋を抜け出した私達は、第3見張塔の中に入ると、そのまま階段を上った。


 足元が暗いので階段を踏み外さないように注意しながら、1階に辿り着いた頃には後ろから2人の叫び声が聞えて来た。


 第3見張塔の位置からだと外に出るには左に折れ第4見張塔を時計回りに回った先だ。


 そして警備詰め所は真っ直ぐに進み第2見張塔を左に折れた先にある。


 私は後ろを振り返りアデラインの顔を見ると、そこには疲れた表情があった。


 それはそうだろう。


 あの殺意に満ちた現場にずっといたのだ。精神的に疲れていてもおかしくは無いのだ。


 アデラインの手を取り真っ直ぐ走り出した。


「この先に警備詰め所があります。そこで助けを求めましょう」

「それは・・・仕方が無いわね」


 それからは後ろを振り返る事も無く必死で走った。


 通路には遮蔽物は無くまっすぐ伸びる一本道になっていて、そこに私とアデラインの足音が響いていた。


 焦っているためか、目の前に見えている第1見張塔に入る扉がとても遠くに見えた。


 そしてやっとその扉に近づけてほっと一安心したところで、後ろから追いかけて来る足音が聞えて来た。


 後ろを振り返ると捕まってしまうような気がしてそのまま扉にぶつかるようにして左に曲がると、転びそうになりながらもなんとか態勢を立て直して先に進んだ。


 そしてゴールとなる警備詰め所に辿り着くとその中に飛び込んだ。


「お願い助けて」


 だが、私の声は誰も居ない空間にむなしく響いただけだった。


 どうして誰も居ないの?


 安全地帯に逃げ込んだはずだったのに、一瞬で出口の無い死地に変わったのだ。


 廊下からは死神がこちらに向かって来る足音が響いていた。


「急いでここから逃げないと」


 アデラインの声でようやく我に返った私は直ぐに詰め所をでると、そこには第2見張塔を回って来るカークランド公爵夫人姿が見えた。


 その顔は恐ろしげで、握っている長剣の先が床に触れる度に甲高い擦過音が聞えて来た。


 その姿に戦慄を覚えながら、ツバメが先回りしていない事を願いつつ、出口を目指して駆け出した。


評価、ブックマーク登録ありがとうございます。

修正しました。

警備詰め所は真っ直ぐに進み第2見張塔を左に折れ、第1見張塔の先にある。(誤)

警備詰め所は真っ直ぐに進み第2見張塔を左に折れた先にある。(正)


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