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悪役令嬢の華麗?なる脱出劇  作者: サンショウオ
男爵令嬢のメイド日記
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番外21(夜に鳴く声2)

 

 私の本日のシフトは初めての本館3階だ。


 ブレスコット辺境伯館本館3階はブレスコット家の人達の生活空間となり、そこには夫妻の寝室、クレメンタイン様の個室の他、バーカウンターを備えたサロン、一家が余暇を過ごす居間があった。


 図書室や食堂、浴室等はお館様の執務室、会議室、応接室等と一緒に1階にある。


 館の大きさの割に部屋数が少ないが、これには万が一侵入者があった場合、その目的達成を阻むための仕掛けが沢山あるからだ。


 私もこれをメモ無しで覚えなければならず、頭に叩き込むまで数日かかった。


 階段を上り3階に上がるとそこには左右に行く通路とパントリーがある。


 パントリーには1階の厨房から貨物を上げる小さなエレベーターが設置されていて、そこからお茶の道具等を持ち上げることが可能になっていた。


 そして置いてあるワゴンに載せて目的の場所に運ぶのだ。


 階段から左右に分かれる通路を見ると直ぐに突き当たりになり、そこまで進まないとどちら側に曲がれるのか分からない構造で、最初は当然どちらに曲がるかは見当が付く。


 だが、その後も同じように直ぐ突き当りまた左右に分かれていて、しかも通路には窓もなく同じような壁と扉が続くので、歩いている内に次第に方向感覚を失うのだ。


 そして間違った扉を開けると、矢が飛んできたり、何もない部屋だったりするのだ。


 何もない部屋に入ると、その先にはまた別の扉があり、その扉は最初の入口の扉を閉めないと開かない構造になっていて、入って来た扉を閉めるとそのまま閉じ込められる。


 運よく先の扉が開いたとしても、そこは外壁でそのまま落下するという罠が仕掛けられているのだ。


 そんなこんなで潜入してきた賊は、閉じ込められ知らせを受けてやって来た捕縛隊に掴まるか、館から自然と追い払われるのだ。


 ブリタニーの話では一度だけ賊が入り、罠部屋に閉じ込められていたそうだ。


 そう言う訳で、この3階の構造をメモ無しで必死になって覚えたのだ。


 なんたって、下手すると怪我だけでは済まないのだ。


 メモを取れれば良かったのだか、メモが流出する危険があるので絶対取らせては貰えなかった。


 それでもどうにかこうにか覚える事が出来て、晴れて本日本館3階を担当させてもらえたのだ。


 本日の当番はブリタニーと先輩メイドがブレスコット夫妻、私がクレメンタイン様だ。


 私はクレメンタイン様の寝室に朝食の支度が出来た事を知らせに行った。


 ワゴンを押して目的の場所まで来ると扉を3度ノックし、一拍置いてから扉の向う側に朝食の時間だと告げた。


 それから10分待ってから扉を開けた。


 これも先輩メイドからの申し送り事項だ。


「失礼します」


 そう言って扉を開けると、そこには寝起きでボーっとした顔をしたクレメンタイン様が鏡台の前の椅子に座っていた。


「おはようございます」

「・・・ええ」


 クレメンタイン様の寝起きのその顔からは、朝やって来たメイドが誰かなんて意識していないのがはっきりと分かった。


「それではお顔を拭きますね」


 そう言うと押してきたワゴンから蒸したタオルを取り出しクレメンタイン様の顔を拭っていた。


 ようやく目が覚めたのか目をぱちくりしたクレメンタイン様は鏡越しにこちらの顔を覗いていた。


「貴女、収穫祭の」

「はい、エミーリアです。本日から本館勤務となりました。よろしくお願いします」

「そう」


 それから髪を梳かして寝癖を直していった。クレメンタイン様の髪は細くてさらさらしていて櫛で梳かすと直ぐに寝癖が直っていった。


 髪の手入れが終わると着替えだ。


 クレメンタイン様専用のウォークインクローゼットから本日の御召し物を選ぶのだが、これが私の最も重要な仕事なのだ。


 クローゼットの中からこれはと思う服を選ぶと、メイドの仕事で最も重要な主を飾り立てる作業を進めていった。


 クレメンタイン様は特に文句を言うでもなく、黙ってされるがままだった。


 そして1階の食堂に下りて行くと、既に夫妻が席についていて愛娘の姿を見ると優しく微笑みながら朝の挨拶を交わしていた。


 私は朝の給仕をするため、そのまま厨房に行くと出来上がった料理をワゴンに載せていった。


 ブレスコット家での給仕はコース料理ではなく、スープからサラダ、メインディッシュ等を全て並べて行くスタイルだ。これはこの地が最前線であり、敵が来たら直ぐに迎撃に出るためという事情からだ。


 私はブリタニーの隣に控えると、ご主人様のコーディネートについてチェックを受けた。


 ブリタニーは軽く頷いてきたので、どうやら私が選んだ服は合格だったようだ。


 そして、この一家団欒の席には2人のお邪魔虫がいた。


 久しぶりに顔を見たカークランド公爵夫人は会話に加わる事も無く、出された料理を優雅な仕草で食べていた。その正確無比な動きは自動人形の様だった。


 そしてもう1人のお邪魔虫は奥方様に話しかけながら楽しそうに食べているのだが、時折、こちらに視線を向けては他の人には見えないようにウィンクしてきた。


 全く何を考えているんだ。あのツバメは。


 私も主家様に見えないように微かに顔を横に向けてやった。


 朝食の後は、交代の時間までクレメンタイン様のお傍に仕える事になる。


 クレメンタイン様が庭を散歩したいというので、一旦着替えてから庭に出ると、周囲を散策するわけでもなく、何か目的があるかのようにある一点に向けて真っ直ぐ歩いて行った。


 クレメンタイン様が向かった先には、館の窓から見かけたあの庭師の少年の姿があった。


「ちょっと、貴方、何をしているの?」


 クレメンタイン様がそう尋ねると、その少年は何かボソボソ返事を返しているようだ。


 クレメンタイン様の表情が笑顔になっていたのでなんだか良い雰囲気だと思っていたら、突然クレメンタイン様がその少年を蹴飛ばしたのだ。


 何があったのかと傍に寄るとクレメンタイン様の「つまらないわね」という言葉が聞えてきた。


 その後は天気が悪くなってきたので図書室で過ごす事になった。


 ブレスコット辺境伯館の図書室はとても広く書架には歴史や魔法、領地に関する物があった。


 クレメンタイン様はハードカバーの重たそうな本を開くと真剣な表情で読みふけっていた。


 私はそんなクレメンタイン様の姿を見ながら時間がきたらお茶の用意をするだけだった。


 夕食後、部屋に戻ったクレメンタイン様は暫くお茶を飲みながらのんびりしていたが、やがて眠くなったのか着替えを済ませるとベッドに入った。


 これで本日の仕事が終了したと思った途端、クレメンタイン様が私の手を握ってきた。


 何だろうと、顔を窺うと真っ青な顔になっていた。そして私の手を握るクレメンタイン様の手も小刻みに震えていた。


「どうなさいましたか?」


 私がそう尋ねると、やがて小さな声で返事を返してくれた。


「聞こえるでしょう? あの声が」


 そう言われた耳を澄ませてみると風の音の他に、微かに何かが鳴くような声が聞えてきた。


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