番外17(バタール収穫祭7)
実況席では大通りでの戦いの状況を伝えていた。
「大通りでは両軍から激しいグレッシュの実の投げ合いが行われています。狙ったのか、唯の流れ弾か、急激な勢いで両軍の選手が退場になっております。226番、251番、288番、301番、332番、259番・・・ええっと、多過ぎて読み上げるのが大変なので割愛します。ああっと、領民軍から一団が飛び出して来たぞ。それを領主軍の数名が迎え撃ったぁ。両軍とも相手の陣形を崩そうと突撃や少人数による奇襲を行っているぞぉ」
領主軍側は100番台で、200番台から400番台は領民軍のゼッケン番号だ。
どうやらマレット達は数の劣勢を技巧で補っているようだ。
「おやっ、これは、わき道を通って婦人と子供達がこちらに向かってきていますね。参考までにこの部隊には領軍の攻撃班は邪魔しないというルールがあります。このままだと領主軍の守備班が最初に遭遇するのはこの部隊かもしれませんね」
う~ん、最もやりにくい相手が最初なのかなぁ。
こっそり隣のブリタニーの顔を見ると彼女も嫌な相手だと思っているようで、眉間に皺が寄っていた。
妊婦や子供達と言ってもグレッシュの実を当てた位では怪我はしないのでそれ程心配する必要は無いのだが、最も弱い存在を攻撃するようで何となく気持ちが向かないというのも確かなのだ。
だが、これはあくまでも祭りなのだし、気軽に相手をするのみ。
すると上空を警戒していたメイドから悲鳴に近い声が聞えてきた。
「上空警戒」
その声に反応して上空を見上げるとなにやら小さな点が幾つも見えた。
それが急速にこちらに向かって落下してくるのだ。
そして誰かが叫んだ。
「遠投のティムよ」
ファロン執事長の話ではいつも奇襲で数名退場にされてしまうそうだが、今年は何とか防げそうだ。
私は落下してくる紫色のグレッシュの実をステップを踏みながら避けていると、後ろで悲鳴が聞こえると、直ぐに審判の「8番、13番アウト」という声が聞えた。
「領主軍のサークル内では、領民軍の先制攻撃である遠投のティムの攻撃で2人退場者がでたぞぉ。遠投のティムの攻撃に意識が上に向いたメイド達が衝突して倒れ、そこにグレッシュの実が当たったようです」
それを聞いた観客席から歓声や悲鳴が聞こえてきた。
「新しい情報が入りました。領主軍の攻撃班から別れた別動隊が中央広場に向かっているようです。ですが、これは・・・どうやら領民軍の待ち伏せに遭ったようです。細い路地に入り込んだところで両側の建物から領民軍に攻撃されているらしいですね」
ああ、マレット御免なさい。私がアシュリーさんに情報を漏らしてしまったから、待ち伏せに遭ってしまったわね。
何とか切り抜けてアシュリーさんにグレッシュの実を当てて下さいね。
「全員警戒、領民軍が来たわよ」
私がそんな事を願っていると最初の攻撃者がやって来たようだ。
その先頭は、202番のゼッケンをつけた小柄の男で特徴的な鷲鼻に頭の上にはあの鳥打帽があった。
それを見た私は思わずニヤリと笑うと直ぐに仲間達に声を掛けた。
「皆さん、駿足のヴィンスが来ましたよ。作戦通りお願いします」
「「「はい」」」
その声を聞けば見なくても皆の顔がにやけているのが分かるようだ。
その男は他の領民軍を置き去りにして軽快な足取りでサークルの傍までやってくるとグレッシュの実を構えた。
その顔は、勝利を確信した者の一種の驕りと言う物が覗いていた。
私はその余裕の顔に向けてグレッシュの実を投げた。他のメイド達も頭を狙って次々とグレッシュの実を投げつけると、それまで余裕そうな顔をしていたヴィンスの顔に焦りが現れていた。
「お、お前達、まさか、俺の帽子を狙っているのか?」
焦った顔になったヴィンスは両腕で帽子を庇いながら逃げ出していた。
それを見たメイド達から最初の歓声が上がったが、直ぐにそれは悲鳴に変わった。
「15番アウト」
審判のその声でまた一人やられたようだ。
遠投のティムの攻撃が再開されて隙を突かれたようだ。それにしても遠投のティムに関しては攻撃班が何とかしてくれないと手出しが出来ないので、どうしようもなかった。
だが、今は反省している暇は無かった。
駿足のヴィンスが他の仲間を連れて再びやって来たのだ。
グレッシュの実を掴むと領民軍がやってくるのを待ち受けた。
領民軍の男達はこちらにグレッシュの実を投げようと一旦立ち止ったので、その隙を狙ってグレッシュの実を投げつけた。
それは綺麗に決まり数人アウトになっていた。
すると男達は慌てて散開したが、メイド達の攻撃で次々とアウトになっていった。
その隙を縫って再び駿足のヴィンスが接近して来ると私達に向けてグレッシュの実を投げてきた。
「皆、ヴィンスよ。帽子を狙って」
「お前、やっぱり知っているな」
私が叫ぶと味方ではなくヴィンスが反応して、顔を真っ赤にして私に指を突き出して来た。
私は黙ってニヤリを笑うとヴィンスは一瞬引いたようだが、直ぐにこちらに向かってグレッシュの実を投げつけてきた。
私はグレッシュの実を避けると、ゼッケンではなく鳥打帽目掛けてグレッシュの実を投げつけた。その狙いに直ぐ気が付いたようで慌てて両手で帽子を庇う仕草をした。
そしてがら空きになったゼッケンに向けて隣に居たブリタニーがグレッシュの実を投げた。
「202番アウト」
その声に信じられないといった顔になったヴィンスが自分のゼッケンを見てそこに赤いシミが付いている事に気が付きその場で地団駄を踏んでいた。
「畜生め、今年は全く役立たずだったぜ」
そう言うと私の方を恨めしそうに見て来たが、これも勝負事なのだ。
すると直ぐに他の声が聞えてきた。
「ふっふっふっ、ヴィンスは情けないですね。後はこの私に任せなさい」
その声がした方を見るとそこには201番のゼッケンをつけた「フェイントのアラン」が居た。そして私に気が付いたのかウィンクをしてきた。
私はアランさんに向けてグレッシュの実を投げつけたが、アランさんの予測不能な動きに全く当たらないのだ。
その間も後ろでは他の領民軍とメイド達の戦いも続いていた。
「アランさん、中々やりますね」
「ふっふっふっ、私は毎年大活躍しているのです。ヴィンスと一緒にしてもらっては困ります」
するとまた実況が聞えてきた。
「路地で絶体絶命だった領主軍の別動隊の一部が抜け出したようです。数名が中央広場に向かっております。おや、これは・・・大変です。200番が、遠投のティムさんがアウトになったようです」
その放送を聞くと周りから「良し」という声が聞えてきた。
まあ、それはそうか。これで上空を気にしなくてもいいのだから楽になったのは確かだよね。
それが顔にでていたのか、正面で競っているアランさんがまた喋ってきた。
「おや、これで勝ったと思われては困りますよ。まだ私がいるのですからね」
そう言いながら巧みな動きでグレッシュの実を明後日の方向に投げると後ろで悲鳴が聞こえてきた。
「14番、17番アウト」
どうやら戦いはこれからが本番のようだ。