番外16(バタール収穫祭6)
祭りの当日は午前中が祭りに参加する人達のパレードで午後が本祭だ。
パレードは、領主軍は領主館から出発しバタールの町を一周してから中央広場に向かい、領民軍は練兵場から出発し同じようにバタールの町を一周して中央広場に向かうのだ。
そして中央広場で両軍が合流して本祭前のお披露目をする予定となっていた。
領主軍の行列は攻撃班の百人が先に進み、その後をクレメンタイン様が乗る無蓋馬車、そしてその後ろを守備班の20人が続くことになる。
攻撃班にはマレットさん達も居て私に気が付くと笑顔で手を振ってくれたので、私も手を振り返した。
そして駐車しているクレメンタイン様が乗る無蓋馬車は、祭りに合わせて赤色に装飾されていた。
やがて祭りの主役であるクレメンタイン様が現れた。
その恰好は辺境伯様が手配したのだろう銀色の全身鎧を着こんでいたが、鎧が擦れる音が軽いので機能よりも見栄えを意識した装飾品といった感じだ。
その兜の部分にはルヴァン大森林の七色鳥から取った羽飾りが付いていた。
クレメンタイン様が無蓋馬車に乗り込むとその両隣には護衛役のメイドが乗り込んだ。
領主館から出発する領主軍は、先に攻撃班となる百名の兵士が100から199までのゼッケンを付けて出発した。
その後を総大将となるクレメンタイン様を乗せた無蓋馬車が続き、最後が防衛班となる20名のメイドが1から20までのゼッケンをつけて続いた。
私は20番だったので列の一番後ろを歩いていた。
私の今日の服装は私服の上から赤色のパーカーを被り、的となる20と書かれたゼッケンをつけていた。
パレードの指定ルートを中央広場まで歩くにはおおよそ2時間かかる。
その間、私達は沿道に集まった群衆に手を振りながら笑顔を振りまくのだ。
沿道からはバタール市民や観光でやっていた民衆が屋台で買った串焼きやグレッシュの実を片手で持ち空いた方の手を振ってくれたり、両手をメガホンにして声援を送ってくれた。
私もそれに答えるように手を振り返した。
沿道の建物の屋根には所々領兵が警備のため上がっており、建物も2階以上の窓は全て鎧戸を閉じている。
これはパレート中に狙撃されないための備えであり、あちこちにある警備詰め所で警戒に当たっている兵士が、鎧戸が開いていたり誰かが屋根に上っている姿を見つけると直ぐに逮捕に向かっていた。
パレードの列が予定されたルートを走破し中央広場までやってくると広場の右側に整列した。
その後左側には領民軍が到着し同じように整列していった。
領主軍が赤色、領民軍が紫色のパーカーを着ているので配色的にも見物人を楽しませていた。
そして台座の横に停車していた無蓋馬車から両軍の総大将が降りると、一緒に台座の上に登っていった。
そして台座に主役の2人が姿を現すと集まった群衆から歓声が上がった。
台座に上ったクレメンタイン様は実に堂々としていて流石は高位貴族のご令嬢といった感じだった。
そして領主軍、領民軍ともお互いの健闘を称える事で祭りを盛り上げるのだ。
これで午前中のイベントは終了だ。
昼食休憩の後、いよいよ私達の出番となるのだ。
昼食は何時ものように別館の食堂でサンドイッチを食べた。
そこで私は、他の守備班の人達に「フェイントのアラン」と「駿足のヴィンス」について仕入れた情報を教える事にした。
他の人達もその情報を元にあの2人を仕留めようと目の色が変わっていた。
昼食が終わると私達はそのままゲームの配置となる領主館の訓練場に集まった。
そこで私達は赤グレッシュの実を入れた収納ケースを太腿の外側にゴムバンドで取り付けた。
この収納ケースに蓋は無く収縮する素材で中身が零れないようになっていて、中の実を取り出すときは中央にスリットが入っているので、そのまま手を突っ込めるようになっていた。
ちなみに私達が紫グレッシュの実を使って領民軍の的に当てても無効扱いになり、同じように領民軍も私達に赤グレッシュの実を当てた場合も無効だ。
領主館の訓練場には既に陣地を示すサークルが描かれており、その中央に小さな点が付いていた。あの点がクレメンタイン様の定位置になるようだ。
館の周りには見物人のためのスペースに長椅子と、その傍にはグレッシュのジュースを入れた木樽が置かれ、見物人に提供する準備が進められていた。
あの人達もジュースを飲み、気に入ったら帰りにグレッシュの実を買って帰るのだろう。実に商売上手な事である。
開始時間に近づくと続々と参加者や審判、見物人が集まってきて領主館は人だかりが出来上がっていた。
祭りの当日は気軽に領主館の敷地に入れるので、このタイミングで不心得共が館に侵入するのを防ぐため警備兵も建物の入口を警戒していた。
そんな時本館2階の窓が開き、お客様であるカークランド公爵夫人がオペラグラスを手に周囲を覗き始めた。
あの男は外出でもしたのか傍には居ないようだ。
私がよそ見をしていると本館の扉が開きクレメンタイン様が出てきた。
クレメンタイン様はそのまま自分の定位置となるサークルの中心まで進みそこで立ち止まると、全員がクレメンタイン様に注目する中、足を少し広げ左手を腰に当て右手を突き出していた。
「貴女達、いい、ちゃんと私を守りなさいよね。なまけたら承知しないんだからね」
「「「はい」」」
クレメンタイン様は居丈高にそう言ったが、足がプルプル震えているので、それが空威張りであることが直ぐに分かった。
その姿に思わずほっこりしたが、ブリタニーの話では、去年の祭りでは護衛役の20人が全員退場となってしまい無防備になった奥様が集まった人達からグレッシュの実を投げ付けられたと言っていたので、きっと自分も同じ目に遭うと思っているのだろう。
私も出来るだけ長い間生き残り、クレメンタイン様を守ろうと気合を入れた。
「パァーン」
上空に花火が上がり、祭りが始まった事を知らせてきた。
そして領主館の傍には中継席が設けられ、祭りの模様を集まった見物人達に伝える役目を担っていた。
「見物人の皆さん、花火が上がりいよいよバタール収穫祭が始まりました。領主館からは百人の攻撃班が中央広場目掛けて一斉に駆け出して行きました。そして中央広場からも3百人の攻撃班が、この場所に向かってきている事でしょう。毎年見学されている方は既にご存じでしょうが始めての方の為に簡単に説明すると、領民軍が3百人と多いのはその中に80人の婦人・子供枠があるからです。ブレスコット家の人達にグレッシュの実を当てるとご利益があるという事なので、そのご利益にあやかりたい妊婦や子供達が参加できるようにしたためです」
実況の声に観客席のお客様が歓声を上げていた。
その周りにはグレッシュの実から作られた酒やジュースを売り歩く売り子さんが忙しく動き回っていた。
そして再び実況が開始された。
「領主館と中央広場を繋ぐ大通りの中間地点で、両軍がぶつかったようです。お互いグレッシュの実を投げ合いが始まったようです」
さて、マレット達は今ぶつかったのは囮と言っていましたが、どうなるのでしょうね。