番外13(バタール収穫祭3)
ルヴァン大森林で虹色鳥の羽を採取した帰り道も私はマレットと一緒に馭者台に座っていた。
そしてバタールの西門まで戻って来ると、そこに居た門兵がこちらに手を振ってくれた。
「おお~い、マレット、羽は取れたのか?」
「ああ、こちらの麗しい女性達が手伝ってくれたんでな」
「ほう、それは幸先が良いな」
「ああ、今年は領主軍が勝利するだろうさ。それと領民側の実行委員に虹色鳥の羽を受け取りに来るように伝えてくれるか?」
「ああ、分かった」
西門を潜り町に入ると朝出かけた時と様相がガラリと変わり、辺りにはグレッシュの実の甘い香りが充満し、通りからは沢山の人々の喧噪が聞えてきた。
周りを見回すと今朝収穫したグレッシュの実を満載した荷馬車が溢れかえり、臨時の即売所もそこかしこに出て売り子達が買い物客を呼び込もうと声を張り上げていた。
子供達はグレッシュの実から作られたジュースを嬉しそうに飲んでいる。
そして飲食店のテラスハウスでは若い女性達がグレッシュの実を使ったスイーツに舌鼓を打っていた。
人々の楽しそうな表情を見ていると、この辺境伯領がとても裕福なのが良く分かり流石はクラウン5つの大貴族様の領地だと改めてそう思った。
そして親戚筋が次期辺境伯の座を虎視眈々と狙う理由も分かるような気がしてきた。
そして中央広場までやって来るとそこでは台座を造っていて、マレットの説明によると収穫祭当日、祭りに参加者する選手達がここに集まりお披露目をするのだそうだ。
台座の上には両軍の総大将が登壇し観戦のため集まってくれた人達に感謝の意を伝えるため手を振るのだそうだ。
無事領主館に戻ってくるとマレット達にお礼を言って中に入ると、採取してきた虹色鳥の羽を木製ケースに収納した。
翌日は収穫祭に使う的を作る作業だ。
ハンカチ大の布に赤く染めた数字を縫い込み、その数字を囲うように黒色の円を縫い込んだ。
そして肩にかける紐と胴回りを締める紐を付けて行った。
これはマラソン大会等で使うゼッケンと同じ物だ。
この数字は参加者の番号を示し、円は的でこの円の中にグレッシュの実を当てられると退場となる。
その判定はあちこちに配置されている旗を持った審判が行い、番号を告げられ退場を宣告された選手はゼッケンを脱いでゲーム終了となる。
そんな作業をしている所にブリタニーがやって来て私に来客を知らせてきた。
誰だろうと別館に玄関に出てみるとそこにはアシュリー・ホイストンが立っていた。
何故、私なんだろうという疑問はあったが笑顔で挨拶した。
「アシュリーさん、お久しぶりです」
「あ、エミーリアさん、先日は色々お世話になりました。これはお礼です」
そういって手に持っている小包を私に差し出してきた。
「え、私は何もしておりませんよ?」
そう言って差し出された小包を押し戻そうとすると、先日辺境伯様から直接呼び出されて取引停止の経緯と、それが発覚したのが私がクレメンタイン様に言ってくれたからだと教えて貰ったそうだ。
「ああ、そうなのですね」
「これはあのイチゴを使ったお菓子です。皆さんで食べて下さい」
「分かりました。そう言う事でしたら、ありがたく頂戴いたします」
私がそう言うとアシュリーさんはほっとしたようだ。
「態々お礼を言うために来てもらっては、何だか申し訳ないですね」
「いえ、実は、他にも用事があるのです」
「ああ、そうだったのですね。誰を訪ねてきたのか教えて貰えれば呼んできますよ」
「あ、それは大丈夫です。私が用事があるのはエミーリアさんですから」
その答えに私が首を傾げていると、今年のバタール収穫祭の領民軍側の総大将が自分になったので、虹色鳥の羽を受け取りに来た事を話してくれた。
「あ、そうなのですか。それではこちらにどうぞ」
そう言ってアシュリーさんを虹色鳥の羽を保管してある部屋に案内することになった。
そして通路を歩きながらふっと思いついた疑問を聞いてみる事にした。
「ちなみに領民軍の総大将ってどうやって選ぶのですか?」
私がそう尋ねるとアシュリーさんは途端に難しい顔になっていた。
「前回の収穫祭からの1年間でこの町に貢献した者のはずなんですが、何故私が選ばれたのかさっぱり分からないのです」
そう言われて路上でイチゴを売る姿を思い浮かべた。
確か、ブレスコット家との取引を停止されてから町中での取引も止められたと言っていたわね。
もしかしたら、他の人達もそれが申し訳なかったので選ばれたのだろうか?
「その領民軍の総大将に選ばれるのは名誉な事なのですか?」
「え、ええ、そうですね。町の人達からはとても尊敬されます」
ああ、成程ね。きっとアストン商会の信用を落としてしまったので、それに後ろめたい気持ちがあった人達が推薦したのだろう。
私は引き出しの中から木製ケースの蓋を開け中に虹色鳥の羽が入っているのを確かめてから差し出した。
「はい、こちらが虹色鳥の羽です。どうぞお納めください」
アシュリーさんは私から木製ケースを受け取ったが、何かじっと何かを考え込んでいるようだった。
「どうかしたのですか?」
「あの、エミーリアさん、今年の領主軍の方々の目が怖いのですが何か理由を知りませんか?」
「えっと・・・」
私は頬を掻きながらどうしようか考えていた。
アシュリーさんはマレット達の異様に高いやる気に気が付いているようだ。
今回の収穫祭ではアシュリーさんは間違いなくあのやる気十分なマレット達から襲われることになるのだ。
それを話して祭りが終わるまで怖い思いさせてもいいものか迷ったが、ブレスコット家や町中での取引を止められてもくじけなかった彼女なら大丈夫だろうと判断した。
「実は、今年の領主軍の総大将がクレメンタイン様になったのです。幼いお嬢様に怖い思いをさせるわけにはいかないと勝つつもりでいるのです」
「それって、既にお祭りじゃないってことですよね。領主軍の方達が本気で攻めてくるなんて、私は何て不運なんでしょう」
そう言うとアシュリーさんは頭を抱えて蹲っていた。
「せっかく辺境伯様との取引が再開して、グレッシュの実の大量販売も成功したというのに、これも何かの試練なのでしょうか? あ、もしかして今年の領主軍側では作戦も変わったりするんですか?」
そう言えばマレットさんが作戦を変えると言っていたわね。
「もしかしたら脇道からの襲撃に注意した方がいいかもしれないですよ」
「ええ~、それ、怖いんですけど。やっぱり私は不運だわ」
私はそんなアシュリーさんに「頑張ってください」としか言えなかった。
休憩の時間にアシュリーさんに貰ったお菓子を同僚達と楽しんでいるとブリタニーが私に話しかけてきた。
「この時期になると、領民さん達が色々と鎌をかけてくるので注意した方がいいわよ」
「え、それは何?」
「祭りの時にこちらが何をするのか探りを入れてくるって事。エミーリアは新参者だからあの人達から見たらいいカモよ」
それを聞いた私の手がぴたりと止まった事にブリタニーは怪訝そうな顔をしていた。
私はその言葉を聞いてアシュリーさんが私を訪ねてきた本当の理由を初めて知ったのだ。
成程、商人なのだから会話によって相手から情報を引き出すのは当たり前よね。
事実私はマレット達の作戦を話してしまっていたのだ。
今頃アシュリーさんが可愛い舌をぺろりと出している姿が思い浮かび、止まっていた手を動かし残っていたお菓子をひょいと手に取ると口に入れたのだ。
バタール収穫祭の戦いは既に始まっているのだ。