その12(失意の騎士団長)
ロンズデール騎士団長サイドの話になります。
重い足取りでとぼとぼと歩く兵士の一団は、王都ルフナの町を一路王城キングス・バレイに向かっていた。
その表情は硬く、皆俯いており、これが戦時中だったら明らかに戦いに負けた敗残兵といった姿だった。
町の人達も、普段であれば王国の力の象徴である騎士団を見れば強い畏怖の念を抱くはずだが、今の彼らにはそのオーラはない。
先頭を愛馬に跨って進む騎士団長のロンズデールは、王命で向かった辺境伯館で捕縛対象のクレメンタイン・ジェマ・ブレスコットの捕縛に失敗した事実をどう報告しようかと悩んでいた。
王都にあるブレスコット辺境伯館は、他の貴族達の館に比べても小ぶりだったので2百名の騎士団員で周囲を包囲して蟻の這い出る隙も無かったはずである。
にも拘らず、あの残虐女にまんまと逃げられたのだ。
陛下に期待された任務だというのに、失敗したままのこのこと王城に帰れるものでは無かった。
だが、挽回しようにも残虐女はあの性格なので懇意にしている相手も無く、他人を頼りに落ち延びる先に先回りして捕らえようにもその当てが無いのだ。
それは父親のブレスコット辺境伯も同様で、アンシャンテ帝国の抑えが忙しく王都での社交に全く出てこないので懇意にしている貴族も居なかった。
他に方法が無いので、こうやって王城への帰り道をとぼとぼと歩いているのだ。
王城キングス・バレイに到着すると騎士団員を解散させ、重い足取りで陛下に報告するため王城内を2階の王の執務室に向けて歩いていると、息子のジャイルズが目の前に現れた。
「ジャイルズ、ここで何をしているのだ?」
「父上、第一王子がお話があるとのことです。このまま一緒に来てください」
「だが、私はこれから陛下に報告することがあるのだが」
「父上、このままでは陛下に合わせる顔が無いのではありませんか? 実はその件で第一王子に良い案があるとのことです」
「なに、それは本当か。いや、本当だからお前が私に会いに来たのだな。分かった。一緒に行こう」
騎士団長が息子に案内されて入った部屋には、第一王子の他、宰相の子息と近衛師団第一隊長の子息もいた。
第一王子はクッションで体が沈む程豪華な椅子に座り寛いだ表情をしているが、他のメンバーからは何らかの焦燥感のようなものを感じた。
不幸な事に騎士団長は、今日の卒業パーティーで何が起きたのか知らなかったのだ。
「殿下、何か妙案があると愚息に聞いたのですが?」
「いやなに、騎士団長の仕事を手伝ってやろうと思ってね。クレメンタインを捕まえるには、王都にある3つの門に人相書きを配って人員を増強するのだ」
「では、殿下はブレスコット嬢が、門を通ると思われているのですね?」
騎士団長がそう尋ねると、第一王子は自信に満ちた顔で答えてきた。
「ああ、あの女は何が何でも辺境伯領に逃げ戻る気だ。あの女が辺境伯領に戻ってしまったら、騎士団長が館で狼藉を働いた事を父親である辺境伯にある事無い事全部言いつけられるぞ」
「うっ」
そ、それは拙い。
ブレスコット辺境伯はアンシャンテ帝国への対応を盾に、陛下に厳しい要求をすることでも有名なのだ。
それにクレメンタインという令嬢は、1の出来事を10ぐらい大げさにして言いつける性癖があり、辺境伯はそんな娘を溺愛しているのだ。
自分の将来に起こるかもしれない凶事を思い浮かべると、背中に嫌な汗が流れた。
「どうだ、自分に起こる嫌な未来が見えたか?」
「分かりました。騎士団から人員を門の護衛に回しましょう」
「それから人相書きはこれを使え」
そう言って第一王子は、クレメンタイン・ジェマ・ブレスコットの人相書を手渡してきた。
騎士団長は目が吊り上がり、口角を上げてこちらを見下している令嬢の顔をみて思いっきり引いていた。
その頃、国王の執務室ではなかなか帰って来ない騎士団長に、国王と宰相それにベイン伯爵が深刻そうな顔をしていた。
「騎士団長はそんなに説得に時間がかかっているのか?」
「ええ、それはそうでしょう。第一王子に公衆の面前で罵倒された挙句、婚約解消されたのですよ。いかな残虐女と言われる令嬢でもショックで寝込むでしょうな」
「騎士団長と言えど、門前払いになっているのでしょう。それでも帰って来ないという事は粘っているのでしょうね。ここは騎士団長の頑張りに期待しましょう」
「うむ、そうだな」
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王都ルフナの南門、通称冒険者門と呼ばれるここは、出入りする通行人の大半が冒険者であることからそう言われていた。
王都にある3つの門のうち東門は街道があり領地との間を行き来する貴族達が良く使うため貴族門と呼ばれ、西門はそんな貴族達と関わり合いになりたくない商人達が使うので交易門と呼ばれていた。
そして騎士団に最も人気が無いのがこの冒険者門なのだ。
それというのも冒険者には荒くれ共が多く、門の出入りで悶着が起こると必ず傷害事件に発展するからだ。
冒険者門の責任者ベン・キルナーは騎士団の役職で言うと2等衛士で、今日は2件も冒険者といざこざがあって疲れ果てていた。
今はテーブルに突っ伏して英気を養っていると、直ぐに彼を呼ぶ兵士の声が聞えてきた。
「キルナーさん、騎士団本部から通達ですよ」
「通達? 一体それは何だ?」
「なんでも極悪人が王都から逃げ出そうとしているから、必ず捕まえろとのことです」
「荒くれ冒険者の次は極悪人かよ。本当に勘弁してほしいぜ」
「あ、そうそう人相書も配られましたよ」
「どれ、どんな悪党か顔を拝んでやろう。ちょっと見せてみろ」
キルナーは兵士から渡された人相書きを束ねている紐を解き、丸まった紙を広げて極悪人の顔を見た。
そこには偉そうにこちらを見下している年若い女性の顔があった。
「うっわっ、何だこれ。女盗賊か何かか?」
「さあ、分かりませんが、ミドルネームまでありますからお貴族様じゃないんですか?」
そう言われて人相書きの下を見ると名前が書いてあった。
「うん、クレメンタイン・ジェマ・ブレスコット? どこかで聞いた事があるような無いような・・・」
「まあ相手が貴族なら、こんな貧民街の門になんか近づきませんよ」
「それもそうだな。しかしこの指示書を見ると門に増員が来るそうだから、冒険者とのやり取りも多少は楽になりそうだぞ」
「それは何よりですね」