番外11(バタール収穫祭1)
メイド達の朝は早い。
素早く朝食を済ませた後は本館の食堂を掃除して主家様達が気持ちよく朝食を頂けるように準備を整える所から始まるのだ。
今朝も別館の食堂で野菜が沢山入ったスープと柔らかいパンと果物という朝食を頂いていると、キッチリと髪を整え一部の隙も無い恰好をしたメイド長が現れた。
そして全員の視線が集まるまで暫く待ってから徐に話し始めた。
「皆さん、今年のバタール収穫祭が10日後に実施されることになりました」
メイド長のその発言に食堂に集まっていたメイドや料理人からも歓声が上がった。
だが、新参者のエミーリアには何の事か分からない。
「そこで皆さんに役割を命じます。まず本館班は祭りに使うグレッシュ避けの合羽、別館班は的と幟の準備をするように。それからブリタニーとエミーリアは虹色鳥の羽を採取に行くマレット達の昼食を用意して同行するように」
突然自分の名前を呼ばれて戸惑っていると隣に居たブリタニーが私に足りない部分を説明してくれた。
「バタール収穫祭というのは領主軍と領民軍に別れてグレッシュの実を投げ合う祭りよ。総大将は兜に虹色鳥の羽飾りを付ける事になっているの。ちなみにお祭りはどちらかのチームが敵の総大将の的にグレッシュの実を当てたら決着よ」
「グレッシュの実?」
「ああ、貴女は知らないのね。グレッシュの実はブレスコット辺境伯領の特産品で赤グレッシュと紫グレッシュの2種類があるの。一つの房に20個以上の実が付いて、そのまま食べても甘酸っぱくて美味しいのよ。多くは発酵させてお酒にしているけど、子供用にジュースにもしているわ」
え、何ですかその祭りは?
だが、まだブリタニーの説明は続いていた。
「そして虹色鳥はルヴァン大森林に生息する鳥よ。羽がとっても綺麗なの」
「へえ、そうなんですね」
「あら、他人事じゃないのよ。去年と同じなら領主軍の総大将は奥様になるはずだから、私達は身を挺してグレッシュの実から奥様を守るのよ」
どうやら私は領民軍から投擲されるグレッシュの実から奥様を身を挺して守る役目が割り当てられるようだ。
これは駄目にしても良い服を見繕わないとなりませんね。
そこでメイド長が最後の一言を言っていた。
「それから今年の領主軍の総大将はクレメンタイン様です。皆さん、何が何でもお嬢様をグレッシュの実からお守りするのですよ」
「「えええ~」」
メイド達が驚いた声を上げていた。
6歳の少女が大人達に取り囲まれグレッシュの実を投げつけられたりしたらトラウマになってしまうのではないの? なんだってそんな事をお館様も奥様も了承されたのでしょうか?
だが私のそんな考えは誰も意に介していないようで、ブリタニーに引っ張られて調理場に入っていった。
ルヴァン大森林に虹色鳥の羽を採取に行くメンバーは成人男性5人と私達2人分になるのでかなりの分量だった。
出来上がったサンドイッチをお茶のポットと果物を入れていくとバスケットはパンパンになっていた。その上にシートを折りたたんで被せて出発準備ができた。
バスケットはとても重く両手で掴んでブリタニーの後をヒイヒイ言いながら付いて行くとようやく目的の場所が見えてきた。
ブリタニーが開けた扉の向う側には領軍の制服を着た5人の兵士が待っていて、私達の姿を認めると片手を上げて手を振ってきた。
「おおい、メイドの手伝いは君らか?」
「はい、そうです」
ブリタニーがそう答えると隊長らしき男が笑顔を向けてきた。
「俺はマレットだ。今回の虹色鳥を捕まえる班の班長を務める事になった。よろしくな。いやあ、可愛いメイドさんが手伝ってくれると俺達もやる気が出るよ。これもお館様の気遣いってやつだよなあ」
マレットと名乗った若い男は頭を掻いて少し照れているようだったが、ブリタニーは少し不安そうだった。
「でもルヴァン大森林って危険な場所なんですよね?」
「行く場所はバトゥーラ要塞の傍だから問題はないよ。それに君らだって少しは訓練を受けているんだろう?」
「ええ、まあ」
「それじゃ早速出かけようぜ」
そう言うとマレットは私の両腕からバスケットを掴むと付いてくるように合図を送り、そのまま部下達と歩き出した。
そして向かった先には1台の馬車と4頭の馬が待っていた。
私は今回メンバーに選ばれたのはバタールからバトゥーラ要塞までの道順を覚えるという目的があるので馭者台に座る事になった。
馭者台の隣で馬を操るのはマレットだ。
バタールの町から西門に向かう道のりは既に覚えているので、隣のマレットに収穫祭の事を聞いてみる事にした。
「この祭りは毎年行っているのですか?」
「ああ、そうだ」
「どんな祭りなのですか?」
そう尋ねてみると領主軍は館の訓練場に本陣を置き、領民軍は町の中央広場に本陣を置いて、お互いに相手の総大将を攻める攻撃班と相手の攻撃班から総大将を守る防衛班を編成するらしい。
そして領主側は館の使用人から防衛班、領軍から攻撃班を選別するらしい。
領民軍は町の東側と西側で毎年攻撃班と守備班を入れ替えるらしい。
戦闘の専門家である領主側が有利そうに見えるが町中では地の利がある領民軍が有利で、建物の2階や路地裏から領民達がグレッシュを投げてくるのでなかなか中央広場まで辿り着けないのだそうだ。
それに領民軍の数は領主軍の3倍なので数で押し切られて毎年領民軍が勝っているそうだ。
そう語るマレットはとても収穫祭を楽しみにしているようだが、貧乏なモス男爵家出身の私には食べ物を粗末にすることがどうしても受け入れられなかった。
そのため、隣で食べ物を粗末にする事を楽しそうに語るマレットについ文句を言ってしまったのだ。
「裕福な貴族領はとても羨ましいですね。モス男爵家で食べ物を粗末にするなんてとても考えられません」
するとマレットは私の言葉の中に刺があるのに気が付いたようだ。
「ああ、それは敵が攻めて来る危険の無い内地の人間の考え方だな」
「それはどういう意味ですか?」
私は自分の意見が頭から否定された事にちょっとムッとしていた。
食べる物に困る人間の気持ちは、しょせん裕福な人達に理解してもらえないのだろうと思っているとマレットから意外な答えが返ってきた。
「祭りをやる目的は勿論大地の恵みを与えて下さった神への感謝もあるが、それ以外にも理由が2つあるんだ。ここ辺境伯領はルヴァン大森林を挟んで仮想敵国であるアンシャンテ帝国と対峙しているだろう。だから、これは帝国軍が攻めてきた時の市街戦の訓練でもあるんだよ」
「え?」
「現実問題としてバタールの町が戦場になったら負けは確定しているんだが、それでも俺達が少しでも時間を稼ぐ事が出来れば王国の準備が整うだろう。俺達にはそう言った任務が与えられているんだよ」
「それはつまり領民全てが盾となって王国のために時間を稼ぐという事ですか?」
「ああ、そうだよ。実際の戦闘となれば祭りで投げるグレッシュの実が石になったりナイフになったりするんだよ。そうやって一人でも多くの敵を倒すんだ」
そこで初めてブレスコット辺境伯家の兵士1人を相手にするには3人で当たれという話を思い出し、そしてその意味を初めて理解したのだった。
辺境伯軍が強いのはこういった覚悟があるからなのだという事に。