番外10(食べ物の恨み5)
翌日、ブリタニーが先輩メイドに話を付けてくれて私がクレメンタイン様の御付きにして貰った。
そして食堂に行くとクレメンタイン様用に特別に作られたサンドイッチがバスケットの中に入れられていた。
その中身は当然本館に出されている貴族用の食材で作られた物だ。
私は調理人から見えない場所に移動するとそっと中身を使用人用の物に入れ替えた。
そして中庭にやってくるとそこには大きな鍔がある帽子を被った少女が待っていた。
「遅いわよ。一体いつまで待たせるつもり?」
「申し訳ございません」
「まあいいわ。それじゃ付いてきなさい」
そう言うとさっさと先を歩いて行ったので、その後を追っていくとその先には馬車と護衛の騎馬が待っていた。
馬車の傍に立っていた馭者はクレメンタイン様の姿を認めると直ぐに馬車の扉を開けてその下に踏み台を置いていた。
クレメンタイン様はそれがさも当然といった感じで踏み台を登ると馬車の中に入っていった。
私はその後を追って馬車の乗り込み対座に座ると、帽子を脱いだクレメンタイン様がじっと私の顔を見ていた。
「貴女、初めて見る顔ね」
えっと、一応就任の挨拶はさせてもらいましたよ。
「エミーリアと言います。どうぞよろしくお願いいたします」
「そう、まあいいわ」
そう言うとそのまま私への興味を失ったのか窓の外を眺めていた。
馬車はガタゴトと揺られながら町の中を進みそして門の場所まで来ていた。
門では一度停止して行き先や中の検分等が行われるのだが、護衛騎士が先ぶれを出していたので馬車は止まることなく門の外に出て行く事が出来た。
そして門番達はこちらの馬車に向けて手を振っていた。
向かった先は丘陵地帯にある高原だった。
クレメンタイン様はその上り坂を楽々と上って行くので、私のその後をお昼用のバスケットを持って付いて行くのだ。
ブレスコット家のメイドに戦闘訓練があるおかげで簡単についていけてはいるが、他の家のメイドならまず間違いなく音を上げているだろう。
そして到着した場所からは周囲の景色が一望出来た。
クレメンタイン様はそよ風に帽子が飛ばされないように片手で押さえながらその景色をじっと眺めていた。
周囲の景色を堪能した後は草の中に潜む虫を見つけては興味深そうに眺めたり触ったり追いかけたりして実に楽しそうだ。
私はバスケットの上の乗せていたシートを広げてクレメンタイン様が腰を下ろせるようにした。
「さ、こちらにどうぞ」
クレメンタイン様が何も言わずにシートの上に腰を下ろすと私にサンドイッチを出すように言ってきた。
さあ、ここからが正念場だ。
今回の出来事で私は約束された1年を終えて家に帰る事になるかもしれないが、それでも周りの皆がそれで救われるのならそれでもいいと考えていた。
そしてバスケットを下ろしてサンドイッチを包んでいる包装を解くとポットを取り出してお茶の用意をした。
「何よ、これ。私に使用人の食べ残しを食えというの?」
クレメンタイン様の声が聞えると私の頭上をサンドイッチが飛んでいった。
それは上空で3つに分かれたのでクレメンタイン様が食べたのがあの燻製肉だと分かった。
「それとも、私には家畜の餌で十分だとでも思っているの? 貴女、私を馬鹿にしているわね?」
ブレスコット家の我儘令嬢と言われるクレメンタイン様は顔を真っ赤にすると私に指を突き付けて睨みつけていた。
「とんでもございません。あれは私達が毎日食べているサンドイッチでございます」
そう言って深く頭を下げた。
噂によるとこの令嬢は気に入らない事があると男性使用人を蹴飛ばしていると聞く、私も体のどこかに衝撃が走るのを覚悟してじっと待っていた。
だが、何処にも衝撃が来なかったのでそっと目を開けてみると、そこには何事か考えているクレメンタイン様がいた。
「気分が乗らないわ。帰るわよ」
その後はクレメンタイン様の怒っている後ろ姿を見ながら馬車まで帰ってきた。
そこで待っていた馭者はあまりにも早い主人の帰りに驚いているはずなのだが、そんな素振りは一切見せずいつものように扉を開け踏み台を準備していた。
私は重苦しい空気の中、自分の都合だけでこの幼い少女の楽しみを奪ったという事実にようやく気が付いた。
この少女もあの煩わしい親戚筋の相手をさせられて息苦しい館の中から一時の解放を求めて抜け出してきたのかもしれないのだ。
そのささやかな楽しみを奪ってしまったという罪悪感に苛まれていた。
馬車を降りて別館に入ると直ぐにブリタニーに掴まった。
私がやった事がメイド長にバレてしまったようだ。
それからメイド長の部屋でこってり絞られた私は罰として謹慎を命じられた。
謹慎が明けて再びいつもの日常が戻り、別館での昼食の時間になるとそこには大皿に盛られたいつものサンドイッチがあった。
そう言えば今日の給仕の時にストックウィン伯爵家の人達を見かけなかった。
そしてブリタニーにこっちを食べてと渡されたのは燻製肉のサンドイッチだった。
どうやら私への罰はまだ終わっていなかったようだ。
覚悟を決めてサンドイッチにかぶりつくとその肉は柔らかくそしてとても美味しかった。
あれ?
私は不思議に思いながら咀嚼しているとブリタニーはとっても嬉しそうな顔をしていた。
「これは貴女のおかげね。メイド長から聞いたんだけどクレメンタイン様が辺境伯様に私達の食事の事を言ってくれたそうよ」
「え、そうなんだ」
「そして直ぐに納入業者が元に戻ったんだって」
ああ、それじゃあアシュリーさんも何とか廃業せずに済んだんだ。良かった。
「だけど色々あったそうよ。特にあの第2夫人だけど、納入業者を変えてキックバックを貰っていたそうよ。私達のご飯代の上前を撥ねていたなんてほんと嫌になるわよね」
気のせいか周りに居るメイド仲間達の私を見る視線が柔らかいものに変わったような気がした。
サロンではブレスコット夫妻がワインを片手に話をしていた。
「それでストックウィン家の人達は家に帰ったの?」
「ああ、あれだけの事をしたんだ。当然追っ払ったよ」
「それと夫人が連れてきた業者も追い出したの?」
「あれはとんでもない奴らだったよ。当然追い出したさ」
そう言う2人は互いに空になったグラスにお代わりを注いだ。
「でもこの館に使用人達が私達に何も言って来ないのは困ったものね」
「そうだな。まさかあの娘がクーを利用するとは思わなかったがな」
「クレミィが使用人達をちゃんと人間扱いしてくださいと言ってきた時は最初何を言っているのか分からなかったけど、まさかモス家の娘を辞めさせたりしないわよね?」
「まさか、そんな事はしないさ。だが、今回の件でストックウィンの連中が他の貴族達にクーの悪口を言いふらすだろうな」
「まあ、そんな事をしたら当然王家にもその噂が流れるわね。フフフ」
エメラインはそう言うと両手を合わせて胸元に持ってくると、とても嬉しそうな顔で微笑んでいた。
「そうだな。この件は利用出来そうだ」
「そうするとあのおかしなメイド試験も結果オーライと言う事かしら」
「ああ、そうだな。せっかくだから利用させてもらおう」
ダグラスはグラスに入ったワインの残りを飲み干すとこの後の計画に思いをめぐらした。
そして2人はお互い悪い笑顔で笑うのだった。