番外7(食べ物の恨み2)
「なんだって仕入先を変えるんです?」
「アンシャンテ帝国軍の威力偵察の回数が増えていて軍事関係の支出が増加しているのです。このため他の費用を削減する必要が出てきたのです」
「だからと言って主家様の料理の質を落とすことはできませんぜ」
「何を言っているんだ。今の業者よりも価格の安い業者が居るのだからそちらに切り替えるだけだ。質を落とす訳ではない」
そんな話を聞いてモス男爵領でもいかに費用を切り詰めるかで頭を悩ませていた事を思い出していた。
裕福そうに見える辺境伯家でも費用は無尽蔵ではないのだなと思うとなんだか親近感を覚えるのだ。
だが、料理人が用意してくれたワインは高級品で燻製肉も上物だった。
モス男爵家でも安い業者に切り替えた時に品質がかなり落ちた事があったが、ブレスコット家ではどうなるのだろうかと考えたが、食材に関しては自分がかかわる問題じゃない事なのでこれ以上詮索は出来なかった。
後で情報通のブリタニーにでも聞いてみようと思ったが、他の事にかまけてすっかり忘れてしまった。
居間に注文のあったワインとツマミを持って行くと既に言い争いは終わったようで、メイナード様の姿は何処にも無かった。
そのままホレス様が座るテーブルにワインとツマミを置いているとじっと見られている気がした。
「お前が王都で試験に合格したメイドか?」
「はい、そうです」
「この館のメイドは領内の平民ばかりだからまったく気がきかん。お前はどこの家の者だ?」
「モス男爵家です」
「モス? 知らないな。新参者か?」
「モス男爵家は私の父で5代目になります」
「ふん、そうか」
どうやらモス男爵家が新参者だと分かり興味を失ったようです。
他のメイドさん達も気が利かないのではなくて、私と同じで避けているのではないでしょうか?
エミーリア達メイドの1日のスケジュールは朝食の給仕を行った後は戦闘訓練となる。
そして昼食の給仕を行った後、軽い昼食を取り午後は掃除に洗濯だ。
夕食の給仕の後は自分達の食事を取り後は自由時間となる。
掃除や洗濯は担当が分かれており新人のエミーリアは別館担当だ。
そして私はこの人達の中で完全に浮いていた。
どうも私が貴族家出身と言う事もあって私にどうやって接したら良いのか分からないといった感じなのだ。
そんな私が天狗になっていると勘違いしているのかメイド長の私への対応は厳しかった。
別館には高価な装飾品や服飾品も無い事から気が楽なのだが、メイド長からの厳しいチェックが入るので毎日が試験といった感じなのだ。
そんな私達のささやかな楽しみは厨房で作ってくれるお茶の時間のお菓子だ。
本館では奥様やお嬢様のためのお菓子が作られるのだが、いつも多めに作ってくれるので私達メイドもそのご相伴にあずかれるのだ。
今日はアーモンドを乗せた焼き菓子だった。
サクッとした歯ごたえにカリっと固いアーモンドがよく合っていた。そして口の中に広がるほど良い甘みが何とも言えなかった。
それを熱いお茶で流し込むととても満足した気分になれた。
まあ、奥様やお嬢様には料理長自慢の豪華なお菓子も提供されているが、私にはこれ位が丁度よいのだ。
休憩の後は取引業者が食料品を納入するのでその立ち合いをすることになった。
門番から業者が来たという連絡を受けて先輩メイドのブリタニーと一緒に勝手口で待っていると、この館への出入り商人であるホイストン商会の荷馬車がやって来た。
そこで料理長と主計員の会話を思い出していた。
「この人達に会うのもこれが最後なのかなぁ」
私の独り言を聞いたブリタニーが服の袖を摘まんで自分の方に引っ張ると耳元に囁き声が聞こえてきた。
「ちょっと、何か知っているのなら教えてよ」
そこで料理長との話をこっそり教えたのだ。
「ふうん、そうかあ。でも変だなあ」
ブリタニーのその言葉に疑問を持ったが、それを聞くよりも早く荷馬車が到着してしまった。
私達は契約通りの物と量がきちんと納入されたかを確かめるため発注書の品目リストと実際に運び込まれた物品を付け合せるのだ。
勝手口の東側にある倉庫に横付けすると荷台に木板で傾斜路を作り、ワインやビールが入った木樽を転がすとそのまま傾斜路を下ろして倉庫の中に運び入れていた。
それが済むと今度は小麦が入った麻袋、野菜や果物が入った木箱が次々と倉庫の中に搬入されていった。
私達はそれを手に持ったリストと付け合せて行った。
そんな中果物が入った木箱からはとても美味しそうな香りが漂っており思わず顔がほころぶと商人の娘がやって来てブリタニーと私にイチゴを1つ手渡してきた。
「これは試食用です。納入品ではありませんからどうぞお納めください」
これは賄賂ではないかと逡巡していると隣のブリタニーはさも当然という感じでイチゴを口に含んでいた。
「もぐもぐ、これとっても甘いわね」
そう言って嬉しそうに食べるブリタニーを見て、商人の娘も嬉しそうな顔をしていた。
「これだけ美味しそうに食べていただければ持って来た甲斐もありますね。あ、私はアシュリー・ホイストンです。今後ともご贔屓に」
「私はエミーリアです。よろしくお願いします」
ブリタニーが食べているのに私が断っても気まずい思いをするだけなので遠慮なく頂くことにした。
ブリタニーが食レポしたとおり糖度が高くとても美味しいイチゴだった。
「美味しいですね」
「ええ、良い物を厳選して収穫後直ぐに持ってきましたので」
アシュリー・ホイストンとの会話を聞く限り、まだ取引先を変えるという話は伝わっていないようだ。
物資の搬入が恙なく終わりホイストン商会の人は帰っていった。
そしてブレスコット家のメイド達は館での仕事の他、町中にお使いに行くという仕事もあった。
これは表向きはお使いなのだが、実際は市井に出て噂話を集めて来るという物だった。
何故メイド達がやるかと言うと厳つい男がやると相手が怖がったり逃げたりするが、当たりの柔らかい女性が日頃のお使いといった感じで話しかければ皆警戒心を解いて色々と教えてくれるからだという事だった。
ただ、町に出て情報収集すると言ってもバタールの町は大きいので唯やみくもに店に突撃する訳にも行かないので、それは何時も協力してくれる先に行くというので、私は先輩メイドブリタニーとペアを組んで店の場所と聞く相手を教えて貰う事になっていた。
最初に訪れた店は武器防具店で武器商人のイーノック・ラティマーの店だった。
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