その105(影の女王)
祝勝会当日は、先に第一王子の王太子任命式が行われた。
王城キングス・バレイの大広間に集められた貴族達を前に、現王が赤い王冠を6つ付けたクラウンを第一王子の服に付け、そして集められた貴族達がそれを認めるという行事が行われた。
現王が第一王子にクラウンを付けて貴族達に「祝福せよ」と命じると、集められた貴族達は一瞬お父様の方を窺ってから、それに答えていたと後でお父様が可笑しそうに話していた。
そして私は祝勝会への参加を命じられていた。
お父様とお母様に同行して会場にやっていた私は、事務方をしている文官に呼び止められていた。
「ブレスコット辺境伯家のクレメンタイン様、お待ちください」
「なんでしょうか?」
私が振り返ると、そこには手にクラウンを持った文官が立っていた。
「これをお付けください」
「え、でも私は当主ではありませんよ?」
「いえ、これは貴族の方達の総意ですから」
「え?」
そう言うと文官は私のドレスの腰辺りにクラウンを付け終わると、そのままその場を離れようとした。
だが、それを見て思わず文官を呼び止めていた。
「ちょっと、待ってください。これは何ですか?」
振り返った文官は、不思議そうな顔をしていた。
「何と言われましても、それがクレメンタイン様用のクラウンでございます」
そう言って私が反論をする前に離れて行ってしまった。
私のドレスに取り付けられたクラウンには、王冠が7つも付いているのだ。
これは明らかに間違いなのではと言いたかったのだ。
私はこんな物を付けていたら他の貴族達から嫌味を言われ放題でないかと危惧して、この場を離れようとしたのだが、直ぐに私に気付いた貴族達に捕まってしまったのだ。
だが、集まって来た貴族達から蔑みや嫌味を言われることも無く、皆、私に対して慇懃な態度を取っていた。
そこで思い付いたのは、私についている悪評だった。
そう、いつも「残虐女」や「告げ口令嬢」と呼ばれているので、嫌味を言って私から暴力を受けたり、お父様に言いつけられる事を心配しているのだろうと思っていた。
一通り挨拶が終わると、三頭の龍の3人が私の前に現れた。アビー達は王冠の無いクラウンを付けていて、そのせいで馬鹿にされるから貴族の集まりには出てこないと言っていたのだが、今日は強制参加だったようだ。
「あら皆さん、普段の貴方達とは全く違いますね」
「それはクレメンタイン様も同じですよ」
「でも今日は誰からも馬鹿にされないんですよ。それというのも、僕たちがブレスコットの姫様と交流があるかららしいんだけどね」
「クレメンタイン様、冒険者ギルドの掲示板に軍隊殺しの件が張り出されていましたよ」
それを聞いた私は、冒険者ギルドでレベルアップした時の事を思い出して、また三頭の龍の討伐記事が載った事を知ったのだ。
「まあ、それではまた王都の女性達に騒がれますね」
私がそう言うと、3人はちょっと言いにくそうな顔をしていたが、アビーに脇腹を突かれたキャヴェンデッシュさんがその先を話してくれた。
「それがですね。討伐したのは三頭の龍とおてんば姫と言われているんです」
うん?
三頭の龍は分かるが、そのおてんば姫ってなんでしょう?
とてもひっかかりますね。
私は意味が分からず小首を傾げていると、キャヴェンデッシュを一睨みしたアビーが補足してくれた。
「そのおてんば姫というのが、クレメンタイン様の事です」
えぇぇ、なんでそうなるの?
「ちょ、何で私がおてんば姫なのですか? 私の事が載るならDランク冒険者ミズキとなるはずでしょう?」
「クレメンタイン様、ギルドマスターのバーニー・リトラーと何かありましたか?」
いや、ちょっと、身分を偽ってはいましたが、他は何もないはずですよって、あれ?
「もしかして、私が身分を偽っていた事でしょうか?」
「なんでも王家からかなりの嫌がらせがあったという事でしたよ」
ああ、それがこの意趣返しという事なのね。
私は軽い頭痛を覚えていた。
そしてちょっと油断をしていた私は、第一王子のイライアスが近づいてきた事に気が付かなかった。
「クレメンタイン、ちょっと良いか?」
「あら、第一王子殿下、この度はご婚約おめでとうございます」
私はそう言いながらも、これ見よがしに腰に付いているクラウンから王子の視線を逸らそうと少し体の位置をずらしていた。
「お前がフィービーとの結婚を認めてくれたそうだな。その点は感謝している」
そう言えばお父様にそんな事を聞かれた覚えがあるけど、それが何か関係があるのでしょうか?
「私は何もしておりません。お父様が何かしたとしても私は知りませんよ?」
「ふん、そういうことにしておくか。だが、おかげでフィービーがマナーの点で他の貴族に嫌味を言われないのだ。助かるよ」
ヒロインのマナーと私が一体どうやったら関連付くのでしょう?
全く意味が分かりません。
私は意味が分かりませんというと、第一王子はいずれ分かるさと言うと、最後に「そのクラウン似合ってるな」というと私の元から去っていった。
あれ?
非難されない?
なんでだろうと思ってその後姿を見送っていると、領地の整理を終えたエミーリアが姿を現した。
その姿は立派なモス女男爵だった。
「エミーリア見違えたわ、あっと、いけない、エミーリア様でしたね」
「クレメンタイン様、これまでどおりエミーリアでお願いします。これからはいつも一緒と言う訳にはまいりませんが、これからもよろしくお願いします」
「ええ、勿論です」
「それにしても大人気ですね。流石は影の女王ですわ」
「え、何それ?」
エミーリアは私の腰のあたりにあるクラウンを指さしながら「それが影の女王のクラウンですわ」と言っていた。
なんでも、王都の辺境伯館で開催しているお茶会で決まったことが、そのまま国政に反映されるため、貴族達はその場で何が決まるのか注目しているのだそうだ。
それで、その茶会に参加できる3家の令嬢に色々とアプローチがあるのだそうだ。
そう言えば、お父様がお茶会の後、必ず聞いてくるのはそう言う理由があったのですね。
そしてこの国に最高権力者が既に私になっているという事で、貴族達が私の事を「影の女王」と呼んでいる事を教えてくれた。
今までは、残虐女とか告げ口令嬢とか言われていたが、それがいつの間にか、随分と偉そうなあだ名に変わった物だ。
私は、卒業パーティーからの事を思い返しては遠い目をして、「色々ありましたね」と独り言を言ったのだ。