その104(ブラムお茶会同盟)
ギャレー狭間での戦いで帝国軍の圧力に崩壊寸前だった第一王子派は、ブレスコット辺境伯軍が戦いに参戦し、それに呼応して動き出したアレンビー、ラッカム、レドモントの軍勢に包囲された帝国軍が総崩れとなった事で救われた。
アレンビーら3家の動きは、私から話を聞いた諜報担当のバートランド・リンメルが手配した救出部隊が、キングス・バレイの離れに軟禁されていたアレンビー家のクリスタル様、ラッカム家のイブリン様それにレドモント家のマリアン様を救出して、ブレスコット辺境伯軍と連携するようにと働きかけた結果だそうだ。
この戦いで第一王子派は大きく力を削がれ、第二王子派は最早俎板の上の鯉となっていた。
それに代わって大きな力を持ったのは、ブレスコット辺境伯家、アレンビー侯爵家、ラッカム伯爵家それにレドモント子爵家の新しい4家同盟だった。
この4家は、王国における軍事力、食料、金融それと鉱石を牛耳っており、最早この4家同盟の意向を逆らって政を進める事は出来ない状況であり、時世に聡い貴族達は直ぐに靡いてきたのだ。
その力は戦後処理にも遺憾なく発揮されており、アンシャンテ帝国軍を招き入れたビンガム男爵達は取り潰しとなり、第二王子派は解体され、スィングラー公爵は強制的に引退となった。
そしてブレスコット辺境伯の強い意向により、ターラント子爵は改易となった。
明らかにクレメンタイン嬢に対する無体で、ターラント子爵が改易となった事実を知ったラッカム伯爵やスクリヴン伯爵は顔色を青くしていたと噂されていた。
そして取り潰しになったビンガム男爵達の爵位はブレスコット辺境伯の預かりとなり、クレメンタイン嬢の護衛役を見事こなしたとしてエミーリアとエイベルに下賜された。
エミーリアは元々モス男爵家の人間であり、お父様の意向でモス男爵家を再興することになった。
そしてエイベルは、今回話題となった現王の隠し子で本名はエイベル・ダン・バーボネラと言うらしい。
2人とも私の使用人で居たいと任命を拒んでいたが、エミーリアには私が次期女辺境伯になるのだからあなたも女男爵となって、今後は対等な立場でお友達になりましょうと言うと呆気なく同意していた。
そしてエイベルは私への恋慕をお父様に感づかれて、無理やり放逐されたと噂されていた。
そして私は再び王都の辺境伯館に戻って来ていた。
王都ルフナにあるブレスコット辺境伯家の館は、ロンズデールに率いられた騎士団に壊されていたが、その痕跡は最早何処にも見当たらない程完璧に修繕されていた。
館の業務も執事のセヴァリーの指揮の元恙なく行われており、卒業パーティー以前の状態に戻っていた。
エミーリアの代わりに私の傍に居るのはキャロルだ。
あの後、私専属のメイドにすると宣言したのだが、流石に敵の参謀だったのでお父様も渋い顔をしていた。
そこで両手を胸の前で組んで少し上目遣いにお願いをしてみたのだ。
お父様は何やらモゴモゴ言っていたが、最終的には許可してくれたのだ。
しかし直ぐには信用されないので、暫くは王都辺境伯館の一メイドとしてセヴァリー預かりとなり、その行動を監視されることになった。
まあ、いずれはエミーリアの後釜にする予定なのだけどね。
今のキャロルの姿は、眉間の皺も無くなり、とても温和な表情をしており、長く伸ばした髪と相まってアーベル・バルリングの面影は無かった。
それにお仕着せのメイド服には、私が現代日本の知識を元に胸パットを入れてあるのだ。
何処をどう見ても素敵な女性になっていて、キャロルもその姿を気に入っているようだ。
そして今日は、アレンビー侯爵家、ラッカム伯爵家それにレドモント子爵家の令嬢を招いたお茶会を開く予定になっていた。
このお茶会は、私が発起人となって第一王子派の一方的な婚約破棄に対する精神的苦痛への謝罪と賠償をさせるために集まってもらったのだ。
そこで決まった要求があっけなく通り、婚約破棄した当人達から謝罪と賠償が行われたのだ。
しかも、私以外の3人は婚約破棄の取り消しを言ってくるというおまけ付きだ。
もっとも3人ともそれは保留しているようだけれど。
それであっけなく目的を達成してしまったのだが、せっかくだからとその後も定期的に集まってはお茶会を開いているのだ。
お茶会では他愛も無い雑談をしているだけなのだが、そんな中で出たアイデアがいつの間にか王国の政策に反映されているようなのだ。
そう言えば、お父様からお茶会をした後でどんなことを話したのかと何時も聞かれていたのだ。
そしてそれは集まった他の令嬢達も同じだったようで、お茶会で私が何を言ったのかを聞かれると言っていた。
それからお父様達が新しく出来た4家同盟の名前を、何故か全員一致で「ブラムお茶会同盟」にしたそうだ。
ブラムとは王都のブレスコット辺境伯館がある場所の地名なので、明らかに私が開いているお茶会を差しているのだ。
お茶を飲みながら最近の事を話していると、3人とも今最も力がある派閥に入りたい貴族達から山ほど釣書が送られてくると言っていた。
だが、私にはそんな物が来ているとは、お父様からもお母様からも聞いた事がなかった。
どうして私だけ? とも思ったが、悪評がある私にはそれが普通なのだろうと勝手に納得していた。
そこで話が、王家主催の祝勝会と第一王子の王太子任命式に移っていた。
この祝勝会は貴族全員出席となっており、私達も全員招待されているのだ。
どうやら先の戦いですっかり力を失った第一王子派が、私達と和解したことを印象付けたいという思惑もあるようだ。
私は、第一王子が王太子任命に先だって、お父様からこの話を聞かされていた。
そしてお父様から「どうする?」と聞かれたので、「別に構いませんわ」と答えていた。
まさか私の意向で左右されるような事とは思わなかったが、今の私としてはもはやどうでも良い事だった。
祝勝会と王太子任命式には国内の全ての貴族が参加することになっていたので、それに合わせて王都内の縫製業者は大量注文されたドレスに嬉しい悲鳴を上げているという事だった。
皆既にパーティー用のドレスを注文しているというので、私も急いで辺境伯家に出入りしている業者さんを呼んだのだが、やって来た業者さんは何故かほっとした顔をして、「これで確保していた針子さんが仕事が出来ます」と言っていたのだ。
いやあ、ほんと、気を揉ませてすみません。