その102(スカウト)
翌朝、私が目覚めると、そこには疲れを知らないエミーリアが控えていて、お母様から朝食の誘いがあった事を伝えてくれた。
支度を済ませて食堂に行くと、そこにはお母様だけが待っていた。
あれ、お父様はどうしたのでしょう?
お母様は相変わらず自分の隣の席をぽんぽんと叩いて、座る場所を指定してきた。
「まあ、まあ、クレミィ、今朝は血色もよさそうね」
「はい、おかげさまで快調です」
私はお母様に微笑みながら隣の席に行くと、使用人が椅子を引いてくれた。
日本の庶民である私にはあまり馴染みが無いためちょっと戸惑ったが、にっこり微笑んでから引いてくれた椅子に座った。
「お母様、お父様はどうしたのですか?」
「旦那様ならクレミィが討伐に出かけた後に、領軍を率いてギャレー狭間に向かいましたよ」
お母様は何の疑問の示さずに、さも当たり前のようにそう答えてきた。
私はそれを聞いて信じられない思いだった。
もし私達が失敗していたら、今頃バタールの町は大虐殺が行われていたのですよ。
私は少し非難する口調でお母様に尋ねてみた。
「住民の避難誘導もせずに、ですか?」
「あら、旦那様も私も、クレミィが失敗するなんて少しも思っておりませんでしたよ」
私は頭を抱えたい気持ちだったが、全幅の信頼を込めてそう言われてしまうとこれ以上何も言えなかった。
お母様の話では、王国軍がギャレー狭間でアンシャンテ帝国軍を迎え撃つため布陣しているというので、その援軍に向かったそうだ。
帝国軍がブレスコット辺境伯領を無視してギャレー狭間に行ったというのなら、辺境伯軍が後ろから襲ってこないという確信があるからだろう。
まあ、軍隊殺しがバタールを襲っていれば、確かにそうなっていただろう。
そこで私はキャロルの自信に満ちた顔を思い浮かべていた。
キャロル、策士策に溺れるとはこういうことを言うのですよ。
私は朝食を済ませると静かに席を立った。
「お母様、私ちょっとお父様の元に行ってきます」
「あら、クレミィが行かなくても旦那様に失敗はありませんよ」
「いえ、私は有能な人材をスカウトに行きたいのです」
お母様にも確認してみたが、お父様は私を次期辺境伯に指名するつもりのようだ。
それならお父様にバートランド・リンメルとビル・ランドールという参謀役が居るのだから、私にも同じような有能な人材が必要だと感じたのだ。
私を乗せた戦闘馬車は、ルスィコット街道をギャレー狭間に向けて疾走していた。
乗っているメンバーは、軍隊殺しを討伐に行った時と同じだった。
マレットに馬車を出してもらえるようにお願いしたら、全員付いてきてくれたのだ。
エイベルが操縦する馬車の中では、エミーリアを押しのけたキャヴェンデッシュとリッピンコットの2人が私に話しかけてきた。
「クレメンタイン様、俺の炎魔法は凄かったでしょう? 惚れましたか?」
「あ、ベンずるいぞ。ブレスコットの姫様、あの魔物に止めを刺したのはこの僕ですよ。凄かったでしょう?」
私は王都でも女性達の人気を二分する2人が盛んに自分を売り込んでいる姿を見ながら、何かあるのだろうかと訝っていたが、次の瞬間、はっとなった。
これはもしかしたら私にモテ期が来たのではないかと。
しかし、そこで王都の冒険者ギルドで、この3人の張り紙を見た時思った事を思い出したのだ。
そうだ、この3人はもしかしたらファン・ステージの次作の攻略キャラかもしれないのだ。そうだとするとアビーの立場は悪役令嬢だ。
そこで恐る恐るアビーの顔を見ると、そこに敵意は無く、なんというか、呆れと言う物が見て取れたのだ。
「あれ? アビーさん、ひょっとして呆れてます?」
アビーは私の疑問に、ため息を一つ付くとその理由を教えてくれた。
「クレメンタイン様、ご存知だとは思いますが、準爵士は1代限りの名誉職です。彼らが自分の子供を貴族にしたいのなら、貴族家の入り婿になるか、王家から褒美として爵位を下賜されるかです」
「・・・つまり、ブレスコット辺境伯家の爵位目当てだと?」
「ええ、そうですわ。次期女辺境伯様」
私はそれを聞いてガックリと肩を落としていた。
まあ、確かにそう言われてしまうと、とても納得出来る理由だった。
戦闘馬車は、ギャレー狭間に向かう途中で帝国軍に寝返ったというスィングラー公爵の領都シミットに来ていた。
シミットの西門に接近した時は攻撃されるのではと緊張したが、そこに居たのは味方の兵士達で私達にブレスコット辺境伯軍の旗を振ってくれたのだ。
町の中は比較的平穏で、シミットの市民もやや緊張した面持ちだが、普段どおりの生活を営んでいるようだ。
東門では、流石にそこから先は戦場なので門番が声を掛けてきたが、それをマレットが武骨な馬車を叩いて問題ないと返事を返していた。
まあこの戦闘馬車の頑丈さは軍隊殺しとの戦闘で証明されているのだから、敵兵が攻撃してきたとしても問題なく逃げられるだろう。
私達がギャレー狭間に到着すると既に戦いは終了しているようで、散発的に戦闘が行われている他は皆疲れ果てて地面に座り込んでいるか、敵兵の武装解除をしている状況だった。
私は早速目的の人物を探すため、戦闘馬車を走らせながら戦場跡を捜索していた。
すると目の前には、ボロボロになった第一王子派の軍が見えてきた。
そしてその中には学園の卒業パーティーで私を断罪した攻略対象者達が皆地面にへたりこんでいる姿があった。
そこには第一王子の姿もあったので素通りすることも出来ず、挨拶をしておくことにした。
私の乗った馬車が停車し中から私が出てくると、地面にへたりこんでいる第一王子は驚いた顔をしていた。
その姿は、激しい戦闘を思わせるように鎧もあちこちが壊れ、髪の毛は自分の血なのか返り血なのか分からない血で汚れており、普段の爽やかイケメンの面影はどこにも無かった。
それが第一王子と知っていなければ、捕まって自分の運の無さを呪っているただの山賊と思ったかもしれない。
「勝ち戦なのに、その指揮官がそんな情けない姿では示しがつきませんよ」
私がそう口にすると、第一王子は嫌そうな顔をしながら不平を言ってきた。
「クレメンタイン、それは嫌味か? 勝ったのはお前達だろう。俺達への意趣返しはこれ位で終わりにして貰いたいものだ」
私は何の事だか分からなかったが、唯の挨拶だったので第一王子に一礼すると直ぐに馬車に戻り、捜索を再開することにした。
そして目的の人物を見つけたのだ。