その100(軍隊殺し5)
「危険よ。戻って」
「し、しかし」
「大丈夫よ。私に任せて」
私は、今にも軍隊殺しに突撃しそうなマレット達を引き留めた。
本当なら損害度外視で特攻するべきなのだろうが、既に軍隊殺しは黒霧の中に消えており、あの霧蜂の羽音も聞こえているのだ。
あの中に突撃したらあっという間に霧蜂の毒針攻撃に遭い、無駄に被害ばかりが増えていたことだろう。
それに先程の軍隊殺しの頭部を見て、ある映画を思い出したのだ。
もしかしたら、手詰まりだと思っていた討伐が上手くいくかもしれないという希望が湧いたのだ。
そのためにはまず三頭の龍の協力が必要だった。
私は馬車の中に居た3人に、私が見た映画から閃いた攻撃方法を説明していくと、最初3人は戸惑った表情だったが次第にその顔に理解の色が浮かぶと、最後には笑顔が戻ってきていた。
「上手くいきそうですね。それでは早速エミーリアさんを救出して、魔物を追いかけましょう」
「・・・え?」
私は予想外の事を言われて思わず変な声が出てしまった。
アビーは、遺品でも回収しようとしているのだろうかと思ったのだが、表情をみているとそう言った感じでもなさそうなのだ。
私が首を捻っていると、アビーは笑いながらその理由を教えてくれた。
「安眠空間」のマジック・アイテムを受け取った時に、「大地の抱擁」の魔法を追加したのだそうだ。
それは安眠空間が切れると発動するようにしてあり、エミーリアが「楽々掘削」を軍隊殺しに投げたら強制的に地面に伏せさせるそうだ。
その状態で「安眠空間」が再起動すれば、恐らくは爆風を回避できているはずだというのだ。
それを聞いた私は、馬車を飛び出すと先程まで軍隊殺しが居た場所まで駆けて行った。
アビーには「安眠空間」が発動している場所が分かるらしく、その場所を指さしてくれた。
そこは地面が少しだけ盛り上がっていた。
私はその場所に膝を付くと両手で土をどかしていくと、そこには透明なガラスケースでも埋まっているような何もない空間が出てきた。
そしてその中にはうつ伏せ状態のエミーリアの姿があった。
夢中になってガラスケースのような結界を叩くと、意識を取り戻したエミーリアが私を見て驚いた顔をしていた。
それでも直ぐに「安眠空間」を解除してくれたようで、上に乗っていた私はそのままエミーリアの上に落ちて行った。
私は喜びのあまりエミーリアに抱き付いていたが、上からアビーの戸惑ったような咳払いが聞えてきて、ようやく我に返ったのだ。
エミーリアは私の涙を拭いながら、「7歳の時に戻ったようですよ」と言って微笑んでいた。でもそれで良いのよ。それだけ嬉しかったのだから。
無事救出されたエミーリアは何処にも怪我をした様子は無く、とても元気そうだった。
そして私達は再び黒霧の前に立ち塞がっていた。
今までのアレとの戦いは全て黒星だった。だが、今回は違うわよ。
私は戦闘馬車の天窓から上体を出しており、馬車の前には三頭の龍の3人が控えていた。いよいよ、作戦開始である。
私が歴女だったら、戦国武将のように軍配を振っているところだが、そんな物は持っていないので号令をかける事にした。
「キャヴェンデッシュさん、始めて下さい」
「クレメンタイン様、これが上手く言ったら俺の事はチェスターと呼んでくださいね」
「ええ、分かりました。それよりも王都の冒険者達が盛んに噂している、湖をも蒸発させるという火炎魔法を見せてくださいませ」
私がそう言うと、キャヴェンデッシュはこちらを振り返りながら苦笑いを浮かべていた。
「念のため言っておきますが、俺はそんな自慢話をした覚えはないですからね」
まあ、人のうわさ話なんて伝わって行くうちに、背びれ尾びれが付いていくのは普通でしょう。
いくら私が世間知らずだとしても、そんな事を素直に信じる程うぶではないのですよ。
ですが、ここはキャヴェンデッシュさんに頑張ってもらわなくてはなりませんから、信じている振りをしておくことにしましょう。
そして私はわざとらしく両手を胸の前で組んで目をうるうるさせると、思いっきり期待していますよというポーズを取った。
「えぇぇ? 私、キャヴェンデッシュ様に出来ない事は無いって聞きましたわよ?」
「うっ、分かりました俺に任せてください」
私は心の中でニヤリとしていた。どうして男っていう動物はこう単純なのでしょう。
だが、私の事を理解しているエミーリアは隣で肩を震わせていたが、見なかったことにしておきましょう。
目の前ではキャヴェンデッシュが自身の最大魔法だという「大気蒸発」とかいう魔法を、黒霧に向けて放っていた。
黒霧はキャヴェンデッシュの魔法が当たると、太陽が昇り気温が上昇すると霧が消えるようにすうっと消えて行った。
そして邪魔となる霧蜂も一緒に消滅したようで、目の前にはあの憎らしい軍隊殺しの姿が露わになっていた。
私の予想が合っていれば、アレはまた頭を出して黒霧は吐くはずだ。
「アビーさん、準備して」
「分かりました」
アビーは私が声を掛けると直ぐに「空間圧縮」の魔法を発動していた。
何もない空間に現れた「空間圧縮」は、そのままその空間を圧縮して縮んで行った。
軍隊殺しの方に視線を戻すと、そこでは案の定、外殻の中から頭がぬうっと出てくると口を開けたのだ。
「今よ」
私が叫ぶと、アビーはそれに頷きで返してきた。
ギリギリまで圧縮されていた「空間圧縮」は、アビーが腕を振るとそのまま軍隊殺しの開いた口の中に飛んで行った。
そこで黒霧を吐こうとしていた軍隊殺しは、口の中に突然目に見えない異物を突っ込まれて慌てているようだった。
何とか頭を引っ込めようとしているのだが、口が閉じられないので外殻の中に収納できないでいた。
次はリッピンコットの番である。
リッピンコットは私に言われるまでも無く「高密度氷弾」を、軍隊殺しの口の中にある「空間圧縮」に向けて高速で撃ち出していた。
軍隊殺しには魔法も物理攻撃も効かないが、それは直接攻撃した場合なのだ。
口の中にある「空間圧縮」の魔法空間に魔法弾を放つのであれば、当然効果が見込めるのだ。
高速で飛翔したリッピンコットの魔法は、そのまま吸い込まれるように「空間圧縮」に見事命中していた。
ギリギリまで圧縮された空気はその衝撃で一気に放出すると、それは爆発と同じ効果を生みだしていた。
軍隊殺しの頭はその衝撃で吹き飛んだ。
参考にした映画は、スティーブン・スピルバーグ監督の「ジョーズ」です。古い映画なので知らないかもしれませんね。