9 かくれんぼをしましょう
「じゃあ、三人でやりましょうか。かくれんぼ」
「ふぇ?」
『へ?』
唐突なエクスさんの提案に、私も少年もぽかんとするしかない。
急にどうしたんだろ。
エクスさんはにっこりと、何を考えているかわからない笑みを浮かべて言葉を続けた。
「だって、『遊びたかった』のでしょう?」
『一緒に、かくれんぼ……してくれるのか?』
「ええ、もちろん」
「エ、エクスさん、本当にやるんですか?」
「ええ。リンさんは嫌ですか?」
「いや……別に嫌なわけではないですけど……」
幽霊と関わることに躊躇をしていただけで、決して嫌なわけではなかった。悪霊のような質の悪いものならともかく、少年からはそういった負の気配は感じられない。
どうしてこの世にとどまってるんだろう。
そこまで考えて、ふとエクスさんの考えに気づいた。
もしかして、エクスさんはあの子の遊びたいって思いを叶えてあげようとしてる……?
それが叶えば少年は成仏できるのかもしれない。
それなら、私のとるべき行動は一つしかない。
少し離れたところに座り込んでいた少年のそばまで歩いて行って、しゃがんで目を合わせる。
「かくれんぼ、私もやります。その前に――――名前を教えて?」
『俺はエオ!姉ちゃんと兄ちゃんは?』
「エオ君ね。私はリン。こっちのお兄さんはエクスさんだよ」
不意に視線を感じて首を後ろに向けると、エクスさんはなんだか眉間にしわを寄せて難しそうな顔でこちらを見ていた。何かしてしまっただろうかと首をかしげると、エクスさんは左右に首を振って表情を戻した。
「あ……いえ……なんでもありません。では、鬼を決めましょうか……といっても、リンさんは昨日こちらにきたばかりですから、私がやりましょう。エオ君は隠れる方がいいでしょう?」
エクスさんが話を振ると、エオ君は『俺、隠れる!』と力いっぱいに肯定してみせた。エオ君は探すよりも隠れる方がいいようだ。
「決まりですね。隠れる範囲は教会の敷地内だけでお願いします、こう見えて結構な歳なので。お二人ともそれでいいですか?」
『はーい』
「わかりました」
「それでは礼拝堂で百数えますので、お二人はその間に隠れてくださいね」
エクスさんはさくさくと役割を決めて、礼拝堂へと姿を消していった。
少しして、開け放たれた礼拝堂の窓から、エクスさんの数を数える声が聞えてくる。
えっ、もう!?
唐突に始まったカウントに、私はわたわたと慌てながら草むらへと走り出す。
どこか隠れるところといっても、外じゃ草木の影くらいしか思いつかない。
隠れる範囲は教会の敷地内と言っていたから、建物の中に入って隠れる場所を探すのもありなんだろうけど、昨日来たばかりの私にはいささか分が悪い。たった百秒じゃ隠れる場所を探している間に見つかってしまうだろう。
まぁ、それは中に隠れても外に隠れても同じなのかもしれないけど。
いっそ探す方がよかったのかもしれないと思っていると、不意に『姉ちゃん』と声をかけられた。
呼ばれた方に顔を向けてみれば、エオ君が木々の間から手招きしているのが目に入った。
「エオ君?」
『姉ちゃん、こっち!』
手招きされるままに草むらに入っていくと、少し歩いたところに小さな池が見えてきた。
池のそばには巨大な木が立っていて、根元には人が隠れられそうなほど大きなうろがぽっかりと口を開けている。
エオ君はそのうろの中に身を潜めると、私に向かって手招きをした。どうやら一緒に隠れようということらしい。
私は木の根元まで行くと、身をかがめて中にいるエオ君に話しかけた。
「いいの? 一緒に隠れたら見つかる時も一緒に見つかっちゃうけど……」
『いいの! なぁ、いいだろ? 一緒に隠れようぜ』
上目遣いでお願いされては嫌とは言えなかった。
「お邪魔しまーす」と身を縮こませるようにして木のうろの中に入る。
神社にあったらきっとご神木になって奉られていそうなほどご立派な木の内部は、大人一人がゆったりと座れるほど広い。隣にいるのが実体のない少年だからか、余計に広く感じる。
耳を澄ませてもエクスさんのカウントが聞こえてこないので、礼拝堂からだいぶ離れたところにきてしまったようだ。
エクスさん、ちゃんと探しに来てくれるかな……。
とりあえず、かくれんぼなんだから見つからないようにしなくっちゃ。
外から見つからないように膝を抱えて丸まるように座った私は、隣にちょこんと座ったエオ君と顔を合わせて笑いあった。
こんなふうに遊ぶのは小学生以来かもしれない。
見つかるのを待ってる間って、なんか落ち着かなくてドキドキする。
「かくれんぼなんて久しぶり」
『そうなの?』
「うん。この年になるともう外で遊ぶとかってしなくなっちゃうから」
『ふーん。それじゃあさ、大人って何して遊ぶの?』
「え……」
聞かれて、私は返答に詰まった。
すぐにカラオケとか買い物とかが出てこないあたり察してほしい。
基本ぼっちなんです。
クラスの子たちとカラオケとか買い物とか行くことはあるけど、自分から誘ったりとかはしたことがない。人づきあいはいつだって受け身だった。
そんなぼっちな私の遊びといったら、スマホゲームか読書か一人カラオケだ。
ええ、カラオケは一人でも楽しめるものです。
それはともかく。きっとエオ君にゲームとかカラオケとか言ってもわかってもらえないだろうと思ったので、無難に読書と答えておいた。
私の答えに、エオ君は『大人ってつまんない』と口をへの字に曲げた。外で遊ぶのが好きな子からしたら、読書は退屈なのかもしれない。
そんなエオ君に逆に尋ねてみることにする。
「じゃあ、エオ君はどんなことして遊ぶのが好き?」
『えっとー……鬼ごっこだろ、かくれんぼだろ、釣りだろ、虫取りだろ、あとねあとね』
出てくる出てくるお外遊びの数々。
私も子供の頃にやったことのある遊びから男の子特有の遊びまで、エオ君は両手では数えきれないほどあげてくる。生前はきっと活発な子供だったに違いない。
私はエオ君の話を聞きながら、エクスさんが探しに来るのを待っていた。
***
それからどれくらい経っただろうか、いつまで経ってもエクスさんが探しに来る気配がない。
だんだん不安になってきた。
エオ君との話は尽きないけど、いかんせん遅すぎるのではないかと思い始めた頃だった。
ピカッ!
急に薄暗くなってきたと思ったら、空に閃光が走った。
少しして、ゴロゴロゴロゴロと轟くような音が聞こえてくる。
雷だ。
「エオ君、教会にも……」
戻ろうと言おうとした瞬間、ドシャーというけたたましい音と共に、バケツをひっくり返したような雨が降ってきた。
地面にたたきつけられた雨が土のにおいを運んでくる。
木のうろの中から外の様子をうかがうと、水しぶきで景色が白く霞んで見えるほどの視界の悪さで、とてもじゃないけど走って帰れるような状況ではなかった。
少し雨宿りしていった方がよさそう。
あれ、でも雷の時って木の下に隠れるのはまずいんだっけ。どうしよう。
相談しようと思ってエオ君に話しかけてみる。
「ねぇ、エオ君」
『……………………』
「エオ君?」
すぐ横にいるエオ君から返事がない。さっきまであれほどしゃべっていたのに、どうしたんだろう。
心配になってエオ君の顔を覗き込むと、エオ君は両手で頭を抱えたまま目を見開いて固まっていた。
「エオ君! エオ君!?」
もう一度呼びかけると、エオ君ははっと我に返ったようにゆっくりと私の方に顔を向けた。
その顔は強張っていて、何か恐ろしいものでも見たような表情だった。
『……おれ……俺……思い、出した……』
エオ君は震える声で言った。
『俺、ここで死んだんだ……』