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5 教会と神官エクス

 教会へはあっという間に着いてしまった。

 やはり石造りの白い建物が教会だったらしい。

 外壁と同じように白く塗装された扉をドンドンと叩き、リッツさんが声を張り上げた。


「エクス様! リッツです!」


 少しして内側から扉が開かれると、やたらと顔面偏差値の高い青年がでてきた。

 二十代前半くらいだろうか、腰辺りまで伸びた綺麗な青銀髪を右肩から前に下ろしてゆるく結んでいる青年は、白を基調とした詰襟の上にゆったりとしたローブのようなものを羽織っていた。

 明らかに村人の着ている服とは違って上質なものだとわかる立ち姿に、神官の地位が高いということは容易に想像ができた。


「どうしました? リッツ、貴方が勤務中に教会に足を運ぶなんて珍しいですね。何事かありましたか?」


 ややたれ目がちの、ワインレッドの目が印象的な顔立ちをしたエクスと呼ばれた神官は、見た目通りの穏やかな声音でリッツさんに問いかけた。

 リッツさんは姿勢を正して私の肩に手を置くと、ずずいとエクスさんの前に押し出した。


「教会への保護を要請しに来ました」

「保護、ですか?」

「狭間に落ちたそうです」

「狭間に!? それはまことですかっ!?」


 食らいつくように、今度はエクスさんが私の両肩に手をかけてくる。

 私はびくりと体を震わせて目を斜め下へと向けて必死に話を合わせた。やばい、イケメンすぎて顔が合わせられない。


「へ? あの? えと……よくわかってないのですが、なんかそうらしいです?」


 ごめんなさい。本当は狭間じゃなくて、世界を移動してきたんですけど。

 本当のことは言えないので、そこらへんは言葉を濁した。

 エクスさんは口元に手を当てて、観察するように目を細めて上から下までじっくりと見てくる。


「…………確かに、見たことのないような服ですね」

「はい。俺とルッツもそれを根拠に狭間に落ちたという彼女の言葉を信じました」

「なるほど……貴女、名前は?」

「凛です。凛・八神」

「ふむ……言葉は通じるのですね」

「はい、不思議なことに……」


 精霊に加護をもらったことも隠しておいた方がいいかもしれないので曖昧に頷いておく。


「まぁ、いいでしょう――――私はエクス・ローウェンといいます」


 私の返答に納得したのかしていないのかはわからなかったけど、エクスさんは私の肩に乗せていた手を取り下げて、左手を胸の前に当てて綺麗にお辞儀をした。

 一つ一つの動きが精錬されていて育ちがいいことが伺えた。


「リッツ。連れてきてくれて感謝します。彼女は教会で保護しましょう」

「よろしくお願いします。リンさん、よかったね」


 リッツさんはニカッと笑って私の頭を少々乱暴に撫でると、門番の仕事に戻ると言って元来た道を戻っていこうとした。

 私は慌ててリッツさんを引き留めて、言わなければと思ってたことを伝える。


「リッツさん! あの、連れてきてくれてありがとうございました! ルッツさんにもありがとうって伝えておいてもらえますか!?」


 去っていく背中に呼びかけると、リッツさんは片手を軽く上げて「了解~」と手を振ってくれた。

 リッツさんの姿が見えなくなると、エクスさんは「さて」と私に向き直った。


「改めまして、リンさん。教会は貴女を歓迎します。ここでは落ち着かないですから、中へどうぞ」

「あ、ありがとうございます」


 エクスさんに促されるように教会の入口をくぐると、そこは礼拝堂になっていた。

 こじんまりとした空間ではあるが、入り口から祭壇まで続く身廊を中央に、両脇に木製のベンチが四つずつ並んでいて、高い天井には星の装飾が施されている。

 身廊をまっすぐ歩いて祭壇の前まで来ると、エクスさんは少し待つように言って奥の部屋へ入っていってしまった。

 私はそわそわしながら、辺りを見回して待つことにした。

 日本でも教会はあるけど、家柄的に仏教徒だったから教会に足を踏み入れたのは初めてで、見るものすべてが新鮮だった。


 エクスさんは言葉通りすぐに戻ってきた。

 手には何か書類のような巻物を持っていて、それを祭壇袖にある立ち机の上に広げた。


「では、リンさん。貴女を保護するにあたり必要な書類を用意したので、こちらで記入をお願いします」

「は、はい」


 駆け寄って、書類の内容をみた私はピシリと固まった。

 そこには小さな字のようなものがつらつらと文章のように連なっていた。

 だけど、書かれている字は日本語でも英語でもない見たこともない綴り。

 どうしよう。なに書いてあるのか全然わからない。

 言葉が通じるから気にも留めていなかったけど、ここは異世界なのだ。言葉だって最初は何を言ってるのかわからなかったのを、精霊の加護でわかるようにしてもらっただけだ。

 どうやら精霊の加護は文字については効力を発揮しないらしい。

 口元に手を当てて、目を細めて書面を凝視してもわからないものはわからない。


「リンさん? どうかされましたか? そんなに難しいことは書いてないと思うのですが……」

「あ、いえ……その……これ、なんて書いてあるんですか?」


 どうにかして読むことを諦めた私は、早々にエクスさんに助けを求めることにした。


「は? 読めないのですか? 私の言っていることはわかるのに?」

「…………はい。このせ……国の文字……私の知っているものとは違ってて……」


 『この世界の』と言いそうになって咄嗟に国と言い換えたけれど、エクスさんは納得がいかないような怪訝な顔をしている。探るような視線から逃げるように目をそらせば、エクスさんは諦めたようにため息をついた。


「……私が読みますので、よく聞いてくださいね」

「ありがとうございます!」

「『誓約書。汝、教会に保護を求めし者は誓約後は教会に籍を置き、教会の規則にのっとり生活をすること。教会の教えに従うこと。教会の命に逆らわないこと。以上のことを遵守するのであれば、教会は汝を庇護下に置くと誓う』」


 要は教会に保護されるならシスターになれってことらしい。

 どの道この世界で生きていくためには、私に選択肢なんてない。なにせ文字すら読めないのだ。そんな状態で働き口が見つかるとも思えない。


「わかりました。教会に保護してもらうには、この誓約書にサインをすればいいんですか?」

「そんなに即決してしまっていいのですか? 教会に入るということは、おいそれと故郷に帰ることもできなくなるんですよ?」


 潔い私に、エクスさんが少し戸惑うように言葉を投げかけた。言外にもう少し考えた方がいいのでは、と言ってくれているあたり悪い人ではないのだろう。

 私は苦笑して返した。どうせ帰る故郷はこの世界にはない。


「いいんです。女は度胸です!」


 そうして、巻物の横にあった羽でできたペンで誓約書の空欄になっているところに『八神凛』と漢字で書き記した。

 不思議なことに、ペンはインクがなくてもボールペンのように書くことができ、書いた後の文字は青白く光を放った。

 エクスさんは私の書いた名前を凝視して、眉間にしわを寄せる。


「…………見たことのない文字ですが、凛さんはどちらの出身ですか? 我々イーニス教は世界中に支部がありますが、このような字を見るのは初めてです」


 その言葉に、私の心臓がドクンと跳ねた。

 今、何て言った?


「イー、ニス……?」

「ええ、まさかご存じないなんてことないですよね? 主神イーニスはこの世界の創造主であり、我々が崇める唯一神なのですから」


 『神』。

 オルト村に着く直前にラティスが言っていた、私を異世界に連れてきたとかいう存在――確か、イーニスとか言っていたような……。

 心臓がバクバクと早鐘を打ち始める。

 うっすらと思い出すのは、こちらの世界に転移してくる直前にみた白い陽炎のような人影。顔らしきものは見当たらなかったけれど、異様な威圧感を全身が覚えている。

 気持ち悪い。全身から冷や汗がにじみ出る。

 ありえないことだと思う。けれど、イーニスというのがこの世界の神というのなら。

 私、神様にこっちの世界に連れてこられたってこと!?

 不意に全身から血の気が引いて足元がぐらりと揺らいだ。

 まるで貧血でも起こしたかのように、私はそのまま意識を手放した。

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