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4 初めての村

 このバースという世界は大きく分けると、東西南北の四つの大陸と中央の小さな島で構成されているらしい。私が今いるオルト村は西の大陸で、スターリスという王国の王都から南東にだいぶ離れたところにある小さな村だとラティスが教えてくれた。


 村から様子を見に出てきたらしい二人の男の人は、警戒するようにゆっくりと私に向かって歩いてくる。

 二十代半ばくらいだろうか、黄ばんだシャツに薄汚れたカーキ色のだぼっとしたズボン姿の村人は、二人とも明るい赤みがかった茶色の髪をしていて、遠目に見ても似ているのがわかった。

 兄弟……かな。いずれにしても、日本人じゃないのは確かだ。

 言葉がちゃんと通じるといいけど……。

 ラティスが言うには、私は統一言語を理解できるように加護を授けてもらっている状態なので、この世界の言葉であれば聞き取ることも話すこともできるようになってるらしい。

 そんな一晩でペラペラみたいな都合がいいことってあるのかな。

 正直、学校での英語の成績はよくない。もし言葉が通じなくても、ボディランゲージでなんとかなるだろうか。

 バクバクする心臓を抑えようと大きく息を吐いた時、少し離れたところから村人から声が投げかけられた。


「お嬢ちゃん、この村に何か用かい?」


 見た目外国人の村人が発したのはまぎれもない日本語だった。

 すごい、ちゃんと日本語に聞こえる!

 よかったと一安心したのもつかの間、村人の警戒した声音に気を引き締める。

 なんとかして警戒を解いて助けてもらわないと。こういう時は攻撃の意思がないことを示すために両手を上げるんだったか。


「あ、あの! 私、怪しい者ではありません!」

「あ、怪しいやつはみんなそう言うんだ! 手なんて掲げて魔術でも使う気か!?」


 ますます警戒の色を濃くした村人の反応に、私は両手を上げたまま内心頭を抱える。

 えええええええ、手上げちゃダメだった!

 っていうか、魔術って何!? どうする!? どうすればいい? ええと、ええと……ラティスはなんて言ってたっけ。

 テンパる頭で必死に考える。思い出せ、思い出せ。


「ちが……ええと、その、ワタシ、落ちた? 狭間?」


 なんか変になったけど、狭間に落ちたと伝わったかしら。

 ラティスは狭間に落ちたってことにしておけば、たいていの人は納得してくれるって言ってたけど。

 半信半疑で見つめる先で、村人二人は顔を見合わせて何やら話し合っている。

 やがて二人は頷きあうと、更に近づいてきた。

 遠目でも似ているって思ったけど、近くで見ても双子かというほどそっくりの顔立ちをしている。違うのは目の色くらいだろうか。二人とも切れ長の目で精悍な顔立ちをしている。

 焦げ茶色の目をした村人は後頭部をかき上げながらばつの悪そうな顔をした。


「大きい声出して悪かった」

「へ?」

「狭間に落ちたとは、災難だったな」

「え、あの……信じて、くれるんですか?」


 急に警戒を解いた村人に戸惑いを覚えながら私が聞けば、今度は交代するように琥珀色の目をした村人が答えてくれた。


「確かにお嬢ちゃんの着てる服は見たことがないからね。この辺りの人じゃないのは確かだろう。俺たち番人は嬢ちゃんを村の客人として迎えると決めた」


 村人たちはどうやら私の制服を見て、狭間に落ちてどこか遠くから来たのだと判断してくれたようだ。

 着ている服について突っ込まれたらどうやって誤魔化そうと思っていたのに、まさかの嬉しい誤算である。


「俺はリッツ・フリッジ。こっちはルッツ・フリッジ。お嬢ちゃんは?」


 琥珀色の目をした方がリッツさん、焦げ茶色の目をした方がルッツさんというらしい。ファミリーネームが同じだから兄弟なのかもしれない。


「あ、あの。私、やが……凛・八神っていいます」


 問いかけられるままに名前を答えようとして、先程ラティスに『ヤガミリン』と苗字と名前をひとくくりにされたことを思い出して、外国人に自己紹介するように、名前と苗字の位置を逆にして答える。


「リンさんだね。おいで、村を案内するよ」


 急に友好的になった村人に戸惑いつつ、私は二人の後をひょこひょこと歩き出す。

 なんだか上手くいきすぎている気がする。

 私は前方を歩くルッツさんとリッツさんをちらちらと見ながら、気になっていたことを口にした。


「あの……狭間に落ちる人って結構いるんですか……?」

「いや? この辺じゃもう何十年も狭間に落ちたって人の話は聞かないな」


 そうルッツさんが答え、リッツさんが続ける。


「王都の方に行けば教会に保護されてる人がいるかもしれないけど、そもそも狭間に落ちる人っていうのはとても珍しいんだよ」

「そうなんですか?」

「そ。だから、狭間に落ちた人は教会が保護することになってるんだ」

「……ということは、私は教会に保護されるってことですか?」

「そうなるね。そんな不安そうな顔しなくても、神官のエクス様はとても優しい方だから安心して」


 どうやら不安が顔に出てしまっていたらしい。

 先を歩きながら時折振り返って話していたリッツさんは、私の顔を見るとその体を反転させて、なだめるように頭をぽんぽんと撫でてくれた。優しい人だ。

 獣避けだろうか、村は外周を丸太の柵でぐるりと囲まれていた。

 簡易的に造られた門を通ると、リッツさんがルッツさんに声をかけた。


「じゃあ、俺はリンさんを教会に連れてくから、ルッツは門番よろしくね」

「おう」


 挨拶だろうか、拳を軽く小突き合わせて別れる。

 私もルッツさんに軽く会釈をして、歩き始めたリッツさんの後に続いた。


「リッツさんとルッツさんは門番さん、なんですか?」

「そうだよ。小さい村だけど、たまに盗賊とか魔獣が出るからね。俺とルッツともう一人の交代制。今日の当番は俺だったんだけど、ルッツは少し口下手でね。教会で上手く説明できなさそうだから今だけ交換してもらったんだ」

「え、それは何やら申し訳ない……」

「いいのいいの! 俺もこんなかわいい女の子案内できて役得ってもんさ」

「いやいやいや、かわいいだなんて……」


 爽やかな笑みを浮かべて歯の浮くようなことを言ってのけるリッツさんに、慌てて手を振って否定する。

 地球でも外国の人はストレートな物言いをする人が多いっていうけど、こっちの世界の人もそうなんだろうか。

 かわいいなんて、今まで親戚くらいにしか言われたことなかったし、社交辞令に違いない。うん、そうに違いない。

 私は気を紛らわすように、辺りに目を向けてみた。

 村に点在する家々はログハウスのような造りをしている。ぐるりと見た感じ、家の数は七軒ほどとそう多くはなさそうだ。

 外にはリッツさんと私以外は誰もいないけど、なんとなく視線のようなものを感じるので、警戒して家の中に隠れているのかもしれない。

 前をゆくリッツさんの前方右奥に他の家よりも少し高めの白い建造物が見える。他の家が木造なのに、その建物だけ石造りだった。

 あそこが教会なんだろうか。

 保護してくれると聞いてほいほいついてきてしまったけど、大丈夫だったかしら。

 何やら先程からとんとん拍子に上手くいきすぎている気がして、私は急に不安を覚えた。

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