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3 精霊ラティスとこれからの話

 ここは日本じゃない。

 日本なんて存在しない。

 そもそもここは地球じゃないの?


 突き付けられた現実を前に、不安に押しつぶされそうになる。足から力が抜けてぺたりとへたり込むと、そのまま動けなくなってしまった。

 どうしよう、どうしよう、どうしよう……。

 一体ここはどこなのかとか、どうしてこんなところに来てしまったのかとか、聞きたいことはたくさんあるはずなのに、何一つ言葉にできないまま俯いて嗚咽をかみ殺す。


『リン、大丈夫?』


 地面に座りこんで俯いてしまった私を気遣ってか、ラティスが心配そうに顔を覗き込んできた。

 よほどひどい顔をしていたのかもしれない。ラティスは私の頬に手を伸ばしてそっと触れた。


『どうしたの?』

「…………」

『どうして泣いてるの?』

「…………たし……」

『ん?』

「わたし……これからどうしたらいいの……?」

『リンはどうしたいの?』

「……わたし……わたしは……帰りたい……元の世界に帰りたい……」


 両手を握りしめて、やっとの思いで声を絞り出した。

 私の答えに、ラティスはひらひらと私の左手のあたりに降り立って、手を取って立ち上がるように促してくる。


『じゃあさ、じゃあさ! もっと人間がいっぱいいるところに行こう!』

「…………人がいるところ?」

『そう! もしかしたらキミのいた世界のことを知ってる人がいるかもしれないし! ボク、近くまでなら案内できるよ!』

「――――ラティスは、一緒に来てくれないの?」

『うん、ボクは精霊だからね。でも、リン。キミは人間だ。人間は人間の世界にいたほうがいい』


 まるでキミとは住む世界が違うと言われているようで、ギュッと胸が締め付けられた。

 ラティスは一緒に来てくれない。

 この知らない世界で、日本なんて存在しない世界で、私だけが違う世界の人間で。

 たった一人。


 怖い。


 ラティスは小さな手を私の手に重ねてもう一度立つように促してくれたけど、私は立ち上がるどころかその手を払って膝を抱えて丸くなった。

 頭の中がぐちゃぐちゃで考えがまとまらない。


「ダメ……もう立てないよぉ……」


 膝に額をくっつけて泣きじゃくる。子供のようにイヤイヤと首を振って立ち上がるのを拒否すれば、ラティスから大きなため息が聞えてきた。

 頑なな私の態度に呆れられてしまったのかもしれない。


『ねぇ、リン。ここで諦めたら死んじゃうよ?』


 ラティスの言葉に、私はびくりと肩を震わせた。

 絶望に打ちひしがれていた私は、『死』という言葉に反応した。

 私、ここで死ぬの……?

 一度強く目をつむって、三年前に死んだ両親とお兄ちゃんの姿を思い出す。

 服の上から胸元のペンダントをぎゅっと握ると、お父さんとお母さんが残してくれた結婚指輪とお兄ちゃんが買ってくれた天然石のペンダントトップがぶつかり合って、ちゃりと音を立てた。

 ダメ――――私、まだ死ねない。

 死んでしまった家族の分まで生きるって、三年前のお葬式の日にそう決めたじゃない。

 そうだ……まだ何も頑張ってないうちから、こんなところで諦めるわけにはいかないんだ。

 決意と共に目を開けば、エメラルドの瞳がまっすぐに私を見ていた。


『――――どうするか決まった?』

「うん。まだ全然大丈夫じゃないけど……私、ここで諦めるわけにはいかないから。人のいっぱいいるところ、行ってみる」

『うん、その意気だね!』


 明るく返されたラティスの言葉に励まされるように、もう一度足に力をいれてみる。

 うん、なんとか立ち上がれそう。

 手を引かれるがままに一歩を踏み出せば、思ったよりもすんなりと立ち上がって歩き出すことができた。



  ***



 村までの道すがら、ラティスは私に色々な話をしてくれた。

 この世界が『バース』という名前だということ、今私がいるのはオルトという村の近くの森の中だということ、この世界の人間も霊的なものは見ることはできないこと、異界から来たということは秘密にしておいた方がいいだろうということ。

 そこまで聞いて疑問のままに口を開く。


「どうして異界から来たって言っちゃだめなの? 言わないと帰る方法とか探せなくない?」

『別に言っちゃだめとは言ってないよ。ただ、人間って変なところで線引きをしたがるからね。キミが異界から来た人ってわかったら、どこかに閉じ込められちゃうかもしれないよ?』

「え……?」

『だってそうだろ? 誰も知らない世界から来たんだよ? 見た目は人間かもしれないけど、同じ人間とは限らない』


 そう言われて妙に納得してしまった。

 確かに自分の隣にいる人が人間の皮をかぶった宇宙人だと言われたら怖いし、得体が知れなくて気持ち悪い。

 なるほど、下手すると私はこっちの世界の人にもそういう目で見られるのか。

 人に見えないものを見れるという能力のせいで、得体のしれないものを見るような目で見られることは今までに何度も経験して慣れてるけど、気持ちのいいものではないし正直傷つく。

 そういうことなら隠しておくに越したことはない。


「あれ……でも、待って。もしどこから来たのか聞かれたらどう答えたらいいの? 私こっちの世界のこと全然知らないんだけど」

『ああ、それなら『狭間に落ちた』って言えばいいよ』

「はざま?」

『そ。ボクらや世界が気まぐれに作る空間転移の穴のことさ。たまに人間が落っこちて迷子になるんだよ。それに落ちたって言えば、たいていの人は納得すると思うよ』


 どうやら、『狭間』とは次元の歪みのようなものらしく、それに落ちると物理的にあり得ない距離を短期間で移動してしまうらしい。瞬間移動とか、すごいファンタジーな世界だ。

 非現実的な話を聞いてこの世界に興味を持った私とは対照的に、ラティスは私の元いた世界の方が気になったようで、色々なことを聞きたがった。

 そうしてお互いの世界のことを話しているうちに、集落らしきものがが見えてきた。

 あれがオルト村だろうか。

 ラティスがフレンドリーに接してくれたおかげで、その頃には私はラティスの言葉に軽口を返せるまでになっていた。


『さ、ボクはここまでだよ。あそこがオルト村。きっと誰かがキミを助けてくれる』

「うん。ありがとう、ラティス。何かお礼ができたらよかったんだけど……」


 何か持ってないかなと制服のスカートのポケットに手を突っ込むと、飴玉が一つ指先に触れた。

 そういえば、帰る時に夏休み前のお菓子の整理と称してクラスの子からもらったんだった。

 こんなものでお礼になるとは到底思えないけど、持っていた学生カバンもこちらの世界に来た時には既になかった。本当に身一つしかない。指先に触れた飴玉でさえ、今となっては元の世界から持ってこれた大事なものだけど。

 私はポケットから出した飴玉をラティスに差し出した。


「ごめんね、これくらいしかあげられるものがないの」


 初めて見るのか、ラティスは手にちょこんと乗った飴玉を食い入るように見て、瞳を輝かせた。


『これ、もらっていいの!?』

「うん」

『わー、ありがとう! 嬉しいなぁ!』


 両手で抱えるように持ち上げて、屈託のない笑顔を向けてくる。

 小さい子供のような反応に思わず苦笑してしまった。

 だって、あげたのはただの飴玉なのに。


『リン、もう片方の手も出して?』


 言われるがままに両手を前に差し出すと、ラティスは手首の周りをくるくると飛び回りはじめた。

 羽ばたく透明な羽からきらきらした銀の粉が舞って手首に巻き付くと、銀色のような水色のような不思議な色合いをしたリストバンドに変化した。

 摩訶不思議な現象にまじまじと手首を見つめていると、ラティスはそっと手に寄り添って指先に口づけた。


『リン、キミに風の加護がありますように……』


 名残惜しそうに口を離したラティスに、私はふとした疑問を口にした。


「ねぇ、ラティス。どうして私を助けてくれたの……?」


 深い森の中、放っておけば死んでいただろう。

 見て見ぬふりだってできたし、助けたところでラティスには何の得もなかったはずなのに。

 ラティスは一瞬逡巡してから、へらりと困ったような笑みを浮かべて教えてくれた。


『んー……なんとなく? 純粋にキミに興味があったからっていうのもあるけど、キミからイーニスの匂いがしたから、かな。イーニスは気まぐれだから、きっと別の世界で見かけたキミのことを気に入ってこっちに連れてきちゃったんだね』

「へ!?」

『ああ、村の人がこっちに気づいたみたいだ。じゃあ、ボクもう行くね』

「あ、ちょっと待っ――!」


 今まさにお別れっていうこのタイミングで、すごい重要な情報を投下された気がする。

 お願い、待って。すごく気になることを言ったまま置いていかないで。

 イーニスって誰。連れてきちゃったって何。

 聞きたいことがまだたくさんあるのに、ラティスはこちらに村人が歩いてくるのを見つけるとさっさと姿を消してしまった。本当に一瞬で跡形もなく姿が消えた。


「あ……いっちゃった……」


 急に賑やかなラティスがいなくなって、今まで鳴りを潜めていた孤独感が戻ってくる。

 さっきまで色々教えてくれたラティスはもういない。

 全く知らない世界、知ってる人もいない。

 ここからはなんとか一人で頑張らなくちゃいけない。

 不安に押しつぶされそうになって、無意識に胸元のペンダントを握りしめる。

 歩み寄ってくる二人の村人を視界にとらえて、私は一度きつく目を閉じて脳裏に両親と兄の姿を思い浮かべた。

(お父さん、お母さん、お兄ちゃん。どうか力を貸して。私、頑張ってみるから……!)

 よし、と気合を入れなおして目を開けば、村人はすぐそばまで迫ってきていた。

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