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16 水色の水まんじゅう

 よく考えたら、昨日のお昼から何も食べていなかった。

 そりゃ、お腹もすくはずだ。

 探しに行かなければ食べ物が手に入らないのはわかっているけど、いかんせん背中が痛い。

 動けなくはないから骨は折れてないとは思うけど。

 ここは動かずに痛みが治まるのを待つべきか。

 でも、お腹すいた。何か食べたい。

 無理してでも探しに行くかと空腹が勝った体を動かそうとした時、ルミナリスさんがやんわりと押しとどめた。


『少し待ってろ。何かないか見てくる』


 そうしてふわりと立ち上がると、ルミナリスさんはふよふよと木々の間に消えていった。

 黒い影だったときは恐怖しか感じなかったけれど、ルミナリスさん本人はとても親切で優しい人のようだ。

 一人残されると、湖の畔に静けさが戻ってくる。

 膝を抱えて体育座りをした私は目の前に広がる広大な湖をぼんやりと眺めた。

 波のない水面は遠くに見える緑の山々をまるで鏡のように映している。とても幻想的な景色だ。

 心が洗われるような絶景だというのに、日本とかけ離れた景色に重いため息しか出ない。

 日本と全然違う。オルト村の周辺の景色ともずいぶん違うけれど。

 気候もオルト村と比べるとだいぶ涼しいから、きっとかなり離れたところに瞬間移動してしまったんだろう。

 いっそ狭間に落ちた拍子に日本に戻れればよかったのに。

 そもそも私、こんなんで日本に帰れるのかな。

 後ろ向きなことばかり考えていると気分も沈んでくる。

 あー、だめだだめだ。別のこと考えよう。


 そういえば、ルミナリスさんが森に入ってからもう結構な時間が経った気がする。

 ここで待ってろって言われたけれど、様子を見に行った方がいいのかな。

 そんなことを考えていると、背後でガサガサと草むらが揺れて水色のおまんじゅうみたいな形をした生き物が姿を現した。


「!?」


 え、何あれ。

 ちょっと前にスーパーで割引されていた水まんじゅうに似ている。

 ただ大きさは大型犬ほどもある。

 水まんじゅうのような生き物は、私の見つめる先で体を伸び縮みさせながらゆっくりと前進してこちらに移動してくる。

 なんだろう、すごく可愛い。


「わー、かわいい……おいでおいでー」


 何か食べるものがあったらよかったのに、あいにく何も持ち合わせがない。

 食べ物がないと寄り付いてくれないかなと思っていたけど、私のおいでおいでが通じたのか、水まんじゅうのような生き物は私の傍らで動きを止めた。

 触っても大丈夫かな。

 ドキドキしながら指先でつんと触れてみると、表面はしっとりしていてぷるんという弾力があった。

 実際の水まんじゅうよりは固めだ。

 しかもこの水まんじゅう、大変おとなしい。

 ぷにぷにとした感触が楽しくて、長いこと撫で繰り回していると水まんじゅうから低い男の人の声がした。


『……楽しんでるところすまないが……リン、俺だ。ルミナリスだ』

「おあっ!?」


 驚いて思わず手を離した私は、まじまじと水まんじゅうのような生き物を凝視した。

 どうみても水まんじゅうにしか見えない。

 もしや、あれではなかろうか。

 お兄ちゃんの持ってたラノベで読んだことがある展開だ。


「ルミナリスさん、もう転生したんですか」

『違う。勝手に転生させないでくれ』


 即行で呆れたような声が水まんじゅうから返ってきた。

 私は水まんじゅうの表面をぷにぷにつつきながら、水まんじゅうなルミナリスさんと真っすぐに向き合ってみる。水色の半透明なおまんじゅう姿のどこを見ても、陰のあるイケメンの姿は見当たらない。


『転生じゃなくて憑依だ』

「ひょうい……」

『霊体のままだと現世に干渉できないからな。この魔物の体を拝借させてもらった』


 そう言って、水まんじゅうなルミナリスさんはぽよんと体を膨らませると、大きな葉っぱを一枚吐き出して、その上に赤や黄色のつやつやした木の実や紫色の葉っぱを次々と吐き出した。

 山盛りに詰まれた木の実を前に、水まんじゅうからにょきっとルミナリスさんが姿を現した。そのままするすると浮き上がって水まんじゅうから完全に分離すると、水まんじゅうは逃げるような素早さで草むらへと入って見えなくなってしまう。

 その後ろ姿を見送って、目の前に積まれた木の実に視線を落とした。

 木の実をじっと見つめる私に、ルミナリスさんがにっこりと告げた。


『召し上がれ』

「…………」


 いやいやいや……そんな自分が作りましたみたいに召し上がれって言われてもちょっと困る。

 これ、今の今まで魔物のお腹の中にあったやつだよね?

 サクランボ大くらいの赤い実を指でつまみ上げて観察してみれば、赤い実の表面は水で洗ったかのように濡れているのがわかった。

 …………食べても大丈夫かな?

 私の思っていることを察してくれたのか、ルミナリスさんはフォローを投げかけてくれた。


『安心していい、あの魔物の体はほぼ水で出来てるからな』

「水じゃないところもあるんだよね!?」


 思わず敬語じゃなくなってしまったのは目をつむっていただきたい。

 むむーと赤い実とルミナリスさんを交互に見て、最後は腹の虫に負けた。

 あの水まんじゅうは水。水の塊。この実は洗われて出てきただけ――――よし。

 目をつむって一思いに口に入れて噛みしめれば、甘みよりも酸っぱみの強いイチゴみたいな味が口いっぱいに広がった。

 ちょっと熟しきれてないイチゴのような味だけど、昨日の昼から何も食べてない私にとってはすごく美味しく感じられた。空腹はスパイスっていうのは本当らしい。

 一つ食べたら魔物から吐き出されたなんて気にならなくなったので、勢いのまま次の木の実に手を伸ばして口に放り込んだ。

 そうして五、六個食べたところで、自分ばかり食べていることに気づいて手を止める。

 ルミナリスさんに食べないのか聞いたところ、霊体は食事を必要としないと返された。

 それもそうか、幽霊だもんね。

 大方食べ終わった頃、ルミナリスさんが紫の葉っぱを齧るように勧めてきた。

 言われるがままに手に取って、長細い葉っぱの表裏を確かめるようにひらひらとひっくり返す。紫キャベツのような色をした葉っぱはどうみても美味しくなさそうだ。


「これは?」

『痛み止めに効く葉だ。味は壊滅的だが、その分よく効く』

「な、なるほど……」


 味は壊滅的なのか。

 でも、痛くなくなるのなら背に腹は代えられない。壊滅的な味って言っても味覚には個人差があるし。

 そう思って葉っぱを口に入れた私は、一噛みして悶えた。


「~~~~~~~~!」


 ものすごく苦い。おまけに謎のすっぱさとわずかな甘みがある。

 今まで食べていた木の実の余韻を全部かっさらうほどのインパクトに、もはや何を食べていたのかわからなくなる。

 いくつか残っていた黄色の甘い実を口直しに食べると、口の中の壊滅的な苦みが緩和された。

 その頃には背中の痛みも気にならなくなっていた。ものすごい即効性だ。


「すごい! もう痛くない!」

『だろう?』


 すくりと立ち上がってぴょんぴょん飛び跳ねてみても先程のような鈍い痛みは感じなかった。

 「歩けそうか?」と聞かれたので、「行けそう」と答える。

 山を下りるのに数日かかるかもしれないから、行動するなら早い方がいいだろうと言われ、私は白いローブについた草を軽く払って体の調子を確かめた。うん、大丈夫そう。


「それじゃあ、ルミナリスさん。山案内よろしくお願いします」

『ああ――――それじゃあ、憑りつかせてもらうぞ』


 頭を下げた私に、ルミナリスさんは怪しげな笑みを浮かべてそう言い放った。

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