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15 湖畔の幽霊

 明るい。

 瞼の裏に感じる眩しさに、私は目を覚ました。

 まず目に入ったのは赤い霧の晴れた湖とそこに映る澄み渡った空だった。

 気を失う前のおどろおどろしい雰囲気はどこにもない。

 私、どうしたんだっけ。

 体を起こそうとして、背中に走る鈍い痛みに顔を顰めた。そういえば、背中から木にぶつかったんだった。

 私は無理に動くのをやめて、体をころんと転がして横向きから仰向けになった。

 青い空が眩しい。太陽が高い位置にあるということはもうお昼ごろだろうか。

 ここに飛ばされた時はもうすぐ夕方くらいの時間だったから、気を失っている間に夜が明けたのかもしれない。

 そういえば、昨日一睡もしてなかった。

 ぐっすり眠ったようで、頭はすっきりしていた。

 これからどうしよう――そう思った時だった。


『気がついたか?』 


 ひょいっと覗き込むようにして、黒髪の青年が視界に飛び込んできた。


「ひゃい!?」


 だ、誰!?

 びっくりして文字通り飛び起きた私は、上半身を起こしたまま背中に走った痛みに体を丸めた。

 いたたたた!

 黒髪の青年は私の隣に膝をつくと、背中に手を添えてくれた。触れられているはずなのに、その感覚がない。

 不思議に思ってまじまじと青年を見た。

 二十代前半くらいに見える青年は、襟足長めの黒髪に足元まですっぽり隠れる黒いローブという怪しげないでたちだったけど、どことなく陰のある感じが全体の青年の雰囲気に合っているように感じられた。

 やや中性的なエクスさんとは違ったタイプのイケメンさんだ。

 しゃがんで私と目の高さを合わせてくれていたけど、その足元は地面から十センチほど浮いている。

 幽霊だと気づくのに時間はかからなかった。


『背中を強く打っているからあまり動かさないほうがいい』


 低めの良く通る声が申し訳なさそうに告げる。

 長めの前髪から覗くアメジストのような紫色の瞳が心配そうに私に向けられて、私は「ん?」と首を傾げた。

 本当に誰だろう。見覚えがない。


「ええと、お兄さんは……?」

『俺はルミナリス・マイザーという。すまない、怪我をさせるつもりはなかったんだが……どうしても自分を抑えることができなかった』

「?」

『お礼を言わせてほしい――よければ名前を教えてくれないか?』

「凛……八神です……が?」


 お礼?

 更に首を傾げつつも名前を答えると、ルミナリスと名乗った青年は壊れ物に触るように私の頬に手を添えて穏やかな笑みを浮かべた。

 ち、近い!

 イケメンさんのどアップに変な汗が噴き出る。

 エクスさんにも思ったけど、こっちの人の距離感ちょっと近くない!?

 カチンコチンに身を強張らせた私の様子に気づかずに、ルミナリスさんはお礼を口にした。


『リン、俺をあの黒い影から解放してくれてありがとう』

「あ!」


 そこまで言われて、ようやく気を失う直前に見た青年の姿と目の前のルミナリスと名乗った青年の姿が重なった。

 どうやら無事に黒い影から解放されたらしい。

 よかったと思う反面、ルミナリスさんの言葉に引っかかりを覚える。


「ありがとうって言われても、私何もしてない……ですよ?」

『いや、あれは確かに君の力だった。リンは風の加護を受けているのではないか?』

「あー……受けてます、ね」


 思い当たることがあって、自分の手首を見やる。

 ブラウスの手首のボタンを外して袖を少しまくると、銀色とも水色ともいえない不思議な色のリストバンドが露わになった。風の加護と言われて思い浮かぶものはこれ以外に思いつかない。

 ちなみにこのリストバンド、しっかり見えているのに触れることはできないという謎の仕様をしている。


 助けてくれたんだね。ありがとう、ラティス。


 そっと手首を撫でて、心の中で姿の見えない友人に感謝する。

 そんな私のことを横からじっと見つめていたらしいルミナリスさんとふと目が合った。

 そういえば、こちらに転移させられる前にピティに助けてほしい子がいると言われたのを思い出した。状況的に、ピティが助けたかったのはルミナリスさんということになるんだろうけど。


「あの! ルミナリスさんはピティって精霊を知ってますか?」

『ピティ?』

「はい、オルト村の泉にいる水の精霊なんですけど」

『オルト村? ――――いや。すまないが、覚えにないな』

「そうですか……」


 どうやらルミナリスさんはピティを知らないらしい。

 いよいよ自分の状況がわからなくなってきた。

 オルト村から移動するときに別の世界に飛ばされたという疑念もぬぐえない。

 何か、何かこの世界がどこかを確認する方法はないかと考えて、ふとこの世界に来た時に助けてくれたラティスとの会話を思い出した。

 確かこの世界は『バース』という名前だったはずだ。


「あの……変なことを聞くようですが、この世界って『バース』、ですか?」

『そうだが……なぜそんなことを?』


 心底不思議そうな顔を向けられて、ひとまずほっと胸をなでおろした。

 どうやら世界は変わってないようだ。

 私はルミナリスさんの綺麗な紫色の目をじっと見つめた。

 ここに来るまでの経緯を話したとして、信じてもらえるだろうか。

 正直、私が相手の立場なら、突然空間を移動したなんてにわかには信じられない話だ。

 でも、話してみないことには何もわからないままだ。

 私は「信じられないかもしれない話なんですが」と前置きをしたうえで、ピティとのやり取りを話すことにした。

 オルト村のピティという精霊に誰かを助けてほしいと言われたこと、その直後に真っ暗な空間に放り出されたこと、気がついたら村ではなくてこの森にいたこと。

 ひとしきり話を聞いたルミナリスさんは、顎に手を当てて考えるように黙り込んだ。

 やがて一つの答えに行きついたらしいルミナリスさんが、ぽつりとつぶやきをもらした。


『………………狭間に落とされたな』

「狭間? それって、精霊が作るっていう……?」

『そうだ。ピティとかいう精霊に助けを求められた直後に空間転移したのなら、狭間に落とされたと考えるのが妥当だろう』


 世界を渡ったのを誤魔化すために『狭間に落ちた』と言ってきたけど、まさか本当に狭間に落ちるとは思わなかった。

 自分は二回目だからまだ受け入れられるけど、初回で落ちた先が薄気味悪い森だったら発狂してしまうかもしれない。

 前にエクスさんが狭間に落ちて記憶障害を起こす人がいるって言ってたけど、あながち間違いでもないのかもしれない。

 とりあえず、今いる場所の確認をしなければ。

 そう思って辺りに目配せをする。

 目の前の広い湖の先には緑の山々が連なっている。背後は深い森で、どこを向いても人が住んでいるような気配も建造物も見当たらない。


「あの、ここがどのあたりかってわかりますか?」

『ここはベルナ山の山中だな。俺が死んでる間にいつのまにか湖ができているようだが間違いはないはずだ』


 ちなみに、ベルナ山は西の大陸の最北端に位置するそうだ。

 確かオルト村も西の大陸だったと記憶している。同じ大陸内であることにひとまず安心した。頑張れば戻れそうな気がする。


「オルト村に戻らなきゃ……」

『山を下りるのか?』

「はい。とりあえず、どこか近くの町か村を探さないと……」

『それなら手を貸そう』

「え、いいんですか?」

『もちろんだ。リンには助けてもらった恩があるからな』


 オルト村に戻るという私の呟きを拾ったルミナリスさんは助力を申し出てくれた。いい人だ。

 山を登るのも下りるのも家族旅行とか遠足くらいでしか行ったことがない私にとって、ルミナリスさんの申し出は大変ありがたいものだったので、素直に受けることにした。



 グーキュルルル……。

 ひとまずの方針が決まってほっとしたせいか、私のお腹は容赦なく空腹を訴えた。

 静かな森の中に場違いな音がとてもよく響いた。


「ひゃあああああああああ!」


 咄嗟にお腹を抱えたけれど、出てしまった音は引っ込めることができない。

 恥ずかしい! すっごい恥ずかしい!

 聞こえた? 聞こえちゃった!?

 ちらりとルミナリスさんを見ると、彼は口元を抑えて肩を震わせていた。


『…………何か食べたほうがいいな』


 笑いをこらえながら提案してくれたルミナリスさんの言葉に、私は真っ赤な顔を隠すように俯いて頷くことしかできなかった。

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