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14 自我を取り戻した黒い影(ルミナリス視点)

 真っ赤な夕日が水面を照らす湖の畔で、ルミナリス・マイザーは自我を取り戻した。

 傍らで意識を手放したまま眠りについた黒髪の少女の隣に座って、その姿を眺めつつ、これまでのことを静かに思い返していた。



 ***



 いつから黒い影になっていたのかは覚えていない。

 死んでからの意識はいつもあやふやで、見るものすべてが怒りで真っ赤に見えた。

 怒りと憎しみと絶望に支配された頭は既に考えることを放棄してしまっていた。


 死ぬ間際のことはなんとなく覚えている。

 魔導士をしていたルミナリスは、弟子の裏切りによって実験中の術を暴走させてしまい、それを抑えるために親友の剣に貫かれて死んだ。

 なぜ弟子は裏切ったのか、自分たちはどこで道を違えてしまったのか、ぐるぐると考えるが最後はいつも怒りで思考が埋め尽くされてしまう。

 酷い。憎い。恨めしい。なぜ。

 ごちゃごちゃになった負の感情が、ルミナリスから自我を奪っていく。

 そうして、いつしか黒い影に捕らわれて身動きが取れなくなっていた。


 また『何か』がやって来た。

 もう放っておいてほしかった。もう誰とも関わりたくなかった。

 ふと『何か』と目が合った。

 それは自分に恐怖の眼差しを向けてきた。

 見るな、見るな、見るな、見るな、見ないでくれ!

 手を前に突き出して思いのままに力を放出すれば、『何か』はいとも簡単に吹き飛んで背後の大きな木に激突した。そのままずるずると地面に座り込むのが目に映った。

 まだ息がある。息の根を止めなければ。

 怒りによって正常な思考を奪われていたルミナリスは、ただ目の前の『何か』を殺すことしか考えることができなかった。

 ルミナリスは影に覆われた重い体を引きずるように湖の上を移動して、木の下に座り込む『何か』に手を伸ばした。

 その右腕に触れた時、『何か』は自分に問いかけた。


「…………どうしてそんなに悲しいの……?」


 その瞬間、その『何か』が黒髪の少女であることを認識した。

 こいつは一体何を言っているんだ。

 悲しい? 俺が?

 憎しみと怒りで真っ赤だった視界が一瞬クリアになる。


『ドウシテソンナニカナシイノ?…………オレ……オレハ、カナシイノカ……?』


 悲しいなんて思ったことはなかったはずだ。それなのに、なぜ目の前の少女は悲しいなんて言うんだろう。

 少女はぎこちない動作で膝に手をついて立ち上がると、ルミナリスの頬に触れた。


「じゃあ、どうして貴方は泣いているの……?」


 そう言われて自分の頬に手を当てて、初めて泣いていることに気がついた。

 どうして泣いている? なぜ悲しい?

 わからない。なぜ自分がこんなに悲しいのか。

 ずっと怒りと憎しみに支配されてきた。一体どこに悲しむ要素があったというのか。

 記憶を遡るとまた怒りと憎しみがこみあげてきて、コントロールできなくなった感情が膨らんで爆発した。


『アア……アアアアアアアアア!!』


 再び目の前が真っ赤に染まって、怒りと憎しみに支配されていく。

 誰か止めてくれ。

 苦しい。

 もう誰も傷つけたくなんてないのに。

 止められない。

 誰か俺を止めてくれ。

 わずかに残った自我が助けを求めた時、不意に腕を掴まれた。


 泣かないで。


 少女の声が聞えた気がした。

 その瞬間、体を覆う黒い影を払拭するかのように一陣の風が吹いた。

 辺りに立ち込めていた赤い霧も自分を覆っていた黒い影もすべてを奪い去るように、清らかな風が吹きすさぶ。

 視線を下ろすと、驚くように目を見開いた少女と青白く光を放つ少女の手首が見えた。

 これは……風の加護か。

 どうやら自分はこの少女の加護の力に助けられたらしい。


 やがて風が治まって辺りに静けさが戻ってくると、少女は自分を見て柔らかな微笑みを浮かべ、がくりと崩れ落ちるように気を失った。


『お、おい!』


 慌てて支えようとしたが霊体の身では受け止めることもできず、少女は自分の手をすり抜けてそのまま草の上へと倒れてしまった。

 追いかけるように少女の顔を覗き込むと、彼女はすやすやと寝息を立てていた。


『なんだ、眠ってるだけか……』


 ルミナリスは大きく息をついて安堵した。

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