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12 初めてのお仕事

「では、さっそく行きましょう!」

「え!? 今からですか!?」


 急すぎて心の準備ができてないんですけど。

 戸惑う私をよそに、エクスさんは上機嫌で私の手を取って歩き出してしまう。

 細身とは思えないほど力強い手に引かれるようにして教会の外に出た私は、村の北側にある泉に向かう道すがら、これからするお仕事について説明された。

 本来であればエクスさんが午後にやろうとしていた仕事だったらしいんだけど、私が引っこ抜いたマンドラゴラの悲鳴を聞いて慌てて帰ってきてしまったせいで途中になっているそうだ。

 それは大変申し訳ないことをしてしまった。

 どうやら私の退魔師としての初仕事は、泉に住まう精霊の話し相手になってあげることらしい。


「精霊の話し相手、ですか?」

「ええ。あそこの水の精霊はおしゃべり好きで定期的に話し相手をしてあげないとへそを曲げて泉の湧水を止めてしまうんですよ」

「はぁ……」

「しかし、精霊が見える人――しかも話を聞くことができる人なんてそう滅多にいないので、いつも私が話し相手になるしかなくて……」


 そこまで聞いて、引っかかりを覚えて首を傾げる。


「エクスさんって『見えるだけ』って言ってませんでしたっけ?」

「ええ、言いましたよ。ただ、精霊に関しては別でしてね。昔、精霊に加護を受けた関係で彼らとは会話ができるんですよ」


 能力にも色々あるらしい。


「あの子も私みたいなおじさんじゃなくて、たまには女の子と話をしてみたいんじゃないかと思いましてね」

「な、なるほど?」


 エクスさん、おじさんには見えませんが。

 どう見ても二十代前半にしか見えないと思って見つめていると、エクスさんが「何ですか?」と首を傾げてくる。成人男性とは思えないほど可憐な仕草に、私の方がどきどきしてしまった。


「エクスさんって、いくつなんですか?」

「ふふ……いくつに見えます?」

「……えっと…………にじゅー……」

『あ――――!』


 二十二と言おうとした私の言葉は、突然割り込んできた甲高い声に遮られた。

 驚いて声の方を見れば、手のひら大くらいの小さな女の子が目を吊り上げて、こちらに向かって飛んでくるのが見えた。その背中には透明な羽が生えている。

 ラティスと同じような姿だから、おそらく精霊なのだろう。

 腰のあたりまで流れる真っすぐな薄い水色の髪にアクアマリンをはめ込んだような瞳の美少女は、ぷりぷりと怒った様子でエクスさんの周りを飛びまわった。


『酷いわ! エクスったら、出ていったきり全然戻ってきてくれないんだもの!』


 甲高いけれど耳障りにはならない声の少女が、可愛らしくエクスさんに詰め寄る。

 エクスさんは苦笑して精霊の少女の小さな手に手を伸ばすと、その指先に優雅に口づけた。

 なんとなく目のやり場に困って、辺りに視線をさまよわせた。

 午前中に祠の聖水を交換するために村の中を歩き回った時にも思ったけど、静かで自然がいっぱいあっていいところだ。空気も美味しいし、東京みたいにごみごみしてない。

 木々がさわさわ揺れて、ひんやりした空気を運んでくる。

 エクスさんにかけてもらったローブを着てきて正解だった。

 ふと、村を囲う丸太でできた柵を見て思い出す。

 あとでエオ君からの伝言をルッツさんに伝えなきゃ。

 今日はルッツさんが門番をしていたから、この仕事が終わったら教会に帰る前に門に寄っていこうと心に決める。

 ちらりとエクスさんと精霊に目をやると、二人で何かを言い合っている。

 まだ終わらないのかな、と手持ち無沙汰にふらふらと泉の方へ歩み寄ると、大雨が降ったにもかかわらず不思議と濁りのないコバルトブルーの水面に目を奪われた。

 綺麗な色。

 透き通った水の底は砂地になっているようで、湧き出る水が水底の白い砂をまきあげてくるくると舞っているのが見える。

 水が湧いてるところなんて初めて見た。

 ずっと見てられるかもなんて思っていると、背後からエクスさんに声をかけられた。立ち上がって振り返れば、怒りを治めたらしい可愛らしい精霊とエクスさんの姿があった。


「リンさん、紹介しますね。こちら、そこの泉に住んでいる水の精霊のピティです」


 どうやらこのピティという可愛らしい精霊が、私がこれから話し相手をする精霊らしい。


「リンです。はじめまして」

『まぁ! アナタ本当に私のことが見えるのね!』


 姿勢を正して自己紹介すると、ピティは目を丸く見開いて私の鼻先へとやってきた。

 ピティの肩越しに見えるエクスさんは額に手を当てて小さくため息をついた。


「だから、先程そう言ったじゃありませんか。信じてなかったんですか……」

『だってだって! 私たちのこと見える人間なんて滅多にいないじゃない! 会えて嬉しいわ、リン。私はピティ、ここの泉に住んでいるの! リンは村の人間じゃないわよね? いつこの村に来たの?』

「あ、えと……昨日、教会に保護してもらって……」

『保護!? ちょっとちょっと、保護ってどういうこと? 迷子なの? 捨てられたの? 家出したの?』


 結構ぐいぐいくる子だ。

 遠慮のない物言いに、私が答えるタイミングを計っていると、エクスさんが横からやんわりと止めに入ってくれた。


「ピティ、落ち着いてください。そんなに一度に質問したらリンさんが困ってしまいますよ」

『だってだってぇ!』

「今日はこれからリンさんが話し相手になってくださいますから、ゆっくり聞いてください」

『ほんと!? リンといっぱいお話していいの?』

「ええ、もちろんです。ね、リンさん?」


 やんわり止めてくれるどころか、促進してしまった気がする。

 これから根掘り葉掘り聞かれるのではなかろうか。

 エクスさんに確認されるように話を振られれば頷くしかない。

 私が頷くのを確認すると、エクスさんは「では、私は仕事が残っているので」と踵を返した。

 え!? 待って。まさか私一人で!?

 てっきりエクスさんが付き添ってくれるんだとばかり思っていた私は、慌ててエクスさんの袖を引いて引き留めた。


「ちょ、え、あの。私、一人で……?」

「ええ。ただの話し相手ですから、何も危険なことなんてありませんよ? 私も仕事が片付いたら様子を見に来ますから」


 こともなげに言ってくださいましたが、この心細さをわかってほしい。

 チュートリアルなしのぶっつけ本番なんて正直不安しかないんだけど。

 行かないでほしいという思いは通じることなく、エクスさんはすたすたと教会への道を引き返していってしまった。

 遠くなっていくエクスさんの背中を見送りつつ、ちらりとピティを見てみれば、彼女はきらきらした目をこちらに向けていた。これはもう腹をくくるしかない。


『エクスも行ったことだし! いっぱいいーっぱい、お話しましょ?』

「お、お手柔らかにお願いします……」

『さっ、座って座って!』


 と、ピティが私の手に触れた時だった。

 『あら?』とピティがぴたりと動きを止めた。

 何かあったかな、と彼女を見れば丸く目を見開いた彼女と目が合う。


『あら! アナタ、加護持ちじゃないの!』

「え?」


 唐突に言われた言葉に何のことかと首を傾げてみせれば、ピティは私の手を持ち上げて手首――ラティスにもらったリストバンドのあたりを袖の上から触れる。


『しかもこの感じ――――風の加護ね!』

「わかるの?」

『そりゃ、同族の気配くらいわかるわよ! それにしても、風のは滅多に加護なんて授けないのに……アナタ、よっぽど気に入られたのね!』

「そう……なのかな?」


 薄い緑色のふわふわした髪の可愛らしい精霊の姿を思い出して温かい気持ちになる。

 ラティスと仲良くなれたって思ってもいいのかな。だとしたら嬉しいな。

 そんなことを考えている私の横で、ピティは何やら思案顔でぶつぶつ独り言を呟いている。


「ピティ?」


 急にどうしたんだろうと思って声をかけると、ピティは私の鼻先まで飛んできてお願いをするように胸の前で手を組んだ。その眼差しには先ほどまではなかった必死な色が浮かんでいる。


『ねぇ、リン。風の加護を持ったアナタなら助けられるかもしれない!』

「え?」

『お願い、助けてほしい子がいるの!』


 急に態度を変えたピティの変化についていけず、私は疑問符を十個くらい浮かべて迫りくる彼女から一歩後ずさった。

 ちょっと待って。せめてわかるように一から説明してほしい。

 なんだろう、嫌な予感がする。


「エクスさん!!」


 ぞわぞわと悪寒が駆け抜けるのを感じて、気がつけば私は教会に戻っていくエクスさんの後ろ姿に向かって呼びかけていた。その後ろ姿はだいぶ小さくなっていたけれど、届くだろうか。

 お願い、気づいて!

 私の声が届いたのか、エクスさんが振り返るのが見える。


「たすけ……」


 助けてと手を伸ばしかけた瞬間、視界が一変して闇に包まれた。

 コバルトブルーの泉も、振り返ったエクスさんも、ピティも、立っていたはずの地面さえも消えて、真っ暗な闇の支配する空間に放り出される。

 音も光もない空間を落ちていく感覚に全身の毛が逆立つ。


「キャアアアアアアアアアア!!!!」


 ジェットコースターも真っ青な落下に、私はただ悲鳴を上げることしかできなかった。

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