11 退魔師になりませんか
エオ君が消えた後、エクスさんは涙の止まらない私を連れて教会に戻ってくると、礼拝堂の椅子に座らせて白いローブを肩にかけてくれた。
夕立の後だからだろうか、すっかり涼しくなっていたのでエクスさんの気遣いがありがたい。
エクスさんはそのまま隣に腰かけて、ただ静かに私が落ち着くのを待ってくれた。
ようやく涙が止まって落ち着いてきた頃を見計らって、エクスさんが声をかけてきた。
「落ち着きましたか?」
「…………はい。すみません、ご迷惑をおかけしてしまって」
「いえ、迷惑だなんて思ってませんよ――――さて、リンさん。早速で申し訳ないのですが、私と分かれた後に何があったか教えてもらえませんか?」
私は乞われるがまま、エクスさんと分かれた後のことについて話した。
エオ君と一緒に木のうろに隠れたこと、夕立が来て戻れなくなってしまったこと、その夕立でエオ君が死んだときのことを思い出したこと、いてもたってもいられなくなって抱きしめたらエオ君が光を放ち始めたことを順番に話していくと、エクスさんは眉間にしわを寄せて黙り込んでしまった。
沈黙が重い。
もしかして、あまりいいことではなかったんだろうか。
沈黙に耐えきれずに、不安に思ったことを口にした。
「あの……エオ君は、ちゃんと成仏できたんでしょうか……」
目元を拭ってエクスさんを見上げれば、彼は穏やかな笑みを口元に称えて見返してくれた。
「あんなに晴れやかに笑っていたのですから、きっと大丈夫ですよ――――それにしても、リンさんが見える方だとは驚きました。お墓の草むしりをしたいと申し出たのも彼のためですか?」
「そう、なるのかな……昨日、食堂に行く前に廊下で見かけて気になっていたんです。お墓が草に埋もれてるのがかわいそうで……」
ただ、その時はこんな風に直接幽霊と関わろうと思っていたわけではなかったけれど。
私の言葉に、エクスさんは笑みを深めた。
「貴女は優しい方ですね……それならそうと、初めから言ってくれればよかったのに」
「いや、でも……他の人が見えないものが見えるって気持ち悪くないですか?」
今まで幽霊が見えるという話をしても、碌なことにはならなかった。
不意に思い出されるのは親友だと思っていた友達の、恐怖に歪んだ顔。親しくなって秘密を打ち明けても、気持ち悪がられて友達は離れていく。
嫌な噂もたてられたし、実際に嫌がらせも受けた。それを何度か繰り返せば、話すべきではないと嫌でも思い知らされる。
隠さなければ、みんなの輪の中にいられなかった。
先程とは違う涙が零れそうになって、唇をかみしめて俯く。
そんな私の様子に、エクスさんは信じられないといった様子で声を大きくした。
「気持ち悪いだなんて! まさか……貴女は今までそのような目で見られてきたのですか!?」
私が無言で俯いていることを肯定ととらえたらしいエクスさんは、何ということだと憤ると、椅子を立って私の前にしゃがみこんで顔を覗き込んできた。
「いいですか、よく聞いてください。その能力は稀有なものなのです。能力の方向性によっては聖女にすらなりうる力なのですよ!」
「聖女!?」
いやいやいや、聖女だなんてとんでもない。どこのラノベでしょうか。
滅相もないといったように激しく手と首を振って否定しようとすると、エクスさんはそれを止めて、私の頭にそっと手を載せてぽんぽんと撫でてくれた。
「安心してください。この国ではあなたのような力を持った者は重宝されるのです。羨まれることはあっても、蔑まれることはりません……貴女はその力を誇りに思っていいのですよ」
優しく言い聞かせるように頭をなでられて、私は目頭が熱くなってぎゅっと目をつむって俯いた。
この不思議な力のことを否定しないでくれただけじゃなく、誇りに思っていいとさえ言ってくれるエクスさんの言葉は、私の胸に優しく響いた。
「リンさんがエオ君を見つけてきちんと話を聞いてあげることができたからこそ、彼は最後に笑って逝くことができたのだと思います……貴女には素質がありそうですね――――そうだ。リンさん、退魔師の仕事をしてみませんか?」
「たいまし、ですか?」
唐突に出てきた単語にきょとんと顔を傾げて見せると、エクスさんは頷いて続けた。
「ええ。エオ君のように、何らかの未練があってこの世にとどまっている死霊たちをあの世へ導くのが主な仕事です」
あちらの世界でいうところの霊媒師のようなものなのかもしれない。霊媒師と変換して考えれば、なんとなく仕事の内容も想像がついた。
想像がついたからこそ、とてもではないけど私にはできるとは思えなくて、慌てて言い返した。
「無理です無理です! 私にはそんな力は……!」
「貴女のように死霊になった者を見ることができて、あまつさえ話ができるという方は滅多にいないのです」
「で、でもっ、エクスさんだってそうじゃないですかっ」
「いいえ……私は見ることができるだけです。残念ながら、彼らの声を聴くことはできません。エオ君がそうであったように、彼らと向き合って話ができるということは、死して誰の目にも留まることができなくなってしまった彼らにとって救いでもあるのです」
「救い……」
そんな風に考えたことなかった。
今まで見えるという能力を煩わしいとしか思えなかった私にとって、エクスさんの言葉は目からうろこが落ちるほどの衝撃を受けた。
「それに、これはリンさんにとっても悪い話じゃないと思いますよ?」
どういうことかと聞き返せば、エクスさんは私の頭から手を放してにこりと笑顔を向けた。
「退魔師は一定の需要がありながら、その特異性からなれる方が限られているので万年人手不足の状態です。特殊な職ゆえに給金もいい。リンさんは既に教会に籍を置かれているので、仕事は教会から斡旋されるような形になりますが、退魔師として生計がたてられるようになれれば独り立ちが許されます。そうすれば故郷を探しに行くこともできるかもしれない――――どうです? 悪い話ではないでしょう?」
「まぁ、確かに……」
元の世界に帰ることが最優先ではあるけど、この世界で独り立ちできるというのは私にとっても魅力的な話だ。ただ一つ心配があるとすれば。
「私なんかに勤まりますかね……?」
なにせこれまで見えるものを見ないように生きてきたし、日本じゃただの学生だった。
ぶっちゃけ胡散臭い詐欺師のような仕事しか思い浮かばないのは、バラエティ番組の見すぎなのかもしれない。
自信がないと言うと、エクスさんは名案を思いついたとばかりにポンと手を打った。
「では、一つお試しで退魔師としての仕事をしてみませんか?」
「え?」
「正式なものではないので、上手くいかなくても大丈夫です。いかがですか?」
「失敗しちゃっても大丈夫なんですか?」
「ええ。なんら問題ありませんよ」
エクスさんの笑みには人を安心させるような魔法でもかかってるんだろうか。
失敗しても大丈夫って言われて、なんだか少しやる気になっている自分がいる。
やって、みようかな。ダメなら諦めればいいし。
「…………私、やってみます」
この選択が私のこれからを大きく変えることになるなんて、この時は全く思いもしなかった。