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106 カイナルディアの目覚め

ふとエクスが霊体の状態のルミナの声を聞けないことを思い出したので、前の話に一文補足を追加しておきました。(すっかり忘れていました 汗)

エクスとルミナが会話する時はルミナは『』ではなく声を実体化して「」で話しています。ややこしくてすみません。

 かろうじて生きているというルミナの体は、山の岸壁を削って造られた建物の奥まったところにあった。

 大理石のような白い石でできた台の上に寝かされてはいたものの、その腹部には金でできたような剣が垂直に刺さっていた。

 時間が止まっているせいなのか、傷口からの出血はない。

 そのせいかあまり現実味がなく、なんだかマネキンに剣が刺さっているように見えた。


「思った以上にぐっさりだね……」


 思わず漏れた感想にルミナが苦笑する。


「確かにずいぶん深く刺さってるな」

「あの時は必死で手加減なんてしてる余裕はありませんでしたからね――というか、ずいぶんと他人事のようですけど、ルミナは今からこの体に戻るんですからね?」


 ルミナの本体に変化がないかを確認していたエクスさんは呆れたように額を押さえ、台を挟んで向かい側にいたお兄ちゃんに声をかけた。


「神子様、どうです?」

「イーニスいけそうか?」


 たずねられたお兄ちゃんがイーニスに呼びかけると、お兄ちゃんの目の色が黒から金に変わった。


「『このままでは無理じゃ。本体に魂を戻す必要がある』」

「本体に、魂を?」

「『さよう。時間を止められ、魂が抜けた状態は死体となんら変らぬ。この者の時を動かし、魂を体に戻さねば回復できん』」


 イーニスによると今のルミナは仮死状態なのだという。

 心臓も呼吸もない上、肉体の外に魂が出てしまっている状態では回復魔法をかけても効果がないそうだ。


「つまり、カイナルディアを目覚めさせてルミナを体に戻さないといけないってこと?」

「…………のようですね」


 イーニスの話を聞いたエクスさんが口元に手を当てて黙り込む。

 なんだか深刻そうだけど、どうしたんだろう?


「エクスさん、どうかしたんですか?」

「ええと……ルミナ、自力で体に戻れそうですか?」


 エクスさんに問いかけに、ルミナが横たわる彼の本体に触れた。

 目を閉じて数十秒が経ったけど、ルミナの体に変化はない。

 思うようにならなかったからなのか、ルミナは続けざまに本体に重なるようにして台の上に体を横たえた。ルミナの体が本体とぴったり重なり合う。


「…………」


 数十秒の沈黙。

 誰も一言も発せずに見守る中、ルミナはため息とともに上半身を起こした。

 本体が横たわったままなせいか幽体離脱してるみたいに見える。

 いや、死んでないんだから正しく幽体離脱なのか。不謹慎だけど、ちょっとおもしろい光景だと思ってしまった。ごめん、ルミナ。

 ルミナは忌々しそうに横たわる本体を見つめ、ゆるりと首を振った。


「だめだな」

「やはりそうですか……」


 落胆したようなエクスさんの呟きにどういうことかと聞いてみれば、エクスさんの代わりにルミナが答えてくれた。


「リン、キースのことを覚えてるか?」

「キースさん? そりゃ、覚えてるけど――――あ。」


 魂が抜けて体に戻るのに苦労してたキースさんを思い出して、ルミナが何を言いたいのかわかった。


「そうだ。俺はあの時のキースと同じ状況だ」

「ってことは、誰かが間に入らないと体に戻れないってこと?」

「そうなる」


 理解が早くて助かるとばかりに頷くと、ルミナはエクスさんと顔を見合わせて頷き合った。


「それでだ。リン、お前に仲介を頼みたい」

「わたし!?」


 てっきり昔馴染みのエクスさんが仲介に入るものだと思ってたのに、いきなり指名されて声が裏返った。


「エクスさんじゃなくて!?」


 っていうか、私なんかよりエクスさんの方がもよっぽど適任だと思うんだけど。

 そう訴えてみたんだけど、エクスさんは困ったように眉尻を下げて、自分にはできないと首を左右に振った。


「私はカイナルディアを目覚めさせるために神殿に行かなければならないので……リンさんでしたら前に経験があると伺いました。どうでしょう? 引き受けてくださいませんか?」

「ええと……」


 正直、引き受けてくださいませんかって言われても困る。

 だって自信がない。ものすごく自信がない。

 前に経験があるって言っても、キースさんの時は一人じゃ何もできなくて、弟のアベルさんがいたからこそ何とかなったようなものなんだから。

 恨みがまくルミナを見たけど、彼はそんな私の視線なんてどこ吹く風で、自信たっぷりに『リンなら大丈夫だ』と太鼓判を押してくれた。その自信は一体どこから来るのか。

 おまけに私が返事をするのを躊躇っていると、退路を断つようにルミナがたたみかけてきた。


「どのみちリンしか手が空いてないんだ。お前が引き受けてくれないと俺は今度こそ死ぬことになるが……いいか?」

「う……」

「やってくれるな?」


 そんなこと言われたら断れるわけがない。


「………………ハイ」


 緊張に声が震えた。

 返事をしたはいいものの、どうたって自分にはできる気がしなくて、ネガティブなことばかり考えてしまう。

 失敗しちゃったらどうしよう。

 キースさんの時に失敗した記憶が頭をちらついた。

 絶望的な顔をしたキースさんに、がっかりした様子のアバンさん、それに自分の不甲斐なさを思い出して心が怖気づきそうになる。

 どうしよう。しっかりしなきゃいけないのに手の震えが止まらない。

 そんな私の様子に気づいたのか、ルミナがエクスさんとお兄ちゃんに向き直った。


「少しリンと二人で話をしてもいいか?」

「ええ。かまいませんよ。それなら私は神子様と一度神殿へ行って、シャーリーの様子を見てきます」

「ちょ……なに勝手に――」


 抗議しようとしたお兄ちゃんの口を神官とは思えない素早さでふさいだエクスさんは、にっこりと胡散臭い笑みを浮かべた。


「まぁ、いいではありませんか。若い二人を少し二人きりにしてあげましょう」

「むーっ!むーむむー!!」

「悪いな」

「いえいえ。では、神子様はこちらで責任をもって連れて行きますから、リンさんのことは頼みましたよ」

「ああ」


 エクスさんはルミナと言葉を交わすと、もごもごしているお兄ちゃんを引きずりながら部屋の出入口へと歩いていってしまう。

 そうして二人がいなくなると、小さな部屋には私とルミナだけが残された。

 二人きりって言われたせいか、変に意識してしまって顔が見れない。

 俯いて手をぎゅっと握りしめていると、すっと手が伸びてきておでこをピンってされた。


「ぃったー……いきなり何するの!?」


 じんじん痛むおでこを押さえて仰ぎ見れば、意外にも優しい顔をしたルミナと目が合った。

 てっきりもっと怒った顔をしていると思っていただけに、なんだか拍子抜けしてしまった。


『お前のことだ。大方、失敗したらどうしようとか考えていたんだろう?』

「う……」


 その通り過ぎて反論できない。

 図星をつかれて黙り込んでいると、ルミナは小さく息をついて大理石の台に寄りかかった。その表情に不安や陰りといったものは一切ない。


『怖いか?』

「…………怖いよ。ルミナこそ怖くないの?」

『なぜ?』

「だってもし失敗したら、ルミナ死んじゃうんだよ!? なんでそんな平気そうな顔していられるの!?」


 ルミナはおもむろに口元に手を当てた後、ふっと口の端を上げた。


『お前が俺のために願ってくれるんだ。失敗するわけがないだろう?』


 いっそ呆れるほど根拠のない理由だった。

 ルミナは台を離れて私のそばまで歩み寄ると、私の眉間の間にできたしわをぐりぐりして言い放った。


『失敗するかもしれないなんて余計なことは考えるな』

「でも……」

『リンは俺に生きていてほしいんだろう?』

「うん」

『なら、成功したら何がしたいかだけ考えろ』

「なにが、したいか……?」

『そうだ。お前は俺が生き返ったら一緒に何がしたい?』

「いっしょに……」


 ルミナと一緒に何がしたいか考える。

 一緒にしたいこと……ルミナと一緒にしたいこと……。

 目を閉じれば、これまでルミナと一緒に旅した日々が瞼の裏によみがえった。

 楽しいことばかりじゃなかったけど、今となってはどれも全部大切な思い出で――それを自覚したら答えは自然と出てきた。


「私、もう一回ルミナとこの世界を旅したい」


 私が答えると、ルミナはわずかに目を見開いた。それから目元を緩めて『いいな』って微笑んでくれた。

 慈しむような眼差しに心臓がドキンと跳ねる。

 こういう時、無駄に顔がいいってずるい。

 ドキドキする心臓を落ち着けようと首元のペンダントへ手を伸ばしかけて、ふとルミナから預かっていた指輪の存在を思い出した。

 ネックレスを外して黒っぽい石がついた指輪をチェーンから外すと、横たわったまま意識のないルミナの右手を持ち上げて中指にはめてあげた。


「やっとつけてあげられたね」


 指輪はまるであつらえたようにぴったりとルミナの指に馴染んだ。そうして霊体の方のルミナに目を向けてみれば、その右手にも同じものがきらりと光っていた。

 ルミナは指にはめられた指輪にそっと口づけると、ふわりと私を抱き寄せた。

 胸に顔を埋めても心臓の音は聞こえない。体温もない感触だけの抱擁のはずなのに、不思議と温かさを感じた。

 見上げるとすぐ近くにルミナの顔があって、潤んだ瞳がまっすぐに私を見つめてくる。


『リン……必ずお前の隣に戻ると約束する』

「――――うん。約束だよ。破ったら許さないんだから」


 私は泣きそうになるのを必死に堪えながら、力いっぱいルミナを抱きしめた。



 ***



「あのー……そろそろよろしいでしょうか?」


 エクスさんの遠慮がちな声にはっと我に返った。

 声の方を見てみると、部屋の入り口のところからエクスさんとお兄ちゃんがこっちを見ているのに気づいた。

 おもしろいものを見るようなエクスさんとなにやら不機嫌そうなお兄ちゃんの表情に、自分がルミナと抱き合ったままだったことを思い出して慌てて離れる。


「うわああああぁ!」


 どうしよう、ものすごく恥ずかしい。しかも、よりによってお兄ちゃんに見られるとか。身内に見られるほど恥ずかしいものはない。うう、穴があったら入りたい。

 項垂れる私とは裏腹に、ルミナがククッと笑ったのが聞こえた。恥ずかしい思いをしているのが私だけだとわかって余計に恥ずかしい。

 うがーと叫び出したい気持ちを必死で抑えていると、エクスさんは「さて」と表情を改めた。


「そちらももう大丈夫そうですし、そろそろ始めましょうか」


 よく通る声が場の空気を瞬時に厳かなものへと変えた。

 静かなのに凛とした声に、私も恥ずかしがっている場合ではないと気持ちを切り替えて姿勢を正した。

 いよいよ始まるんだ……。

 張りつめた空気にごくりと息をのむ。


「私は神殿でシャーリーを起こします。シャーリーの目覚めと共にカイナルディアを覆っていた水が引き始めますから、リンさんはルミナが体に戻れるように仲介を、神子様はルミナの腹部に刺さっている剣を抜いて回復をお願いします」

「了解」

「わかりました」


 エクスさんは手短な説明を終えると、霊体のルミナへ歩み寄った。


「ルミナ。必ず生きて戻ってきてくださいね」

「ああ」


 一言だけ言葉を交わしてエクスさんが部屋を出ていく。その背中を見送って、私とお兄ちゃんも持ち場であるルミナのそばに控えた。


「…………大丈夫か?」


 ふと、台を挟んで向かいに立つお兄ちゃんから声をかけられた。どうやらさっきからずっと心配してくれていたらしい。

 私は心配そうにこちらを見るお兄ちゃんに「もう大丈夫」と答えた。

 大丈夫。失敗なんてしない。

 心の中で自分自身に言い聞かせて横に立つルミナを見上げれば、いつもと変らない様子のルミナがぽんぽんと頭をなでてくれた。

 心配するなというルミナの気持ちが伝わってきて、私はもう一度「大丈夫」と自分に言い聞かせた。


 ややあって、ゴゴゴゴと轟くような地響きと共に水が引き始めた。

 それを合図にお兄ちゃんが台の上に立って、ルミナのお腹に刺さったままになっていた剣の柄を握った。


「始まったか――――こっちも始めるぞ。イーニス、頼んだ」


 お兄ちゃんの瞳の色が黒から金へと切り替わり、深く刺さっていた剣がゆっくりと引き抜かれていく。

 私はルミナの本体と霊体の間で、両方の手をぎゅっと握ったままその様子を見守った。

 じわり、とルミナ本体の腹部から赤いものがにじみ出る。

 血だ。

 やがて剣が完全に引き抜かれると、傷口から溢れた大量の血が水に揺らめいて煙のようにたなびいた。

 お兄ちゃんの姿をしたイーニスがルミナの腹部に手を当てるのを見て、私も自分がやるべきことを思い出して固く目を閉じた。


 ネガティブな気持ちを頭から追いやって、ルミナが生き返ったあとのことを考える。

 ルミナと一緒にもう一度旅がしたい。

 行ったことがある場所も、行ったことがない場所も、今度は生きてるルミナの隣を歩きたい。

 霊体じゃできなかった食べ歩きだってしたい。

 ルミナと一緒にやりたいことが次から次に思い浮かんでいく。


 ねぇ、ルミナ。一緒にやりたいことがいっぱいだよ。


 ルミナ。

 

 ルミナ。


 ルミナ――お願い、戻ってきて。


 不意にルミナの霊体と繋いでいた方の手から感触が消えて、私の体の中を温かい何かが右から左に移動していくような感覚を覚えた。

 あ……これ、キースさんの時と同じだ。

 確信をもってゆっくりと目を開けてルミナの様子を確認してみれば、さきほどまで霊体のルミナが立っていた場所には誰もいなくなっていた。

 視線を本体に戻すと、腹部の傷は完全に癒えたようで、破れた服の合間からはすっかり元通りになった肌が見えた。

 成功、した……?


「ルミナ……?」


 恐る恐る呼びかけてみると、ピクリとわずかに指先が動いた。

 今、動いたよね?


「……ルミナ? ルミナ!?」


 確信をもって大声で呼びかけると、今度は瞼が震えた。

 身を乗り出して固唾を飲んで見守っていると、ゆっくりと目が開かれて紫色の瞳がぼんやりと私を捉えた。

 ルミナはぱちぱちと数回まばたきをすると、状況を把握したのか、ふっと表情を緩めた。


「ルミナ! 私だよ! わかる!?」

「そんなに大声を出さなくともちゃんと聞こえてる」


 小さく掠れた声で返事が返される。

 頭に直接響くような声じゃない、空気を伝って耳に入ってきた声に、涙腺が一気に緩んだ。

 あっという間に目の前のルミナの姿が歪んでぼやけてしまう。


「ルミっ……ナっ……」


 しゃくりあげてしまって上手く言葉にならない。

 嬉しくて。言葉にできないくらい嬉しくて。

 言葉の代わりに溢れた涙で目を開けていられなくなる。

 子供みたいに泣きじゃくっていると、上半身を起こしたルミナが私の頭を抱き寄せて優しくなでてくれた。


「ほら。失敗なんてしなかっただろう?」


 押しつけられた胸から聞こえてきた鼓動の音に、私は頷き返すだけで精いっぱいだった。

カイナルディアとルミナが目覚めたところで、次回最終話です。

9月中には完結したいと言いましたが、明日の更新はたぶん無理だと思うので、今週完結を目処に頑張ります。

どうぞ最後までよろしくお願いします。

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