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104 ルミナの行方

「ルミナ……? ルミナ!?」


 呼びかけても返事がない。

 返ってくるのは木々のざわめきだけで、静けさが余計に不安を駆り立てた。

 うそ……ルミナ、どこ行っちゃったの……?

 頭から血の気が引いて足元が揺らいだ。

 ふらりとよろめいた体を誰かに支えられてはっとする。


「ルミナ!?」


 弾かれたように顔を上げると、そこにいたのはルミナではなくシルヴィーだった。


「あ……」


 思っていた人じゃないことに落胆してため息が漏れた。

 たぶん、顔に出ていたんだと思う。

 シルヴィーは困惑したような顔を私に向けたあと、ルミナを探すように辺りを見回した。


「ルミナリスは?」

「……わかんない……急に、きえて……」


 震える声で答えられたのはこれだけだった。

 不安すぎて考えがまとまらない。

 落ち着かなきゃって思うのに、早鐘を打つ心臓がどうあっても不安を掻き立ててくる。

 成仏という言葉が一瞬頭をよぎったけど、トレヴィスさんを見送ったルミナは『あとのことは俺にまかせておけ』って言っていた。そんな人が成仏なんてするはずない。

 なら、どうしてルミナは消えちゃったの? どこに行っちゃったの?

 自問自答を繰り返していた私は、ふとラティスの存在を思い出した。

 そうだ、そうだよ、ラティス! ラティスなら前にもルミナに会いに行ってたみたいだし、どこに行ったかわかるかもしれない。

 そう思ってラティスの姿を探したけど、さっきまでいたはずのラティスの姿までどこにも見当たらなかった。

 うそ……ラティスまで消えちゃったの……?

 不安で心臓がぎゅっと掴まれたみたいになる。

 ラティスが姿を見せないことはよくあることだけど、ルミナが消えるのを見た直後だったせいか、呼んで応えてくれなかったらどうしようと不安に駆られた。


「ラティス……?」


 恐る恐る空に呼びかけてみる――――――と。


『なにー?』


 すごいのん気そうな声が返ってきた。

 あまりにもあっけらかんとした声に、逆にこっちが呆気にとられる。


「ラティス……?」

『うん、ボクだよ?』


 ぱちぱちとまばたきを繰り返す私の前に現れた気まぐれな風の精霊は、私の反応を楽しむかのようにしたり顔で笑った。


『もしかして、ボクもルミナリスみたいに消えちゃったかと思った?』


 この軽い口調、間違いなくラティスだ。

 よかった、消えたんじゃなくて。

 なんだかほっとしたら、まばたきした拍子に涙が零れてしまった。

 ぽろりと頬を伝った涙を見て、ラティスとシルヴィーがぎょっとなる。


「リン!?」

『リン!?』


 目の前でおろおろしだした二人を前に、泣き止まなきゃって思うのに、涙は全然治まってくれなくて――私は涙を拭いながら「大丈夫」って答えるだけで精いっぱいだった。


「リン……ちょっと、ラティス! 悪ふざけがすぎるわよ!」

『ええええ!? ボクのせい!?』

「当たり前でしょ! それじゃなくても、ルミナリスがいなくなって大変なのに」

『ルミナリス、ねぇ……』


 含みのある言い方に、藁にも縋る気持ちでラティスの小さな肩に掴みかかった。


「ルミナがどこに行っちゃったか知ってるの!?」

『――――リンはさ、ルミナリスがどこに行ったか気になる?』


 ラティスが真意を確かめるようにじっと顔を覗き込んでくる。

 もったいつけるような言い方に、私は痺れを切らしてラティスの小さな肩を揺さぶった。


「知ってるなら教えて! ルミナはどこ!? どこに行っちゃったの!?」

『イタタタ!』

「ごめん!」


 顔を顰めたラティスを見て慌てて手を引っ込めれば、彼女は背中の羽を羽ばたかせてしょうがないなぁというような顔をした。


『そんなにルミナリスのことが気になるなら直接確かめてきなよ』

「へ?」

『泣かせちゃったおわびに送ってあげる』


 にっこりとした笑ったラティスが、ひらひらと手を振ってパチンと指を鳴らした。

 次の瞬間、目の前が真っ暗になった。目の前にいたラティスもシルヴィーも消えて何も見えなくなる。


「ふぇ!?」


 驚く間もなく足元の地面が消えて暗闇の中に放り出された。

 この感じ、すごい覚えがある。


「キャアアアアアアアアアア!」


 ジェットコースターさながらの落下に思わず悲鳴を上げた。

 これ――――あれだ! ピティに狭間に落とされた時と同じだ。

 狭間に落とされたのだと悟った瞬間、目の前に光が戻ってきた。

 突如として視界が開けて、驚いた顔のルミナと目が合った。


「えっ!?」

『なっ!?』


 ルミナの頭上に放り出された私は、そのまま重力に従って落ち――――ルミナをすり抜けて地面に尻もちをついた。


「いったー……」


 打ちつけたお尻をさすりながら見上げると、消えた時とそのままの姿のルミナがいた。

 ルミナは突然現れた私にびっくりしたみたいで、目を見開いたまま固まっていた。

 ややあって、ぎこちなくしゃがみこんだ彼は、私の目尻に触れて涙を拭ってくれた。


『大丈夫か?』


 その優しい声音に、止まっていた涙が溢れた。

 ああ、ルミナだ。よかった、消えてなかった。


「大丈夫じゃないよぉ……急に消えたから、すごい心配したんだから……!」

『すまない』


 ルミナは眉尻を下げて困ったような顔で私の頭をなでてくれた。

 少しずつ落ち着きを取り戻した私は、ふと辺りの景色に見覚えがあることに気づいた。


「ここ……ベルナ山……?」


 背後に広がる森、広大な湖、そびえる山々。

 間違いない。ここ、ルミナと初めて会った場所だ。

 ルミナの手を借りて立ち上がった私が「なんで」と呟きを漏らすと、ルミナは湖に目を向けたまま消えた原因を話し始めた。


『リンと初めて会った時、霊体のままだとここから長時間離れることができないって言ったのを覚えているか?』

「え? あー……うん、言ってた気がする。だから私に憑りついて山を案内してくれることになったんだよね?」

『そうだ。基本的に霊体というのは誰かに憑りついたりしない限りは遺体からそう遠く離れることはできないからな』

「ええと……つまり、ルミナは憑りついてないとここに戻されるってこと?」

『察しがいいな。さっきトレヴィスの影に支配された時に、憑りつき先を強制的にエクスからトレヴィスに変えられていたんだ』

「そういえば、エクスさんもそんなこと言ってたかも……」


 そうそう、ルミナの憑依先がトレヴィスさんに変ってしまっているって言ってた気がする。

 記憶を辿りながら相槌を打つと、ルミナは一つ頷いて続けた。


『トレヴィスが成仏した時にあいつの体も消えてしまっただろう?』

「ああ。それでルミナはベルナ山に戻されちゃったんだ」


 そこまで聞いてようやく合点がいった。

 なるほど、憑りつき先がなくなっちゃったから遺体のあるベルナ山に戻されたってことなのね。


「それならそうと言ってくれればよかったのに」

『すまない。本当はリンかエクスにまた憑りつかせてもらおうと思っていたんだが、まさかあのタイミングでトレヴィスの体が消えると思ってなくてな』

「トレヴィスさんの体、どうしてあんなふうになっちゃったんだろ」


 サラサラと風に流されて消えていったトレヴィスさんの体を思い出して疑問を口にすれば、ルミナは『おそらくだが』と前置きをしたあとで悲しそうに湖に映る月に視線を落とした。


『屍の状態で百五十年も彷徨っていたんだ。肉体を縛り付けていた魂が成仏することで、すでに風化していた体は形を保っていられなかったんだろう』

「…………そっか」


 それっきり会話が途切れた。

 なんて声をかけたらいいかわからなくて、ルミナと同じように湖に映る月に視線を落とす。

 水面が風で揺れて、丸い月がゆらゆらと形を歪めた。

 どれくらい経っただろうか、ふと静かに名前を呼ばれた。


『リン』


 顔を上げると、優しい面差しのルミナが小さく頭を下げた。


『助かった。ありがとう』

「へ?」


 まさかお礼を言われるなんて思ってもみなかったから変な声が出てしまった。


「そんな! 私お礼を言われるようなことなんて何も――」

『そんなことはない。リンが来てくれなかったら、俺はエクスを手にかけて、トレヴィスに取り返しのつかないことをさせてしまうところだった』

「で、でも、トレヴィスさんの影を払ったのはラティスの加護の力だし……」


 断じて私の力じゃない。だからこそ、ルミナの言葉を素直に受け取ることができない。

 うじうじしていると、ルミナはふっと口元を緩めて私の手を取った。


『あの時、お前が手を掴んでくれたから、俺は自我を取り戻すことができたんだ』


 私の指先をそっとなでたルミナは、ふと何かに気づいたようにその手を目線の高さまで持ち上げた。


『そういえば、いつの間に霊体に触れるようになったんだ?』


 何の変哲もない手を真剣にしげしげと観察するルミナが面白くて、ふふって笑ってしまった。


「頑張ったんだよ。イーニスとシルヴィーに力の使い方を教えてもらってさ」


 私は一度言葉を切って、ルミナと別れてからのことを思い返した。

 悲しくて辛くて悔しくて。そんな思いをバネに、これまで生きてきた中で一番頑張った。


「ルミナがどうして私を置いて行ったかは理解してるつもりだよ」

『…………』

「だけど、あんなに助けてもらったのに頼ってもらえないのが悲しくって。ルミナの手を掴んで引き留めることすらできなかった自分が悔しくてさ……」

『リン……』

「でも、おかげでこうしてルミナの手に触ることができるようになった」


 男の人のわりにすらりとした手を取って、ニッと笑ってみせた。


「少しでも役に立てたならよかったよ」

『十分すぎだ……本当にリンには驚かされる』


 ルミナはふっと笑い返して私の頭をぽんぽんとなでてくれた。



 ***



 穏やかな風が吹く湖のほとりで、ルミナはトレヴィスさんとの昔話を話してくれた。

 しっかり者でよく気が利く弟子だったと語るルミナの表情からも、トレヴィスさんといい師弟関係にあったことがうかがえた。


『……あいつが思いつめていたことに気づいてやれたら、何か変わっていたんだろうか』


 独りごちるようなルミナの呟きに、トレヴィスさんの記憶に触れた時のことを思い出した。

 そういえば、トレヴィスさんも裏切らなければどんな未来があったんだろうって考えてたっけ。


「ルミナとトレヴィスさんって、やっぱり師匠と弟子だね。似たようなこと考えてる」

『そうか?』

「うん――――でも、それだと私がルミナと会えなくなっちゃうから困るかな」


 何気なく言った言葉に、ルミナはきょとんとしたあと破顔した。


『ああ、確かにそうだな。俺もリンと会えなくなるのは困る』


 同じふうに考えてくれたのが嬉しくて、私も自然と口元が緩んだ。

 そうしてひとしきり笑い合った後、私はすくっと立ち上がってルミナに手を差し出した。


「じゃあ、はい」

『?』

「エクスさんたちのとこに戻らなきゃ。もう一回私に憑りつける?」


 ルミナは差し出された手と私の顔を交互に見て、何とも言えない顔をした。


『いいのか?』

「いいも何も、今さらじゃない。憑りつかないと移動できないんでしょ?」

『…………助かる』


 そう言ってルミナが手を重ねようとした時だった。


「その必要はありませんよ」


 聞き覚えのある声が聞こえた。

 背後を振り返ると、空間にできた割れ目から疲れた顔をしたエクスさんと、頭に葉っぱをくっつけたお兄ちゃんが出てくるところだった。

 エクスさんはお兄ちゃんを伴って私たちのところまで歩み寄ってくると、目の前に広がる静かな湖面を見つめて言った。


「このままカイナルディアを目覚めさせます」

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