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101/107

101 私だって力になりたい

 スーリアから空間を渡った私の目の前に飛び込んできたのは、エクスさんの首を絞めるルミナの姿だった。


「ルミナ!」


 反射的に走り出して、エクスさんとルミナを引き離そうと手を伸ばす。

 一体全体何がどうなってるのかわからない。

 ルミナたちの動向を探ってくれていたラティスから、ルミナたちが敵と遭遇したらしいって知らせを受けたのがつい先ほどのこと。

 それなのに、どうしてルミナは敵じゃなくてエクスさんの首を絞めているのか。

 状況は全然わからなかったけど、このままじゃエクスさんが危ないってことだけはわかった。

 なんとかしてエクスさんを助けないと!

 伸ばした手があと少しでルミナに触れるというところで、ルミナを中心に黒い衝撃波のようなものが放たれた。


「ッ!!」


 あ、と思った時には後方にはじき飛ばされていた。


「凛!」


 続けてくる衝撃へ身構えたけど、思った痛みはなく、誰かに背中から抱きとめられていた。

 固く閉じたをうっすら開けてみると、私を抱きとめてくれたのはお兄ちゃんだった。


「ってー……大丈夫か?」

「うん。ごめん、ありがと」


 私を受け止めた衝撃で尻餅をついたお兄ちゃんが先に立ち上がって私を引っ張り起こしてくれる。私に怪我がないことを確認してほっと息をつくと、正面を見据えて眉をしかめた。

 

「なんか様子がおかしいぞ」

「うん」


 しっかりと地面を踏みしめて私もルミナに目を向ける。黒い影のようなものに覆われたルミナの姿に、出会った頃のルミナが重なって見えた。

 その時、今まで存在感のなかった黒いローブを着た人影がルミナの隣に並び立って彼の肩に触れた。


「なに、あれ……」


 恐怖のあまり声が掠れた。

 骸骨が、動いてる……?

 テト君の白骨化した遺体を見たことがあったとはいえ、ゆらりと動く骸骨にゾクリとしたものが背筋を走った。

 ルミナと同じ黒い影に包まれた不気味な骸骨に目が釘づけになる。

 その刹那、私の横を誰かがすり抜けていった。

 黒いシスター服になびく金髪――たまたま事情を知って一緒についてきてくれたシルヴィーだった。


「悪霊、かくごおぉっ!!」


 彼女はいの一番に敵の前に駆け出すと、鋭い声と共に光をまとった錫杖を振り下ろした。

 しかし、錫杖は骸骨との間に入ったルミナによって弾かれてしまう。

 いったん後ろに飛び退いて体勢を立て直したシルヴィーがチッと舌打ちをした。


「どいて、ルミナリス! 一体どうしたっていうの!?」

『…………』


 シルヴィーの呼びかけに応じず、ルミナは無言のまま黒い影にまみれた腕を振り上げた。

 振り下げられるのと同時に黒い影がシルヴィーに向かって放たれる。彼女はそれを手にしていた錫杖で弾くと、後方に飛び跳ねてルミナたちと距離を取った。

 どうしてルミナが……。

 信じがたい光景に、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。

 その視界の隅にうつ伏せで倒れたエクスさんの姿を捉えてはっとする。どうやら先ほどの衝撃波でエクスさんも吹きとばされていたみたいだ。

 麻痺しかけていた思考が戻ってくる。

 ひとまずエクスさんを助けないと。

 背後にいたお兄ちゃんの服の袖をつまんで小さく引っぱれば、目線だけで私が何を言いたいのか察してくれて頷き返してくれた。

 お兄ちゃんは私たちの後方にいたお父さんとお母さんを振り返って動かないようにと制すると、前方にいる敵を刺激しないように、ゆっくり慎重にエクスさんに近づいた。私も同じ早さで移動する。

 ピクリとも動かないエクスさんに、間に合わなかったんじゃないかと不安になる。

 お兄ちゃんがうつ伏せで倒れるエクスさんを転がして仰向けにさせた。

 もともと色白の顔が青白くなってしまっている。

 情けないことに頭の中が真っ白で動くことができなかった。

 そんな私の横で、お兄ちゃんがエクスさんの手首を取って脈を調べる。


「まだ間に合う――――イーニス」


 お兄ちゃんが静かな声で呼びかけると、一体どこにいたのか、すぐそばにイーニスが現れてお兄ちゃんに体を重ねた。

 まるで幽霊が憑りつくみたいにイーニスの体がお兄ちゃんの体に吸い込まれていく。

 次にお兄ちゃんが目を開いた時、茶色みがかった黒い目は金色に変わっていた。

 ありえない変化に固唾をのんで見守っていると、お兄ちゃんがエクスさんの胸のあたりに手をかざした。

 その指先に白っぽい光が集まってエクスさんに降り注ぐ――――と、ややあってエクスさんが苦しげに咳き込んだ。


「エクスさん! 大丈夫ですか!?」


 上半身を抱き起して背中をさすってあげれば、ぜぇぜぇと呼吸を繰り返すエクスさんが首だけを振って大丈夫だとこたえてくれた。


「…………すみません、助かりました」


 なんとかしゃべれる状態まで回復したエクスさんは、ふらつきながらも自力で立ちあがって、視線の先にシルヴィーと戦闘を繰り広げるルミナの姿を映した。よろけたエクスさんを支えて私も同じようにルミナに目を向ける。


「ルミナ、どうしちゃったんですか!? どうしてあんなこと……」

「おそらくはあの黒い影のせいです。あれがルミナにまとわりついてから様子がおかしくなりました。おまけにルミナの憑依先がトレヴィスに変わってしまっている。非常にまずい状況です――――まずはルミナを解放しないと……」


 エクスさんは私の手を押しのけて前線へ出ていこうとする。


「そ、そんな体で無茶ですよ!」

「ですが――」


 言い募ろうとするエクスさんを、お兄ちゃんが肩を掴んで止める。

 声はお兄ちゃんだったけど、その口調はイーニスのものだった。


「『妹御の言う通り無理をするでない。回復魔法をかけたとはいえ、あれはそなた自身の治癒力を増幅させたにすぎん』」

「…………」


 エクスさんは拳を握りしめて悔しそうに唇を噛みしめた。納得しきれない、そんな表情だ。


「しかし、ようやく巡ってきたチャンスを棒に振るわけには――」

「『なに、誰も機会をふいにしろとは言っておらぬ。そなたはそなたのできることをせい』」

「私にできることを、ですか?」

「『さよう。やつの使った術は世の理を乱す。このままではこの地で眠りについていた霊が自我を失い見境なく人を襲い始めるぞ。完全に発動する前に止めなければならぬ』」


 お兄ちゃんの姿をしたイーニスはルミナたちの奥――術の発動した内部に蠢く霊たちを見て痛ましげに顔を顰めた。


「確かに……あれが実体を得て襲い掛かってきたら相当やっかいなことになりますね――わかりました。そちらは私が引き受けます。光の線が交わったところにある祠を壊して清めることができれば、おそらく術は解除されるでしょう。ただ間に合うかどうか……」


 祠は全部で六ケ所。目印があるとはいえ、一人で回るには時間がかかりすぎる。

 こんなことなら事前に壊しておくんだったと独りごちたエクスさんの表情は苦渋に満ちていた。


「そういうことなら俺たちが手伝いますよ」


 背後から聞こえてきたお父さんの声に振り返る。

 お母さんを伴って近くまで来ていたお父さんは、腕を曲げてガッツポーズをしてみせた。


「これでも一応は退魔師だからね。祠を清めて霊をあの世に送るくらいならできるはずだ」

「私も。ついてきたからには手伝うわ。戦うのは無理でも祠を蹴り倒すくらいならできると思うから」


 お父さんとお母さんは赤黒い光の結界に目を向けて頷きあうと、エクスさんに祠の清め方を尋ねた。

 エクスさんが言うには祠に見立てて積んである石を崩して血で穢されたところを聖水で清めればいいらしい。

 エクスさんはローブの内ポケットから聖水の入った小瓶を三本手渡してお父さんに手渡すと、別の内ポケットにしまい込んでいた回復薬を取り出して一気に呷った。


「絶対に今日で終わらせてやる……」


 決意に満ちた呟きを拾って、私も手伝いますとエクスさんに声をかけた。

 が、それをイーニスに止められる。


「『妹御よ。そなたはここに残るのじゃ』」


 ここに残れ? どういうこと?

 聞き返すより早く、イーニスが戦闘を繰り広げるシルヴィーを一瞥して答えてくれる。


「『あの娘だけでは分が悪い。ここに残ってあやつらの相手を』待った、イーニス。凛には無理だ!」


 ここに残ってルミナたちの相手をしろというイーニスの言葉を遮ってお兄ちゃんが異論を唱えた。

 イーニスに体を貸してるけど、お兄ちゃんがしゃべることもできるらしい。


「『無理ではない。妹御よ、そのために私に教えを乞うたのではないのか? やるもやらないもそなた次第だが、そなたはどうしたい? ここに来たのは何のためじゃ?』」


 威圧感のある金色の目が射貫くようにまっすぐ向けられる。


「それ、は……」


 我を失って戦闘に興じるルミナと錫杖で攻撃を受け流すシルヴィーを見て手を握りしめた。

 正直あそこに入っていくのは怖い。

 でも、なんのためにここに来たのかって聞かれたら、そんなのルミナの力になりたかったからに決まってる。

 だからこそ、イーニスやシルヴィーに頼んで力の使い方や退魔師としての戦い方を教えてもらったのだ。

 私は握りしめた手を開いて手のひらをじっと見つめた。

 ルミナと別れて七日。

 たった七日じゃシルヴィーみたいに悪霊を消滅させる力は習得できなかったけど、実体のない霊に触れることができるようになった。加えて私にはラティスに授けてもらった風の加護がある。

 こんなところで立ちすくんでる場合じゃない。


「やります」

「凛っ!」


 私の答えにお兄ちゃんから非難の声があがる。


「お兄ちゃんは黙ってて! ルミナにはいっぱいいっぱい助けてもらったの。だから……だから……」


 私は深呼吸をして、まっすぐに金色の目を見つめ返した。


「今度は私がルミナを助けたいの」

長らくお待たせしてしまってすみませんでした。

更新はゆっくりかもしれませんが完結目指して続きを書いていきますので、またおつきあいいただけたら嬉しいです。

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