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1 プロローグ

 高校最後の夏休みが始まる。

 学校から寮へ帰る道すがら、ギラギラした刺さるような日差しの中をよたよたと歩いていた私は、熱でゆらゆらと揺れるアスファルトをげんなりと見つめた。

 暑い。ものすごく暑い。

 距離的には大して離れていないにもかかわらず、ちょっと外に出て歩いただけで汗がしたたり落ちる。

 明日から夏休みという、そんな夏の暑い日。


 三年前のある日から、私は夏休みが嫌いだ。

 次の日から休みに入る終業式の教室の浮ついた空気とか、楽しそうに夏休みの予定を話すクラスの子たちを見てると気分が沈んでくる。

 寮暮らしをしている私からしてみたら、長期の休みは友達がみんな実家に帰ってしまうからちょっと寂しい。


 今年も勉強を理由に寮に残ることを決めているけど、ひと月ちょっともある夏休みの予定は全くといっていいほどない。

 今年もぼっちかーと内心嘆いた時、全身の毛が逆立つような感覚を覚えて立ち止まった。


 ――――――何か、いる。


 人よりも霊感が強い私は、幼い頃から幽霊とか精霊といった人には見ることができないものを見ることができた。それが良いものか悪いものかは感覚でしかわからないけど、この身の毛もよだつような感覚は十中八九悪いもののような気がしてならない。

 逃げろ! って本能が警告してくるけど、威圧感のようなものに足がすくんで動くことができない。

 あんなに蒸し暑いと感じていたはずなのに、今は悪寒すら感じるほどに寒い。寒いのに、にじみ出る脂汗を止めることはできなくて、自然と息が荒くなる。


 やだ、なにこれ。


 視線だけを巡らせると、不自然に揺れる白い人影を捉えてしまった。

 まずいと思った時には、その白い影はまるで瞬間移動をしたかのように私のすぐ側まで来ていた。

 目をそらさなきゃと思っているのに、どういうわけか目をそらせない。

 何度となく経験した金縛りに似ているけど、霊の放つ存在感は浮幽霊のそれとは比べ物にならないくらい強くて、体が否応にもなく委縮してしまう。


 目と鼻の先で揺れる白い陽炎のような人影に顔らしきものは見当たらない。

 けれど、私にははっきりと聞こえた。


 ――――ミ・ィ・ツ・ケ・タ――――


 白い人影が私の肩に触れた瞬間、酷い眩暈に体がぐらりと傾く。

 固く目をつむって衝撃に備えると、急にふわりと浮かぶような感覚を覚えた。

 けれどそれも一瞬のことで、すぐに重力が戻ってくる。

 傾いた体はそのまま柔らかい草の上に倒れた。

 ありえない感覚に、私は身を強張らせる。

 おかしい。

 だって、今まで自分が立っていたのは固いアスファルトの上だったはず。

 一体何が、とまだくらくらする頭を二、三度振って意識をしっかり保つと、上半身を起こしながら固く閉じた目をゆっくりと開いた。

 まず目に入ったのが踝ほどまで伸びた草。

さっきまであんなに眩しかったのに、照りつけるような太陽はどこへ行ってしまったのか辺りはほんのり薄暗い。

それもそのはず、私は周囲を高い木で囲まれた森のようなところに立っていた。


「え……」


 さっきとは違う意味で一気に血の気が引いていく。


「ここ……どこ……」


 街の喧騒はまったく聞こえない。代わりに聞こえるのは、木々が風に揺れてざわめく音とどこかで鳴いている虫の声だけ。

 見たこともない景色に、頭の中が真っ白になる。

 一体何が起こったの……?

 行き場のない手で自分を抱きしめるように抱え込んで震える。

 とりあえず、理解を遥かに超えた出来事が起きたということだけはわかった。


 気づけば、眩暈がする前まで感じていた白い影の気配が消えていた。

 一瞬で場所でも移動したんだろうか。

 そんなことありえないとわかってはいるけど、夢にしては妙にリアルだ。

 やっぱり夢でも見ているのかなと思って自分を抱きしめる二の腕に爪を立ててみたものの、無情にも痛みは感じるようだ。


 ああ、もう……訳がわからないよ……。

 お父さん、お母さん、お兄ちゃん……。


 じんわりと目頭が熱くなって視界が歪む。

 ぽろりと零れ落ちると、堰を切ったように次から次に涙が溢れてきて頬を滑り落ちた。

 もう限界だった。

 薄暗い森の中で、気づけば私は声を上げて泣いていた。

 泣いて、泣いて、泣いて……憔悴のままに意識を手放した。

読んでいただいてありがとうございます。

今日から始めていきたいと思っています。どうぞよろしくお願いします。

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