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英雄達の夜  作者: 黒衣エネ
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黒騎士カル


俺は知らない場所に居た。


荒野だ、視界の範囲内に何も見えやしない。まばらに木が生え、ぽつぽつと草むらがある程度だ。当然、動物の姿もない。


今立っている場所は、土がしっかり踏み固められ、大きな石も邪魔な木も生えていない、でも舗装もされていない、かろうじで道路と言える場所だ。こんな場所、余程の田舎じゃない限り無いだろうし、少なくとも国内にこんな場所がある訳が無い。

途上国によくある光景だ。


身に着けている物を確認する。

普段のスーツにシャツ、持っていたカバンやスマートフォン、今日着ていたもの、先程まで持っていた物と何も変わらない。スマートフォンは圏外になっている他には、特に異常は見当たらない。


俺は仕事の帰りだった。

決して良い労働環境では無いが、それでも時々は時間通りに帰れる仕事。今日はその時々の日だった。

会社を出て、最初の横断歩道へと向かったのまでは覚えている。その先は、すでに気付いたらここに居た。強いて言えば、最後に真っ白な光で目が眩んだ、そんな記憶があるような気がする。



「ははぁ、成程な。」


自分でも阿保らしい考えだと思ったが、同時にそれが正しいと感じた。

こう言う状況に似たものを知っている、実際は『読んだことがある』と言えば言いだろうか。


「なんて言ったっけ、確か異世界転移だったか?」


最近よく聞くライトノベル作品のジャンルだ。確か似たような導入のノベルをどこかで見たような気がする。俺が置かれている状況は、それに近いと思う。


普通なら俺自身が『妄想』の一言で片付けていただろう。でも、状況が『妄想』と言う考えを否定している。


第一に、俺はそこそこ地理に詳しい。でもこんな場所は見たことも聞いたことも無い。当然、外国でも写真で見る程度だ。そして、外国に移動した(もしくはさせられた)ことも無い。俺が数時間ずっと気絶していたなら話は別だがな。それでも周囲にタイヤ痕のい一つも何かを引きずった跡も無いのは怪しい。


第二に、俺の持ち物や服装に一切変化が無い。スーツは汚れた形跡も無ければ、財布や腕時計等の貴重品もそのままある。当然怪我も無いし、体調も至って普通だ。何より、スマホの時計は俺が最後に確認してから精々十数分程度しか時間が進んでない。スマホが壊れたのなら話は別だが、これは腕時計も同じだ。この二つだけピンポイントで壊れたと言うのは考えづらい。


反論材料を用意する程、現在の状況の異様さばかりが出て来る。結論付けるのは早いと思うが、恐らく俺のカンは、そう間違っていないだろう。


「自分がいざその立場になったとなると、ちょっと微妙だな。」


体調はいたって普通だ。その手お決まりのように、俺は空を飛べるようにもなっていなければ、怪力になった訳でもない(近くにあった岩は持ち上げられなかった)。ましてや摩訶不思議な能力も何も得ていないし、当然火を吐くことも出来ない、いつも通りの自分だ。


まぁ、現実は上手く行かないと言うことだな。


「さて、どうするかな。」


このままじっとしている訳にもいかない。現状色々な問題があるし、内心目が回りそうだが、今は後回しだ。奇怪なことになったが、完全に流されたり受け入れたりする程、出来の良い人間じゃ無いんでね、最優先すべきは食料か。そして誰か話の通じる『何者か』に会うことだな。




――――――――――――――――――



時計で確認した所、約1時間程歩いた頃だろうか。既に日は落ちているが、遠くに灯りを感じた、それも複数だ。


恐らく、この先に村か何かがあるのだろう。まるでRPGの『最初の村』だな。話が上手く出来ていて、若干不安になる。それでも見つけたのだから、取り合えず行ってみないとな。何より今食べ物も水も無い。こんな状況で何時までも彷徨ってたら直ぐに野垂れ死ぬだろう。


これはゲームじゃない、死ぬ時は死ぬだろうし、コンテニューなんて物も無い。そして当然、俺は簡単に諦める気は無いし、1時間を無駄にする気は無い。時間を無駄にしないのがサラリーマンってものだ。


今はあの灯りを目指さなければ。




――――――――――――――――



「ってのが今までの経緯です、にわかに信じがたいでしょうが。」


「はぁ、成程。でもまぁ異世界のモノを召喚する『召喚魔法』なんてものがありますし、あたしの世界では決してあり得ないことでは無いですよ。あたしは見たこと無いですけど。」


そして、現在に至る。

灯りを目指した場所にあったのは襲撃を受ける村、血生臭い戦場だった。俺はちょうど襲われている場面に出くわし、巻き込まれたと言うことだな。


そして同時に確信が持てた。ここはやはり『異世界』だ。

何故なら、村を襲ったならず者の戦士達は人型ではあったものの、土気色の肌に造作の大きな眼鼻を持つ背は低いがガッチリした体格の何かだったのだから。俺と同じ人間でないのは確かだし、化け物と言っていいだろう。それでも人に近かったから、ぐちゃぐちゃになった死体を見て吐き散らかしたけどな。


そして村人や化け物、騎士達の衣服や装備、家に至るまで、中世やファンタジーもののそれなのだ。映画のセットにしては使い込まれているし、何より特有の生活感を感じる。


「それにしても、最初に知り合いになったのが、カルさんでよかったですよ。」


「あ~確かに、聖騎士団に絡まれたら厄介でしょうし、この辺りは蛮族も少なくないですからね。」


そして今俺は、ある少女と街道(曰く『リュオン街道』と言うらしい)を歩いている。


それは先程まで(とは言えもう巻き込まれてから数時間以上経っているが)襲撃者の化け物を特大剣で挽肉いしていた黒い鎧の戦士、名前をカルと言うらしい少女だ。傭兵を生業にしてると言う。


結果的に俺を助けてくれ、俺に最初に話しかけてくれた人だ。グロ画像製造機だったから少し心配だったが、話してみると少なくとも悪い人間には見えない(敵と戦うのは仕事だし仕方ない、そうだよな?)。


「今は何処に向かっているんです?」


「仮説拠点ですよ。そこで報酬を受け取ったら、契約終了です。」


そして、話していて気付いたことがある。

俺とカルさんは問題無く意思の疎通が出来ているし、他の戦士や村の人の言葉を理解できる。勿論俺は元々の世界の言葉、俺で言うなら『日本語』で話している。その一方で、うろ覚えだがあの化け物の喋っていることは分からなかった。何か叫んでいたのは理解出来たけど。

そして言葉は伝わるが文字、つまり漢字や平仮名は通用しなかったし、カルさんは初めて見る文字だと言った。


つまり、会話のみ通じるらしい(この世界の交易共通語と言うもので俺は話している、そうカルさんは言った)。あるいはこれが俺に『与えられた能力』なのか。まぁ、会話出来るとならファンタジーでも何でも良い、有効に使わせて貰おう。



そうしている内に、仮設拠点に付いたようで、カルさんは誰かと話して、何かが入った布の袋を受け取っていた。


「それは?」


「今回の報酬です。金貨20枚と銀貨4枚、まぁ相場でしょうか。」


この世界の通貨は簡単な細工が施された金、銀、銅の硬貨らしい。その価値は分からないが、命を張った仕事で果たして割に合う報酬なのだろうか。


ちなみに俺は今、カルさんが燃えた民家からかろうじで見つけた茶色のローブのような衣服を羽織っている。曰く、スーツは悪目立ちしかねないから、だそうだ。確かに、この世界には無さそうなものだからな。

でも、焼け落ちたとは言えこれは所謂盗品だ。それを平気でする辺り、彼女も荒っぽい職業で生計を立てているだけあると思う。傭兵にとっては普通のことなんだろうが。


「おーいカル隊長、祝宴には参加するんで?」


「いえいえ、あたしは今からすぐデュボールに向けて発ちますんで。」


「そりゃ残念だ。気をつけてな!」


カルさんは傭兵に手を振りながら言うと、今度はこっちに向き直る。


「そう言えばまだ名前を聞いてませんでしたね。」


「ああ、済まない。」


そうだ、色々あって忘れていたが、恩人に名乗らないのは失礼だ。


「俺は佐藤 実、こちらで言う商人みたいな仕事をしています。」


「ミノルさんですか。で、私はこれからデュボールって私の故郷の国に向かうんですが…」


仕事がひと段落したのだろうか、彼女は故郷へ帰るらしい。


「このまま放って置くのは寝覚めも悪いんで、帰る方法を探すの手伝いますよ。デュボールにそれなりのアテはあるんで。ああ、あたしは仕事しながらなんで、それでも良いならですけど。」


おお、これが渡りに船か。俺の運もまだ捨てたものじゃあ無いらしい。


「済みません、まだ何も分からなくて困っていたので助かります。」


二つ返事で了承。当然だ、これはまたと無い幸運だろう。運よく助けてくれる人に出会えるとは!

見たことあるライトノベルでも半分くらい序盤は酷い境遇だったぞ。


「さて、じゃあ出発しますか。」


カルさんはあの挽肉製造機の特大剣の背中に背負い、カバンを肩にかけて出発の準備は終わったようだ。


…所で、俺は一つ聞きたいことがあるんだが。


「そう言えば、そのデュボール国まではどの程度かかるんですか?」


「まず歩いて1日で港に着きますんで、そこから船で5日ですかね。」


「あ、はい。」


ああ、どうやら別の意味でひ弱な現代人にはキツイ試練が待っているようだ。

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