狂戦士
戦場では多くの命がまるで塵芥のように消えてゆく。
そこでは、老いも若いも、男も女も関係無い。ただ死が有った。
ただただ、数多の死がそびえた。
戦いには理由がある、そうであるべきだった。死にも理由がある、意味がある、そうであるべきだ。
戦いとは、そういう意志のぶつかり合うことだと思っていた。ある意味それは正しいのかもしれない。
でも、本当にそれを目の当たりにしたなら、そうは思えない。
こうしている間にも、また一つと命が消えゆく。濃い血の匂いと肉の焦げた香りが、周囲を満たし、嫌でも俺を現実に引き戻す。これが戦いなのだと。まるで大量消費されるかの如く、摩耗してゆく人命。
こんな世界は望んでいない。
希望が欲しい、こんなどうしようもない状況を覆す何かが必要だ。
こう言う時に駆け付け、全てを終わらせる者、『英雄』だ。来なくてはならなかった。
俺にそれは与えられなかった、結局幻想のように上手くは行かないのだ。
幻想は幻想でしかない。
もうすぐそこまで戦火が迫っていた。ここに到達するのも時間の問題か。
逃げる人々が、それとは逆に前へと進む戦士達が、まるで映画や漫画のように見えた。
前に『敵』らしい軍勢が現れる。もう、これで終わりだ。
そう思った時だった。
「早く下がってください、増援部隊、到着しました。」
そんな声が耳元で聞こえ、その後方で鬨の声が上がった。少女の声だ、しかもかなり若い。
それを認識出来たのと同時に、俺の視界に黒い小柄な影が飛び込んだ。
肉を裂き、骨を断つ湿った音。いや、それは正確ではない。
横に振られたそれは騎士の鎧ごと胴を両断しつつ薙ぎ払い、上段から振り下ろされた渾身の一撃は頭蓋骨を粉々にして潰した。血は霧となって周囲を汚した。
誰かが、戦っている。先程の声の主だ。
敵の胴を鈍く輝く刀身が貫き、引き裂いた。それを振るう小柄な騎士の身長より大きく、馬鹿馬鹿しい程、重厚で肉厚な刀身は数多の傷が残っている。
それは巨大な剣だった。それを騎士は両手で、時には片手で軽々と古い、次々に戦士を物言わぬ肉塊に変えていった。噴き出す返り血が、その頬と髪を濡らす。
黒い、擦れてボロボロなマントが、騎士の動きに従い、踊るように揺れる。黒革と焼き付いたように黒い金属で出来た鎧は重厚で、その脚が大地を踏みしめる度に音を鳴らした。
後方から現れた戦士達が次々に戦列に加わり、徐々に『敵』を押し返し始めた。
でも、俺は最初の声の主から目が離せなかった。
それは騎士と言うには余りに乱暴だった。
重厚な特大剣は一撃目で相手の盾を弾き飛ばし、二撃目でその身体を潰した。返す刃で後方から飛び掛かる戦士の顔面に鎧小手に包まれた拳を叩き込み歯と鼻をへし折り、刃が袈裟斬りにして肉体を二つにした。後ずさる敵に蹴りを入れ、倒れた相手に刃を突き立てた。
その度に、特大剣は血に濡れてゆく。
そして、射られた矢が遂にその左肩を射抜く。
ビクン、と少し身体を振るわせたが、直ぐにその矢を肩口から引き抜く。血が滴り、染みを作る。
騎士は腰から手斧を抜くと、力任せにそれを射手目掛けて投擲する。
特大剣を振るう膂力から繰り出されたそれは、標的の頭をザクロのようにカチ割り、二度と弓を引くことは無かった。
気付けば『敵』はもう居なかった。
増援達が押し返し、勝利をもぎ取ったのだ。
でも俺にはそれが正しいことなのか分からない。いや、状況すらよく理解していない。
俺は、今ありのままに起こったことしか知らない。
「痛っ…やれやれ、返し付きの矢なんて持ち出すなんて、肩口が抉られたじゃないですか。」
また声がした、最初に耳元で聞こえた、あの声だ。
「あれ、さっきの変わった服の人じゃないですか。非戦闘員は退避指示をしたんですがねぇ?」
黒い直毛の髪はショートボブで、目は大きく愛嬌のある顔立ちだった。小柄で、俺より頭一つ分以上小さい。それは少女だった、それも年齢にして12~13歳程の見た目の。
「うーん、見かけない服ですし、旅人ですかね。それとも神官様ですか。まぁ、どちらにしても蛮族の襲撃に巻き込まれるなんて、災難でしたねぇ。」
顔立ちによく似合う、愛嬌のある笑顔。それが血に濡れていなければだが。
身に纏うのは黒革と金属の鎧、黒い外套、無骨で傷だらけの特大剣。
そう、先程まで戦っていた騎士はこの少女だった。相手を無慈悲に残虐に引き裂いた張本人だ。
「ああ、あたしはカル、この蛮族の襲撃に対して雇われた傭兵です。何かの間違いか、増援部隊の隊長を任されましてね。」