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シャロエット


「ここのサラダは絶品なんですよ」



 わたしが連れてこられたのは、ちょっとお洒落な食事処。


 こじんまりとしているが葉や蔓で装飾を作ってある、いかにも菜食主義者向けって感じの店だ。



「は、はあ……」



 いつもはギルド運営の酒場とか、汗臭い冒険者のごったがえす中で食事をごちそうしてもらっているので、こういう店は初めてだった。

 

 冒険者というよりは生産職や、商業やらで生計を立てていそうな人たちが多く見受けられる。


 『姫たるもの常に清潔であるべし』ということで普段から身なりに気を効かせて服もちゃんと綺麗だと思うけど……それでも落ち着かない。



 けれどせっかくの好意だ。


 女の子とギスギスなしで食事するなんて初めての事だけど……ありがたくあやかってしまおう。 


 

「……ありがとう。わたし、サラダが大好きなの」


「はい、もちろんちゃんと把握してます!」


「そうだったの? それも受付嬢さんに聞いたのかしら」


「いえ、ずっとお食事のところを眺めさせてもらっていましたから、把握しています」


「へえ、そうなの――」



 いや、ちょっとまて。


 今、なんて?



「……ずっと?」


「はい。でも驚きました。菜食主義者の方ってお肉は一かけらも食べないものなんですね」


「ええ、わたしも驚いてるわ……」



 目の前の少女はそれが当たり前かのように、にこにこと語る。


 ……ま、まあ、あれだ。


 この子も普段わたしと同じところで食事していて、たまたま毎回時間も被っていたってだけかもしれないし。


 色々とわたしって目立つしね。



 うんうんと一人で納得する。ちょっと流れてくる嫌な汗は気のせいだろう。 


 そんなわたしをよそに、少女は配膳係を呼びつける。



「すみません、マウンテンサラダ二つと……

 

 わたしにはトマトスープ、こちらの方には少し甘めのオニオンスープをお願いします」


「わ、わたしの好みのスープまで知っているのね?」


「はい。……ずっと、見てましたから」



 落ち着けわたし。膝の震えはちょっと肌寒いからだ。


 大丈夫、この子は普通だ。見た目はかわいいし、多分これが普通の女の子の行動ってやつなんだ。


 毎日食事の席が被っていればスープくらい、たまたま覚えてしまうのだろうきっと。


 わたしはこの子の何も知らないけどな!



「ところで、ずっと気になってたんだけどあなたは……わたしとパーティを組んだことがある、とか?」


「いえ、まだ一度も。

 

 でもこれからは一緒……なんでしょうか」


「言い方が悪かったわ。 あなたとわたしって昨夜が初対面よね? だからちょっと不思議で」


「私はずっとあなたを見ていましたが、ああしてお話したのは昨夜が初めてでしたね。恥ずかしいです……」



 怯えるわたしとは正反対に、頬をほんのりと染めて両手で抑える少女は大変にかわいらしい。

 

 でも今のは何の解決にも答えにもなってない。


 一体この子は何者で、何が目的なのか。


 昨夜だけじゃなくそれ以前からわたしを見ているなんて、もしかしてリリーの手下とかじゃ……。


 一応確認。




「ねえ、あなたの名前を教えて?」


「申し遅れました。……私の名前はシャロエット。


 馴れ馴れしくシャロって呼んでください、イブ様」




 シャロエット……うーん、聞いたことがないな。


 大体のSSランクや多少ならSランクの冒険者の名前は憶えていたが、少なくとも自分の知っている範囲にこの名前はいない。


 リリーはプライドが高い奴だ。Sランク以下の冒険者は、例え駒としてでも使う確率は低いだろう。


 それじゃあこの子は本当に一体?



「……ありがとうシャロ。いい名前ね」


「……! あ、ありがとうございます。


 ――イブ様? それで、その、ですね……」



 シャロは急に指をもじもじさせ始める。


 それはさながら恋する乙女のよう。


 ……いや、なんとなーく察していたけどさ。


 もしかして、本当にそういうことなのだろうか?


 かわいすぎる姫ちゃんは同性すらも虜にしてしまうと?

 


「お返事なんですけど、私ももちろんイブ様をお慕いしていると言いますか……その、嬉しかったです」


「あ、えっと、あの、それなんだけど……」



 まずいな。これは……どうすればいいんだ?


 魔女さんからは同性に迫られた時の対処法なんて聞いてない。当たり前だけど珍しい例ということなのだろう。


 男として考えれば、こんなにかわいい子だ。嬉しくないはずはないんだが……。



 ……わたしは今女で、姫ちゃんを目指している。


 特定の相手を作るなんて、しかもそれが同性だなんてもっての他すぎるんじゃないか?



「一目惚れでした。わたし、ずっと、ずっと、ずっと、二十四時間、ずーっと見てきたから昨夜は本当に嬉しかったんです」



 シャロちゃんは何も言えないわたしにぐいぐいと迫ってくる。



「はぁ、はぁ……私、ですね。イブ様のためなら……」


「ちょ、ちょっと」



 近い。めっちゃ近い!

 

 それに先ほどまでと少し違い、息遣いが異様に荒い。


 なに事かと彼女の手元を見てみれば、足でテーブルを乗り上げ向かいにいるわたしの顔へと、自分の顔を近づけてきている。



 まずい、本気で姫ちゃんの低層がピンチだ。

 

 しかも相手が女の子だなんて全く想定していない状況で!



 な、ななななにをされるんだわたしは!


 早く勘違いだって言わなくてはいけないのに、止めなくてはいけないのに……何故か身体が動かない。


 このままじゃ本当に……き、キスとか……!?


 初キスが、美少女の姿で美少女と!?



「あ、あわわわわ……」


 

 目を回しかけているわたしをくすりと笑い、彼女は空いている左手で自分の着ている服の裾をおもむろに握った。

 

 そして――

 


「……はぁ、脱ぎ、ますね……!」


「――へ?」



 ……予想外の方向へ舵を切ったのだった。



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