百合疑惑
「あ……やっと来てくれた。お待ちしておりました、イブ様」
翌日。
徹夜による疲労困憊状態でギルドへと赴いたわたしは、入って早々にフリーズしていた。
「イブ様、朝は少し弱いんですね。
でも安心してください、これからはわたしがしっかりと起こしに参りますから」
イブ、イブ……間違いなくわたしの名前だ。
だとしたら、目の前にいる少女は間違いなくわたしに話しかけていることになる。
どこかうっとりとした表情、わたしより一回りも小柄な体躯で覗き込むようにみつめてくるこの少女は、間違いなく昨晩の痴女だった。
「あ、あなた……」
少女を指さす手がわなわなと震える。
いやだって、昨日あんなことがあった今日で……しかもなぜか自分の名前を知られている。
わたしはこの少女について痴女ということ以外何も情報を持ち得ない。もちろん名前も知らない。
今まで組んできたパーティにも、こんな子はいなかったと思うんだが……。
落ち着くんだわたし。極めて冷静に。
「……どうして名前を知ってるの?」
「それはもちろん、受付嬢さんに聞きました」
「そう。じゃあ、わたしとこれまでに会ったことは?」
「何言ってるんですか? 昨夜湯舟であんなに情熱的に、私に好意を向けてくださったのに」
「……え?」
何も分からない。
昨夜の会話の中身なんてほとんどなかったはずだ。
話したことと言えば……顔が赤いとか月が綺麗とか、そのくらい。
好意だとかそういう話、初対面の相手とするわけがない。
「あの、それって勘違いじゃ――」
「でも、昨晩はやり過ぎでしたね。すみません」
わたしの言葉を遮って少女は頭を下げる。
「いきなり裸のお付き合いを迫るだなんて、私ったらはしたなくて……」
「ええと、それもそうなんだけど、そもそも――」
「いいえ! きちんとお返事をお返ししてから、そういうことはするべきだと反省したんです!」
「お返事ってなに!?」
「でも、ここは人目に付きますから……」
なんだかとんでもない話になっている気がしなくもなくて、わたしは思考が段々とマヒしてくる。
それになにより、いきなり大きな声を出すものだから周囲がざわめき始めた。人目に付くのは君のせいだぞ。
「なんだ? なんかただならぬ雰囲気だな……」
「裸って聞こえたわよ? 最近の子は進んでるねぇ」
「若いって~、いいですね~」
……注目されるのはいつものことだけど、今は普段とは色々と違う意味で危険だ。
どうしてくれるのかと少女を見れば、頬を薄く染めてそわそわしているのだった。
どうしよう、こんな状況をどうにかする術なんて教わってないぞ……!?
と、わたしが目を回していると少女は意を決したように――
「イブ様。ご朝食はまだ済ませていませんよね?」
「え? ええ、まだだけど……」
「私、いいところを知ってるんです」
「え、ちょっと!」
「大丈夫です! もちろんわたしが出しますから!」
わたしの言葉を少女は遮って、きらきらとした瞳で手を取ったかと思えば急いで駆け出す。
手を引かれてしまってはわたしも付いて行くほかない。
もちろんこれが怪しい男なら話は別だったが、今はなぜか無理に振り払う気にはなれず。
相手がかわいい女の子だからなのかなと思うと……姫ちゃんであるわたしも、まだまだ徹し切れていないなあなんて思うのだった。