お姫様はお大事に
不安は的中した。
向かったのはEランク向けの、洞窟ダンジョン。
わたしは今ただ一人……そんな薄暗い洞窟の大部屋にぽつんと取り残されている。
「うそでしょ……」
周りには、Dランクの魔物『ウェアウルフ』が3匹。
一人杖を握りしめて呆然としているわたしを睨みながら舌なめずりをしていた。
……最初は順調だった。
『わたし、魔物さんがかわいそうで攻撃なんてできないの……』と言ってみたら二つ返事で了承、最後列で回復だけしてくれていればいいとのことだった。
お言葉に甘えて甘えまくっていたが、別に彼らの戦力には何ら問題はなかった。
さすがDランク、格下のダンジョンなんてサクサクですねなんて褒めれば舞い上がっている様子が手に取るように分かるくらいだ。
わたしの回復すらほとんどいらないくらい、ダメージも負わなかった。
だからこのまま初ダンジョンは楽して攻略かなあなんて思っていたのだが……。
……問題はしばらく後。
この大部屋にたどり着いた時だった。
「わあ~、みて! ひろ~い!」
彼らの前を出て、一目散にダンジョンの中央へ向かったわたし。
このウェアウルフはそうしてからすぐに影から現れた。
こいつらは姑息な魔物で、こういった広い場所の陰に潜伏して獲物を囲えるチャンスを待つ。わたしはもちろん知っている。
だがこいつらはちょっと周囲にいるやつより強いだけ。Dランクで、群れてはいるが魔法も使わないし大したことがない。
だから平気だと思った。しかし男どもは腰が引けている。
「わあ、怖い! みんな早くやっつけちゃって~!」
本当に怖がってるのか怪しく思えるくらい、ノリノリで演出を楽しんでいたわたし。
これも魔女さんから教わった姫ちゃんの心得。
『姫たるもの、一度はドジを踏んでみるべし』。
ただついていくだけじゃない、ピンチの場面を作ってそこをあえて男から助け出させることで自信を持たせろという意味だった。
とはいえ、いきなりボス級にそんなことをするにはリスクが高い。
だからわたしは彼らと同ランクの、そこらの雑魚よりは強いがほどほどに弱い魔物を選びこの場面を作ったつもり――だった。
「ちょ、ちょっとみんな……?」
しかし男どもは皆腰が引けていた。
顔が引きつっていて、構える武器は震えている。
まさか、と思った。
一人ならともかくDランクの冒険者は今ここに三人もいる。何も問題はなく姫ちゃんを救うことができるはずだ。
しかし。
「ごめん、イブちゃん……」
リーダーの白髪が口を開く。その声も震えていた。
もう嫌な予感しかしていないわたしに向かって、彼は背を向け堂々と答えた。
「僕はね――――格下しか、相手に出来ないんだ」
「……魔物よ。襲うなら彼女だけにするんだ。絶対にこっちにくるな」
「男より女のが肉柔らかくておいしいっすから!」
開いた口が塞がらない。え、ここで諦めるの?
捨て台詞はそれだけだった。それだけ言うと、一目散に……。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――そして今に至る。
「グォォォォォォ!!」
ウルフのうち一匹が吠える。もうすぐ飛び掛かってやるぞという合図だった。
しかしわたしにはどうでもよかった。別に、こんなよわっちい魔物は恐怖でも何でもない。
今動けないのは、どうしようもなく呆れているからだ。
だって、そこそこいい歳のDランク冒険者が三人……揃いも揃って、雑魚から女の子一人救えないなんて。
いや、まだ救おうという意思があったのなら良かった。あいつら置いていったんだぞ。
何もせず、ごめん無理! って、自分からパーティに誘った新参の女の子を……姫ちゃんを、心配する素振りすら見せず……。
「……ばっかみたい」
どうやらわたしは間違えてしまったようだ。
いくら剣聖と称えられようと、人の目を見る力が無いのはリリーの時から同じ。
人を平気で捨てられる人間にばかり出会ってしまうのは、因縁か何かなのか。
「許さないぞ、あいつら……」
わたしは握っていた杖をへし折った。
べきっというその音が合図だったかのように、あるいはわたしが戦意喪失したと勘違いしたようにウルフたちが飛び掛かってくる。
「うるさい」
それを折った杖の先で一閃し、的確に急所をついて仕留る。
ほら、こんなに弱いじゃないか。
全く、出会ったばかりとはいえこんなやつら以下と思われていたなんて……めちゃくちゃ悔しいに決まってる。
わたしにもっと魅力があれば違ったのだろうか。
やっぱり、姫ちゃんとしての力不足だというのだろうか……。
(いいさ、それなら見せてやる。恐ろしい姫ちゃんの力をな……)
血濡れのウルフ三匹を手に、わたしは彼らの逃げた後を追う。
姫ちゃんをその気にさせてに恥をかかせたこと、ちゃーんと分からせてやろうじゃないか!
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「こわかったよぉ~! ばかばか!」
一人で戻った冒険者ギルドで、待機していた彼らの前でわたしは泣いた。
めっちゃ泣いた。
人目も憚らず、移動しようと言われようが頑なにその場で泣き続けた。
「ごめんイブちゃん、僕たちもつい出来心で……」
「どうせわたしのことなんて、最初から魔物の餌だと思ってたんだ……」
彼らが何と言い訳しようとただ臆病だという以外に何もないので、基本聞く耳は持たない。
そして泣き続ける……なるべく周囲にその様子が伝わるように、大げさに。
「イブちゃんよ。すまなかった、私は助けを呼ぼうと……」
「うそうそ! わたしに餌になれって言ってたじゃない!」
「あっ」
あっ、じゃねえぞハゲ。
「なんだなんだ、何の騒ぎだ?」
「あんなかわいい子を泣かせてるぞ」
「みて、あの子血だらけ! それに置いてかれたって……」
「餌とも聞こえたぞ。まさかとは思うが……」
肩を震わせる私の周りには、次々と部外者たちが集まってきてくれる。
何人も集まってくるたびに、私はひたすら同じ言葉で繰り返し彼らを責め続けた。
何度も何度も泣いて。
何度も何度も繰り返して、そして――――。
「すまなかった!! パーティメンバーを見捨てるなんてどうかしていた!!
……何でもするから許してほしい!!」
「……本当?」
……ようやく、これ以上自分たちの醜態を周囲にさらされ続けるのが苦になった白髪がそう口にする。
その言葉を待っていたんだよ、リーダーさん。
私は心の中でにやりと笑い、高らかに勝利宣言をする。
馬鹿め。かわいい女の子を見捨てておいて、ただで済むと思うんじゃない。
「……い、イブちゃん? なんで笑って……」
姫ちゃんに涙を流させる者に容赦なし。
魔女さんから教わった、美少女最強の武器は……涙だ。
「じゃあわたし――美味しい食事と新しい杖とたくさんの薬草に香草、いいお宿の宿泊代とそれに、なぁーんでも言うこと聞いてくれるパーティが……欲しいなぁ!」
わたしの知ってる姫ちゃんてやつは、どいつもこいつもとびっきり恐ろしいんだ。