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うわさの新参冒険者


「すみません、登録をお願いしたいんですけど……」


 翌朝。

 慣れないことをした疲れからかお昼時に起きる大寝坊をかましたわたしは、食事も忘れて一直線にギルドへと向かっていた。


 宿代を貰ってるとはいえそう多くはない。姫ちゃんとして生きるって言ったって……あまりうかうかしていると万一の時に危ないのだ。

 見慣れたギルドの扉を叩いた新人冒険者のわたしは、なるべく慣れない様子で受付嬢を呼ぶ。


「はあい~? あらあら、かわいい子ですねえ~」


 現れたのはこれまでで一度も見たことのない、ふわふわとした雰囲気の人だった。

 一年寝込んでいたのだから人の入れ替えくらいあるのだろう。


 そういえば、受付嬢って若い子ばかり採ってるな。やっぱり疲れた冒険者にはかわいい女の子なんだろうか。

 なんて考えているうちに、受付嬢さんはにこにこと微笑んで、


「それで~? ご用件は~?」

「あ、その……冒険者として登録したいんです」

「ぼ……ほえ~!?」


 言うや否や、わざとらしいくらいあざとく高い声を上げられる。

 何を驚くことがあるのだろう。冒険者の登録はそう珍しいことでもないと思うんだけど。


「あの、何か問題が?」

「あらあら~、ごめんなさい~。てっきり私たちと同じ受付嬢志望の子だと思って~」

「は、はぁ」

「でも冒険者なんて~。あなたみたいなかわいい子には~、ちょっともったいないですね~」


 なるほど、そういう事か。

 今までは男だったからそういう誘いは無かったけど。今のわたしって美少女だもんな。身なりもいいし、冒険者志望には見えにくい。


 しかし目的はリリーを超える本物の姫ちゃんだ。

 わたしは迷いなく、冒険者志望の旨を再度伝える。



「わたし、こう見えてもちょっと強いんです。だからどこまでいけるかやってみたくて」

「なるほど~。うんうん~、若いうちは何事も挑戦ですからね~」



 その言葉を使うにはあんたもまだ若すぎると思うが……。

 けどまあ、ふわふわ受付嬢――もとい、ふわ嬢は納得してくれたようだ。

 カウンターまで案内され、そこから契約書となる一枚の魔法紙とインクとペンを取り出し、並べられる。


 契約書自体は簡単なものだ。名前の記入と簡単な同意文にチェックを付けて、最後は指にインクを付けて判を押す。

 ぱぱぱっと済ませて紙を返した。


「あらら、早いんですね~。ええっと~……『イブ』さんというんですね~」


 ほわ嬢の確認に、笑顔で返す。

 『イブ』――なんの間違いもない。魔女さんがわたしにつけた、この姿の自分の名前だ。

 元の名前じゃ男っぽすぎるからな。なるべくかわいらしい名前をということで、名付け親はもちろん魔女さん。


「それじゃあ次は~――」


 わたしは続けて、自分の役職・職業・戦闘経験などを記入していった。

 もちろん戦闘経験に関してはデタラメだ。か弱い姫ちゃんはスライムすら殺せない。


 うんうん、いいじゃないか。中々無意識レベルで姫ちゃんとしての心得が浸透している。

 この調子なら何の問題もなく登録は済むだろう。


 さて、これが終わったらいよいよパーティ漁りか――。

 ……と、呑気に構えていると。



「では~、最後にランクの測定をしますね~」

「ヴぇ」


 いかん、変な声が出た。


「……ん~? 大丈夫ですか~?」

「ああ! いえ、ちょっと呪文の練習を! わたしったらもう~!」

「あらら~。勉強熱心さんですね~」


 しまった! すっかり忘れていた、今日最初の難関といえばそこだったのに!

 冒険者の登録時に行われる、最初のランク測定……!


 これで高い数値を出したからと言ってすぐに上のランクになれるわけではない。特に最初の測定は単なる目安だ。

 しかし今の自分は、この姿であってもそこら辺の冒険者より実力は上。


 なんの対策も無しに挑んでしまえば明らかに初心者に不釣り合いな結果が出てきて……このほわ嬢のことだ。ほえ~! とか叫んで悪い意味で周囲の注目を集めてしまうだろう。

 周囲の冒険者に自分なんかよりこいつはよっぽど強いなんて思われてしまったら、駆け出しの姫ちゃんの真似なんかできない。


 こいつ本当は強い癖に『わたしスライムも倒せないの~!』とか馬鹿にしてるのかと思われても仕方ない。

 何としてでも誤魔化して測定を回避しなくてはいけない。でも、どうすれば――


「はあい~、それじゃあちょっとチクっとしますね~」

「え?」

「はい~、チク~」


 チク。

 回避する術を考える時間なんて与えてくれない。まだ腕を差し出してもいないのにこのほわ嬢、わざわざ身を乗り出してきて勝手に注射器を腕にチク。


 ど、

 どどどどどどどどどどどど、どうしよう!?

 取られちゃったよ! わたしの血液! ばれちゃう! ばれちゃうから! いきなりハードモード!

 魔女さんにもこんなことでダメでしたなんて言ったら何飲まされるか分からないぞわたし!?


「それじゃあ~。これを測定器に入れて~。

 はい、すぐに結果がここに浮かんできますからね~」


 魔法が込められた水入りの鍋の様なものに採取した血液を流しながら、ふわ嬢は結果を読み上げようとする。

 まずい、ここから先は本当に思い描いた通りのバッドエンドだ!

 わたしの必死な思いも無視して、無慈悲に水の上に測定値が表示されていく。



 筋力、A。

 魔力、B。

 速力、B。

 盾力、C。

 剣術、A――――――


「ほ……?」


 次々と表示される、とても初心者とは思えないランクの羅列。

 ほわ嬢の表情が固まる。無理もない。


 Cを取るだけでもそこそこのベテラン扱いなのに、エリートクラスのBやらトップレベルのA……幸いだいぶ落とされたようで剣術はSSから落ちていたようだが、それでもおかしいことに変わりはない。


 そして、次にこの女がどういった行動に出るかはもう想像がついていた。

 絶対にこいつ『ほわ~~~~!! ばけものですう~~~!!』とか叫ぶぞ!!


 時既に遅しに思われるが……いや、だがわたしはここで諦めない!! 諦めたら死ぬと思え!!

 ぐっと拳に力を入れる。こうなったら――





「ほわ~~~~!! ば――――」

「――――言わせるかぁっ!!!!」





 瞬間、轟音。

 さながら小さい爆弾が爆発したかのような耳をつんざく音と共に火花が散り、鍋が水をひっくりかえしながら宙を舞う。

 水は地へと零れ落ちる前に全て蒸発し、薄い水煙となって周囲を覆った。



「な、なんだぁ!?」

「敵襲か!?」

「爆発!? なんでギルドで!?」

「おい、誰か倒れてるぞ!」



 突然の出来事に、もちろんギルド内は大荒れ。

 屈強な冒険者たちが次々に剣や杖を抜く音。周囲を警戒し、気の弱い駆け出しはギルドを飛び出して行く音がする。

 やがて水煙が晴れて周囲の状況が明らかになると、

 


「大変だ! 受付のお嬢ちゃんととんでもねぇ美人が倒れてる!!」

「なに!? 美人!?」

「美人だと!?」

「かわいこちゃんはどこにいる!」



 男たちはこぞって私たちの元へと駆け付けてきたらしい。

 爆発を確認した後地面に伏して目を閉じていた私は、そのうちの一人に抱き起こされた。


 ようやく自分の目で周囲を確認して、ほわ嬢が目を回して気絶している様子を確認する。

 ……そして私は満足げに笑みを浮かべた。



 ――――計画通り。



 Dクラス魔法、水爆弾。

 小さな鍋に入っている程度の水なら簡易的な爆発を起こすことができる。


 威力も殺傷力も極端に低く、用途としては音で魔物を驚かせたり煙幕替わりといったものだが……今回はこの上なく役に立ってくれた。


 ほわ嬢も突然の爆発と音に驚いて気を失っているだけで、全くの無事だ。ついでに測定の記憶も飛んでくれたら万歳といったところだが、望み過ぎだな。


「きみ、大丈夫か?」


 倒れたフリはやめて自分の力で立ち上がったわたしに、一人の男が声を掛けてくる。

 ちょうどいい。これを利用してこの場を抜け出すことにしよう。


「今のでちょっとけがをしちゃったかもしれないの……いたっ!」

「それは大変だ! すぐに薬草を……おいお前、この子の看病を手伝ってくれ」

「はい! うわっかわいい子っすね」


 見えないように爪でひっかいて出来た適当な傷を見せると、男は思う通りに動いてくれた。


 呼ばれた男はどうやらパーティメンバーのようだ。二人に肩を借りる形で、私は一旦受付周りを離れることに成功する。


 

 こうして、かなり強引だが窮地は突破した。

 ランクについては後に再検査を求められるだろうが、爆発事故がトラウマになっていると告げれば勝手に想定最低ランク(F)で登録してくれるだろう。

 

 ただまあ、ほわ嬢には申し訳ないことをしたし何かしらの形でお詫びしないとな……。


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