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いつもと違う見慣れた街


「おい、あんな美人この街にいたか……!?」

「異国の貴族とかじゃねえの?」

「俺、ちょっと声かけてくるわ!」


 俺――わたしは今、街を歩いている。


 昼の陽に照らされた町は早朝に止んだ雨の雫が所々でキラキラと光り、冒険者たちが行き来する商店区域の舗装路を美しく飾っていた。

 ここは間違いなくわたしが今まで何度も見てきた、見慣れてきたはずの街だ。しかし今は不思議と、何もかもが違って見えている。


「あの――」

「……ごめんなさい。ちょっと急いでるの」


 駆け出しの冒険者だろう。まだ新しい皮の防具を身に着けている青年が肩に置いた手を、軽くぱしりと払う。

 アフターケアが大事。魔女さんの言葉を思い返しながら、足を止めて青年に振り返り微笑む。



「また今度、ね?」

「は、――――い」


 自分でも笑ってしまうほどわざとらしい動作。しかしそんなものでも、美少女がやるのであれば話は全く違うのだと思い知らされた。


 青年は顔を真っ赤にしてふらふらと道の端にずれていく。……今ここにいる誰もが、そうしているように。

 それを確認してまたゆっくりと歩きだす。なるべく自然に内股に、魔女さんから教わった通りに。


(……これで6人目か)


 戻っていった青年をちらりと見れば、興奮した様子で仲間らしき男たちに何かを話していた。

 これで6人目。言うまでもなく、街に入ってから声を掛けてきた男のカウントだ。

 

 目覚めてから一週間。

 身体の方はすっかり痛みも引いて、しっかりと歩けるまでに馴染んでいる。


 未だに鏡を見ると自分のあまりの美少女っぷりに違和感を覚えてしまうほどだが、これも徐々に慣れてくるのだろう。それはまるで、自分の手足をごく自然に扱えるように。


「君! ちょっと……」


 7人目の声だ。今度は目の前に飛び出してきたので、最初から足を止めざるをえなくなる。

 青年と同じように断ろうか一瞬逡巡する。


 飛び出してきた男はそこそこ傷の付いた鋼の防具と、立派な槌を背負っていた。それで納得。わたしの次の台詞は決定される。



「どうかな、一緒に飯とか――」

「ええ、よろこんで」

「ほ、本当!? よっしゃ!!」



 二つ返事で承諾。

 青年との違いは金を持っているかどうか……自分の時間を少しでも割くに値するかどうか。


 全く、自分で自分の性格の変貌っぷりに涙が出る。

 人を値踏みするなんて。ああ。そうだ、これも全部――――


「でも、気を付けてね? ――わたし、菜食主義者だから」


 あの魔女さんってやつの仕業なんだ。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 それは遡ること一週間前。

 わたしがまだ『俺』だった時の話だ。


「それじゃあ今日から、君を姫にするためボク自ら指導してあげようか」


 俺が自分の現状を理解した直後、突如「姫になれ」と言い放った魔女さん。

 そうだ。一年間眠っていたせいで記憶が麻痺していたかもしれない。この人はもともと、こういう人だったのだ。


 「姫ちゃん」なんてまだ一般に浸透されていない単語とその意味を俺に教えた人物……その等身大の意味そのもの。

 この人は姫ちゃんだった。今も少女にしか見えない目の前の少女は、俺と出会うまで姫ちゃんとして生きてきた人間なのだ。


(どうして思い出せなかったんだ……)


 魔女さんがこんなところに一人で住んでいる理由の一つは、最後に所属したパーティで大きなトラブルがあったらしいから。

 表に堂々と顔を出しにくくなったらしいという最もな理由……しかし魔女さんはリリーとは異なるタイプの姫ちゃんで、その在り方は同じように見えても違っていた。


 彼女はパーティをクラッシュさせず、そこで過ごしている間は一切の争いも生まず平和に過ごしてきたという。

 次に移る時はきちんと整理をつけてから円満に渡ってきたらしいのだ。結局、最後はトラブルになってしまっているが……。


 何はともあれ、そんな彼女から見たら今の俺はリリーに復讐する絶好の機会を手に入れているらしい。

 それもリリーが最も屈辱を受ける方向で、決して肉体的に直接傷付けることなく精神的に。


「どうしても、それしかないのか……?」

「今の君が堂々と街で生きるにはね」


 さも当然のことを話すかのように、魔女さんは続ける


「身体ごと作り替えられた以上、剣聖だった君の身体能力は著しく落ちている。


 無論、それでもそこらの冒険者では到底君に適わないくらいの力はあるだろうけどね」


「それなら普通に冒険者になってもいいんじゃ?」

「甘い。君の美貌は武器になるが、それは強すぎるせいで弱点にもなる。

 ……白魔導士たちも馬鹿ではない。いずれ君の事を、姿は変わってもかつてのアダムだと見抜く時が来るだろう」


 まさか。と思ったが……なるほど確かに、ありえない話ではない。

 あいつらはSSランク。これからもパーティ活動を続ける中で、何か特殊な魔法とかなんやらで俺の正体を見破る可能性もゼロではない。

 ましてやこうも目立つ容姿だ。俺だと分からなくても、少しでも目立てばチェックされるだろうな……。



「つまりだ。君にはいざというとき君の手足となり命を懸けて君を守ってくれる『従者』が必要なんだよ」

「いやいや、姿は変わっても俺にだって人の心はある。そんな……人を駒みたいに扱ったらあいつと同じじゃないか」


「君は馬鹿だ。あれは到底、姫ちゃんと呼ぶに相応しくない。あれのせいで『姫』という存在そのものの品格が下げられてると言っても過言じゃない。

 ボクはね、ああいう甘ったれが姫ちゃんを演じていることそのものが許せないのさ」


 魔女さんはいつもと変わらないトーンで、しかし俺には確実に怒っている様子が伺えた。

 

「姫は自分のグループを大切にするべきなんだ。それが失敗して――壊れてしまっても、まあそこは仕方ないだろう。

 けどね、君のように……自分の思うように動かない仲間を死という形で片付けようとするようなのは、ダメだ。それは違う」


「魔女さん……」

「アダム。これはね、ボクの願いでもあるんだ。

 君には正しい姫となってもらって、いつかその力で彼女に思い知らせてやってほしい。本物の姫の在り方というやつをね」


 それは今の魔女さんにはもう出来ないこと。

 大きな失敗をしたからこそ、彼女は相応しくないものを認められないのだろう。

 その気持ちは分からなくもないんだが……。



「……いやでも、俺にはやっぱり」

「いいのかい? ボクは君の命の恩人だぞ」

「あれ、そういう脅し方するの!?」


 そこを突かれたら断れることは何もない。何度危ない所を救ってもらった事か、魔女さんがいなければ今のこのやり取りだって存在しない。

 

「……分かった。自信はないけど、やれるだけやってみるよ」

「その言葉を最初から待っていた。全く、時間の無駄だったね」



 魔女さんは満足そうに頷く。

 最初から反応を見越して、誘導尋問のように俺からその一言を引き出させるつもりだったのだろう。


 全く、この人にはまだ適わないな……。




「それじゃあ、今から君を姫にするための訓練を始める。

 そうだね、みっちり一週間……歩き方話し方食事の仕方人への媚び方選び方。

 キツいかもしれないけど、しっかりと叩き込むように――」



 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




「……ふぅ」


 一日の終わり。駆け出しのころ以来の、安宿の一室。

 辺りはすっかり夜で、少し遅いダンジョン帰りの冒険者たちのどんちゃん騒ぎが部屋まで聞こえてくる時間。


 わたしは魔女さんの小屋より少しだけ綺麗なベッドに横になって、今日の行いを振り返る。

 魔女さんからみっちりと姫のなんたるかを叩き込まれて……初めて街に出た日。

 思っていた以上に自分が注目されるので焦ったが、訓練通りに上手く振舞えた方だとは思う。

 

『時間を割く男はきちんと選ぶこと――』


 魔女さんの言葉だ。誰にでもほいほいとついて行ってしまえば危険な目に合うかもしれない。

 わたしはリリーみたいに身体を使い穢れた方法は取るつもりはないし、何より時間がもったいない。


 更に、『あいつはどんなやつにでもついて行く』と安い少女に見られ、自分の価値を下げることに近づく。

 だから誘いは選ぶべき。姫たるもの、常に余裕の態度であれ。


「だからって、もう少しあっても……」


 魔女さんの言うことは分かっていたが、やはりきつい。

 わたしは自分の懐事情の心配をしている。魔女さんはしばらく過ごせるだけの最低限の宿代だけ持たせて、わたしを街へと放ったのだ。


 姫たるもの、食事や備品は従者で補うべき。

 つまり男の誘いに乗って、食事や必要なものの買い出しは済ませるべきだという。


 確かに、今日は充分な食事……野菜のみだけど……と、薬草や甘い香りのする香草、石鹸なんかを全て買ってもらえた。


「でも、本番は明日からか……」


 そう、本番は明日。

 ギルドに新参冒険者として登録し、お金のため、姫ちゃんになるための行動を本格的に動かなくてはならない。


 わたしは今の身体でも他の冒険者より充分に強いらしいけど、剣を使うことは禁止された。

 新参がそんな強さを見せつけたらリリーたちに一直線に狙われる可能性がある。だから実力はひた隠し、か弱い白魔導士の少女としてやっていくしかない。


 姫ちゃんの真髄が求められるのはそこだ……うまくか弱い少女を演じ切らなければ……。

 

 ああだこうだと考えているうちに、自然と意識は暗闇に落ちる。


 この先わたしは――憎き姫ちゃんとして、うまくやっていけるだろうか……。 


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