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ある日目が覚めたら美少女になっていた。


「ああ、やっとお目覚めか」


 身体の節々が痛む。

 一つ一つは大きな痛みではないが、それはずっと眠っていたらしい意識を目覚めさせるには充分だった。

 それは少し強い筋肉痛のような痛み方。それが首から足の指の先まで、全身くまなく感じられる。

 

「俺……死んだのか」

「縁起でもないこと言ってるんじゃないよ。心臓・老衰・呪いでなければ、このボクに不可能なんてない」


 聞き覚えのあるハスキーボイス。

 霞む視界が晴れてきて、やっと周囲が確認できる。


 自分が横になっているベッドは白く清潔そうだが、所々に小さな血痕が見られた。俺が生きているのだとしたら、これは俺が汚したものだろう。

 ベッドを支える床は軋んだ音がしていて、部屋の中は古い木の匂いを誤魔化すように花で作った香が炊かれていた。


 ベッド近くで本を片手に紅茶を啜っている、身に纏っている白衣の白さに負けないくらい雪のように白い髪と、紅い瞳を持つ少女を見やる。


「おはよう魔女さん。俺のこと、助けてくれたんだな」


 彼女は魔女さん。

 国の中心である都市から外れた森の中に、嵐で崩れないのが不思議なくらいボロボロな小屋に好んで住んでいる『医学者』の少女だ。


 駆け出しのころに偶然ダンジョンで出会った彼女の手助けをした以来の付き合いで、俺限定という条件で何度も怪我の世話になっている。 

 ここで目を覚ましたということは彼女が救ってくれたということに他ならないだろう。

 最後の記憶は、大量の魔物が襲い掛かってきたところで途切れている。


「……しかし、よく分かったな」

「なに、君のいる場所はいつでも特定できる。身体の中に特製の魔石を埋め込んであるからね」

「は!?」

「冗談だ。ふふ」


 いたずらっぽく笑うが、彼女の眼は全く笑っていない。

 驚こうが笑おうが、ハイライトの死んでいる彼女の表情をうまく読み取ることは難しい。


「あの白魔導士たちとあまりうまくやれていると思えなかったからね。薬草の採取ついでに、気まぐれに見に行っただけさ」

「それは随分と運が良かったんだな俺……おかげで助かったよ、ありがとう」


「もちろんタダではないよ。また今度、被検体になってもらうからね」

「お手柔らかに……」



 自然と俺にも笑みが零れる。俺のいたダンジョンの階層に、薬草なんて一本も生えていない。照れ屋というかなんというか……彼女はそういう子なのだ。

 被検体というのも冗談だろう。冗談だよな。冗談であってほしい。


 ……以前飲まされた試薬のおかげで三日三晩酔っぱらい続けていた時の記憶がよみがえって、膝が自然とガクガク震える。



「ところで、なんだが」

「は、はひ!」

「大丈夫、まだ飲ませないよ。そうじゃなくて……何か、違和感に気付かないかい?」



 違和感?

 何だろう。身体は痛むがしっかりと動くし、少し頭が痛いくらいだ。しかしそのくらいでは、違和感というほどでもないだろう。

 しかし魔女さんはそれを聞くと、



「ああ、やっぱり痛むんだね。まあ無理もない」

「どういうことだ?」

「説明するよりまず、自分の目で確かめてもらった方がいいだろう。そこに鏡がある」


 そういって、部屋の隅にある長方形の大きな鏡を指さす。


「顔に傷でも残ってるのか……?」


 頬をさすって確かめながら、俺はベッドから立ち上がろうとして――バランスを崩し、こけた。

 確かに違和感がある。自分の身体なのに、何だかうまく歩けない。


 それに、肌も妙にさらさらしている。手触りが良すぎる。

 端的に言って、自分の身体じゃないような、そんな――。

 ふらふらとしながら、やっとの思いで鏡の傍まで歩き出した俺に魔女さんから声がかかる。



「なんというか……落ち着くんだよ」

「?」


 もしかして、本当は四肢が取れてしまっていて誰かの手足を移植したとかいうんじゃないだろうな。


 さすがに冗談だが、この身体の違和感は明らかにおかしい。一つ違和感を感じてしまえば、それはいくつも頭に浮かんできて……。

 そしてその正体を確かめるべく鏡の前に立った時、俺は信じられないものを目にした。





「――――――――――――は?」





 そこには、俺が映っていなかった。

 鏡が機能していないんじゃない。わなわなと動かした手足に追従するそれは間違いなく鏡で、しかしそこにいたのは俺ではない誰か。


 そこそこな胸。

 すらっと長く、白く細い手足。

 練り上げたシルクのように輝く、白い肌。

 腰まで届く髪の毛は一筋の乱れもなくカールされた、蝋燭の光に照らされて湧く輝く、深いブラウン。

 パッチリと完璧な透き通るような蒼の瞳は、大海原というより大空を連想させる。

 身体とは関係ないが、そんな抜群の容姿にマッチする白いフリル付きのワンピース。


 ……こんな状況でなければ別の意味で息を呑むほどの、完璧な美少女。

 誤解がないように言うが、俺の性別は決して女ではない。しっかりと付いているし、ムキムキではないが剣聖としてそこそこ鍛えた体を持つ、れっきとした男――のはずだった。


「俺だ、これ……」

「ああ、紛れもなく君だ」

「まさか別の身体に俺の魂を移したんですか!!?」


 何てことないように告げる魔女さんを振り返り、俺は思い切り叫ぶ。


「君は馬鹿ではないはずだ。さすがの私でも、そんな芸当はできない」

「じゃあどうして!!」

「まあ、落ち着くんだ。無理もないけどね。でもまずは、それがきちんと君の身体であることを認識することさ」


 それは分かっていた。何度鏡で確認してもその通りだし、見覚えのない身体にはきちんと痛覚が通っている。

 どういう訳か知らないが、俺は今間違いなく絶世の美少女だった。


「私が駆け付けた時から既に、ね」

「な、なにが原因で……」

「呪いだ」


 医学専門の少女はきっぱりとそう言い放った。

 

「……なんて?」

「呪いだ。これほど強力なものはまあ、あの白魔導士たちではなく魔物のものだろうが」


 それでも、やはりあの出来事が……リリーたちが原因であることにほとんど変わりはない。

 というか、呪いってなんだ? 呪いで身体が女の子になるとか、そんなものは聞いたことがない。

 

「ボクもこんな摩訶不思議な呪いを見るのは初めてだ。だが性質は分かった。古い文献だが、過去に一度だけ似たようなものがある」


 持っていた本をペラペラとめくり、魔女さんはそのうちの1ページを俺に見せる。

 

「これだよ。少なくとも三百年以上昔に。

 牛肉・豚肉・鶏肉・羊肉・魔物肉・腐肉――とのかく肉類であればどんなものでも口にしてしまうと、身体も顔つきも男性のものになってしまう少女の記述だ」

「に、肉……?」


 本に書かれていた文字は古く長く、俺では上手く解読はできなかった。

 しかしそこに載っている挿絵と魔女さんの説明で大体の理解はできる。本当に、過去に存在した呪いだったんだ。

 でも、肉を食べると性別が変わるなんてデタラメな……。

 

「……女の子が男になるなんて、ある意味俺より悲惨かもな」

「まあ、そうだろうね」

「どうにかならないのか? 解呪の魔法とか……」


「呪いというのは強力だ。ましてやそれが個人の在り方そのものを変えてしまうのであれば、現代の解呪魔法なんて効くとは思えない」

「……」



 がっくりと肩を落とす。

 それもそうだ。魔法に比べて、呪いというのは扱いが難しい分非常に効果が高い。

 人間が扱うのは危険で、人を攻撃するのであれば魔法の方がずっとずっと効率が良いくらいに。


 ということは、なんだ。

 俺はまさか今日からいきなり、女の子として生活しろっていうのだろうか?


 ……確かに容姿は悪くない。可愛い女の子になれるなんて男なら一度は考えるかもしれない。

 だけどこれはそんな単純には考えられなかった。だって、下手したら一生俺はもう男に戻れなくて……。



「しかし、方法が無いでもないらしい」

「え?」


「そこに書いてあるだろう。少女は肉を口にして男となったが、薬草や野菜……つまり、植物類であれば何でも。

 それらを口にすることで、男性から女性の姿へと戻ることができた」

「早く言ってくれ!」



 なんだ、そんな単純なことで戻れるんじゃないか!

 話を聞くや否や俺は急いで食物棚へ駆け出し――数歩で転んだ。

 おのれこの、まともに歩く事さえ難しい身体め!



「落ち着け。そもそも私は菜食主義者だ。うちに肉はない」


 そんな俺の有様を見て魔女さんは小さくため息をついた。

 俺は涙目になって魔女さんを縋るように見つめる。この身体では肉を買ってくることなんて出来ない。狩りだって難しそうだ。

 頼るしかなかった、この菜食主義者に。



「まあ、仮に肉が今ここに存在していたとして……まだ君はそれを試すべきではないとボクは思うけどね」

「いやいや、一刻も早く戻りたいんだが」


「そろそろ冷静になることだね。身体つきそのものを変化させるということがどういうことか、そんな楽なものじゃないよ」

「……というと?」

「君は自分がどのくらい寝込んでいたか覚えているかい?」


 少し考える。覚えてはいないが……悪くて数日といったとこだろうか。

 しかし魔女さんはすぐに首を横に振って、


「あの日から丁度数えて一年だ。全く、本当に死んでなくて良かったよ」




「…………え?」

「驚くのも無理はない。そして君の身体は、一年かけてその姿に適合していったんだ」


 一年も気を失ったままなんて、にわかには信じ難い。だが魔女さんは至って本気のトーンで、目で、そう語った。

 それを疑う術を俺は持たない。


 魔女さんは続ける。


「様々な薬草を混ぜた薬を与え続けて懸命に治療に励んで、すると君の身体はみるみるうちに回復してね。

 ただ不思議なことに、骨までもがその身体に適合するかのように縮んでいった。


 あれだけの大怪我を負っていながら皮膚が綺麗なままなのも、薬草だけの効果とは到底思えない。

 君の身体は初めからそうだったかのように、傷一つ残すことなく今の君を造り上げた。一年という長い時間をかけて」


 そうか……そうだったんだ。

 身体が男から女になる。女装とか、そういうレベルじゃなくて性別・身体そのものを作り替える……。

 冷静に考えてみれば、それが簡単に行われるはずがないのだ。


「じゃあ、俺は……」

「なに、一生そのままということはないだろう。

 ただし、今はダメだ。やっと適合して目覚めた身体をまた戻そうなんて負荷が大きすぎる。そうだね……」


 怪我が完全に回復して、そして身体をうまく動かせるようになって……それから一年以上の時を経てから試すべきだ、と魔女さんは言った。


 それは短いようで、気の遠くなるかのような話。

 つまり俺はそれだけの期間、この少女の姿であり続けなければいけないということ。

 ……より落ち込んだ素振りを見せる俺をよそに、魔女さんはいたずらっぽい笑みを口元に浮かべる。相変わらず目は笑っていない。


「だがまあ、今の君には好都合だとボクは思うけどね」

「どう都合がいいんだよ!」


「なに、つい最近街で聞いたんだ。君を嵌めた白魔導士とその仲間たちはまだ君が生きているんじゃないかと警戒している」

「な……」


「もっとも、君はもうとっくに死んだことになっているのだけどね。彼女は思っていたより慎重な性格らしい」

「情報量が多くてどこからつっこめばいいのか分からないな……」


 ふらふらとした足取りでベッドへ戻り、仰向けに思い切りダイブする。

 ぽふ、と心配なくらい軽い音を立てるベッド。確かにこれは俺の身体じゃない。俺は今、死んでいるも同然だ。


「だからこそ好都合なんだ。今君が男に……元の姿に戻れたとして、街に戻ってもすぐに彼女とその手下に捕らえられるだろう」

「俺、そんなに嫌われてたのか……」


「君の仲間に本当のことを知られたくないのだろうね。事故死ということになっているんだから」

「仲間か……あいつら元気になったのかなあ」


 浮かぶのは当時療養中だった二人の少女。今は無事に活動できているのだろうか。

 リリーが動いているということはパーティは別になっているのだろう。何もされてないといいけど……。

 そんな俺の思いはよそに、魔女さんは続ける。



「ほとんど奇跡と偶然の賜物だが、ボクは今の状況がチャンスだと思っているんだ」

「チャンス?」


「幸い、今の君の安否も呪いの事も知るのは私一人しかいない。街に今の君が出て行っても何をしても……全くの別人と認識されることになる」

「それって……」

「そして、今の君は悔しいが絶世の美少女だ。やり方次第では、生きることに全く苦労はしないだろう。つまり――」


 

 俺は恐る恐ると上半身を起こす。

 座っていたはずの魔女さんはいつの間にはすぐ俺の眼前にいて、そして、にやりと。

 とても気味の悪い笑みを、相変わらず口元だけに浮かべていて。



「一番屈辱的な復讐のチャンスさ。――君はこれから君を殺した『姫ちゃん』として、生きるんだ」



 ああ、こういう人だったと。

 俺は一年前の記憶の中に置いてきてしまっていた魔女さんの本性を、今更ながらに思い出すのだった。



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