窓辺のジョシュア
窓辺から、一筋の光が降りてきていた。
ジョシュアは、自分のせいで、誕生日会が台無しになってしまったと想って、深くまくらに顔をうずめた。
一筋の光は、またたきが、部屋に入ってくる星の光と同じ明るさだった。
ジョシュアは自分がいつも人とちがうことや、仲のいい仲間たちともどこか違っていることを、
やっぱり否定できない気持ちがした。
「ぼくなんか、生まれてこなければよかった」
そうジョシュアがつぶやくと、窓の外の星がまたたいた。
ジョシュアは自分がみじめで、どうしようもなく、ベッドの枕元においてあるきこりの首フリ人形をみつめながら想った。
「ぼくは、なんて、まぬけで臆病で、それにどうしたって自分のことを好きになれやしない。きっとママンだってぼくのことは、居ないときの方がホッとしているに違いない。まるで、この人形のアホでまぬけな顔みたいだ。けど、この人形は、なんぼかマシだな。ベッドのまくらもとにただすわっているだけで、誰にも迷惑かけていない。いや、こいつが座っていてくれるだけで、ぼくはちょっとおちついたりもする。こんなアホでマヌケづらしたやつだって、誰かの役にたって、誰かのためになったりしているっていうのに、ぼくときたら、今日も」
そういいかけて、涙がわいてでてきた。あんまりにも自分がみじめに思えて、なさけなくてどうしようもなくなってしまった。涙をこぼそうにも、どこにむかって泣いたらいいのかわからなかった。自分なんて、消えてしまいたいと想った。
「この先だって、うまくいきっこない。ぼくは、バカで、誰一人幸せにできない、大ばか者の役立たずだ。向かいのカブイさんの犬だって、大きくてむっくりしているけれども、よく頭をなでられて褒められている。ぼくときたら、このところずっと失敗続きばっかりだ。そんなんじゃ、犬より価値がないみたいじゃないか。」
ジョシュアは涙をふいた。あとからあとからこぼれていた涙も、やがて止まり少し泣きつかれてぼんやり窓の外をみた。真っ暗で漆黒の空に吸い込まれているように、星たちがちりばめられている。ジョシュアがぼんやり窓の外を眺めていると、ドアがあいて、ママが入ってきた。ママはだまって、彼のすわっているベッドに一緒に腰をかけると、静かに口をひらいた。
「ジョシュ、今日は、災難だったわね。」
暗闇にとけるように、優しくママは言った。ジョシュアはママを振り返って、じっと見つめた。
暗い部屋の中で、ママの瞳をさぐるように、じっとみつめると、少しずつ重い口をひらいた。
「ママ、ごめんなさい。ぼく。アデムおばさんの靴にカニをいれたのは、ぼくじゃないんだよ。ただ、ちょっと水槽をのぞいていたら、ふたを閉めていなくて、そのまま、カニを逃がしちゃったみたいで。きづいたら、おばさんの靴に入っちゃってたんだ。ぼく、あんなにおばさんが、怒ると思わなくて、ぼく」
ママはゆっくり、ジョシュアの耳元の髪の毛にふれた。
「そうね。ジョシュ、あなたが悪かったなんて、ママ思ってないわ」
「本当?」
ええ、とママはうなづいた。そして、重い口をひらくかのように、少し吐息がもれた。
「ジョシュ、あのね、あなたが悪かったなんて思ってないけれど、ママは、あなたにどういったらいいか」
ゆっくり息をすって言葉を選ぶようにいった。
「あなたは、何かあるたびに、そうやって、自分のカラに逃げ込んでしまうクセがあるでしょう。
あなたが悪いんじゃないと、思っているわ。今日のこともそう。けれど、何かあるたびに、あなたはいつも自分で傷つかないようにして、部屋に篭って、カラにこもってしまうでしょう。ママはそれがとても、心配なのよ」
「けど、ママ、ぼくの話をきいて」
ジョシュアは、ママが自分のことでくたびれてしまわないように一生懸命に話そうとした。
「あのね、おばさんだって、悪いんだよ。このカニは誰がやったの?誰が水槽からだしたの?
なんて言うから、みんなぼくの方をみて、水槽をいじっていたのがぼくだとしっかり決め付けてるみたいに、ジロジロ見ちゃってさ。だから、水槽をいじっていたのはぼくだから、手をあげたら、おばさんがすごい剣幕で、ぼくのところへやってきて、こういったんだ。
『あなたみたいな性悪な子は、初めてみましたよ!』って。
ほくが、カニを出したと思って、そういったんだ。勝手にきめつけてひどいよ」
怒りのあまり興奮してそういうと、ママは少しためいきをつくようにして、こういった。
「あなたは、その後、そこにあった料理のお皿をひっくり返して、二階に上がっていったのよね?」
ジョシュアはヤバイという顔をしたが、何も言わなかった。
「誰も、あなたを責めてなかったのよ。おばさんは、ああ見えて興奮しやすい人だから、ついそんな言葉が口からでちゃったのよ。けれど、他のだれかあなたを責めた人はいた?」
ジョシュアはだまって首をふった。
「けど、みんなぼくのこと、好奇心の目でみていたよ。まるで、イタズラした子供をみるみたいにさ!」
ジョシュアは悔しくて、あの時自分をみていた人たちの顔が一人一人よみがえってきた。
「アレンおばさんは、どう?」
そう聞かれ、ジョシュアは見まわした人たちの顔の中にあった、アレンおばさんを思い出そうとした。
「アレンおばさんは、そういう目でぼくをみていなかった。」
「どんな目だったの?」
「ちょっと、寂しそうなかんじかも」
すると、ママは、ゆっくり口をひらいた。
「あなたが、怒ってひっくり返したお料理、あれは誰がつくったかわかる?」
ぼくは首をふった。ママはうなづくと、ゆっくり続けた。
「あれはね、アレンおばさんが、ギシュアおじさんのためにと作ったお料理だったの。おじさんは、体を悪くしてからみんなと同じ料理が食べられないから、特別にとおばさんが作ったお料理だったのよ。それをあなたは、何も言わずに、怒ってそのまま二階に上がっちゃったのよね」
ジョシュアは、恥ずかしさで、胸がギュッとしめつけられる感じがした。
怒りのあまり、まわりが見えなくなって、こんなパーティどうだっていいや!というきもちがして、その場にあった皿をテーブルからはじき飛ばして、走って二階の部屋にかけこんだのだった。ジョシュアは、はじめて自分の怒り以外のものを感じた。心が恥ずかしさでいっぱいになってしまった。
「アレンおばさんは?どうしてた?」
ママは首をふると、
「アレンおばさんは、あの通りの人だから。そのまま、料理をかたづけて、何もいわずに、ニコニコしていたわ。あなたのことを責めなかったし、きっとあなたを愛しているのね」
ジョシュアは、恥ずかしくて消えてしまいたくなった。
「けど、あの時、アレンおばさんが作ったってことも、そんな料理だってこと知らなかったし、わかっていたら、やらなかったよ!いっといて、くれたら、そんなことしなかったのに」
と自分の恥ずかしさを知られたくなくて、謝るどころか、心の隅から湧いて出る言葉をならべた。ママは、まっすぐにそんなジョシュアをみつめると、こういった。
「あなたは、自分にしたことがわかっているの?
あなたみたいに、自分の過ちから逃げて、目の前にある大事なことから隠れるように生きている子は、ママの子じゃありません。はずかしいと思いなさい」
そういうと、だまって部屋を出て行ってしまった。
ジョシュアはいつも、どんなときも優しく温かいまなざしをくれたママが、冷めてこおりついたような顔で、ぼくをみつめた目をみて、何もいえなくなって心臓がドキドキなった。
「ママが、本気で怒ってしまった。
ぼくは、これから、どうしたらいいんだろう」
部屋の中がしんと、静かになってしまった。ママがでていった後の部屋で、自分の心臓の音だけがしていた。
「ママは、ぼくがあんまりグズでわからずやだから、嫌になったのかもしれない」
ママを怒らせたことはいままでもあったけれど、こんな風に、冷たい顔をして部屋をでていったことなんてないから、ジョシュアはどうしていいかわからなくなった。
ママに嫌われたかもしれないと思った。けれど、それをどうしていいのかわからなかった。
「あやまったって、もうママはぼくの嫌いになっちゃったのかもしれない」
そう考えたら、寂しくて、だんだん体が冷たくなってくるようだった。
「ぼくは、本当にいけない子だ。
ちゃんと謝っておけばよかった。アレンおばさんもぼくのことを大事にしてくれるっていうのに、ぼくは、自分のことばっかりだし、なにをやっても、みんなに迷惑をかけるし、なんて、ダメな子なんだろう」
悲しかったのに、涙もでなかった。それよりも、どこかに消えてしまいたいと思った。
「ぼくのことを知っている人がいないところへいって、消えてしまいたい」
そうジョシュアは思った。
星が空でまたたいていた。ジョシュアは、眠くないとおもっていたのに、
ベッドの背もたれにもたれかかっているうちに、だんだんと眠くなってきてしまった。
そして、いつのまにか、ベッドで寝入ってしまった。
カーテンのあいた窓から差し込む月夜の明かりは、ベッドで眠るジョシュアをくるみこんでいた。
青白い明かりの中で、ジョシュアはひざをかかえながら、すやすやと寝息をたてている。
ふと、白いレースのカーテンが、ふわりと、かろやかに踊った。
風がどこからともなく吹いてきて、ジョシュアのやわらかい栗毛の前髪をゆらした。
月夜の光にさそわれて、部屋の中は明るくなっていた。
それは月の光が、暗闇と明るさを変わるがわる照らして舞っているようだった。
カーテンがゆれ、ジョシュアのベッドが照らされ、白い壁には、やわらかいスカーフをかけたように、
月の光が、漆黒の闇の中を泳ぎまわっていた。
部屋の中には、月の光の照らされた大きな息吹がゆらめいているようだった。
その闇の中から、ふと鈴が鳴るようにこぼれおちた。
「くすくすくす」
笑い声だった。軽やかで踊るような少女の笑い声。
「ここにいるのは、誰かしら」
少女は、楽しんでいるようだった。弾む声が部屋の中をかけめぐった。
「どんな、子供がいるのかしら。くすくす。まあ、やわらかそうなピーナッツクリームみたいな髪だわ」
くすくすと笑いながら言った。部屋の中では風が舞っていた。
ジョシュアは栗毛の髪が風にゆれるのを感じて、目をさました。
月の明かりが、部屋に差し込んでいて、青い草原の中にいるようだった。
ふと、風が踊っている中で、レースのカーテンが、ふわりとゆらめいた。
すると、カーテンの中から、真っ白い服をきた少女が現れた。
ジョシュアは、驚いたが、その少女が満面の笑みでこちらをみているのをみて
怖くなくなった。
「ねえ、あなたのお部屋なの?」
少女は、たずねた。
「そうだよ。ぼくの部屋さ」
あら、そうなの。と少女はいった。
月の明かりを背にうけて、自分に笑いかけている顔は、あどけなかった。
「きみは、どこからやってきたの?どうして窓からやってきたの?」
ジョシュアは、こんな子、近くに住んでいたかなと考えながら、言った。
すると、少女は、くすくすと笑いながら答えた。
「わたしは、メイサ。あなたのお家の近くには住んでいないわよ!」
そういって笑った。
ジョシュアは、自分の考えていることが、相手にも伝わったと思ってびっくりした。
「きみ、ぼくの考えていることがわかるのかい?」
少女は、にっこりして片目をつぶった。
「どこからやってきたの?どうしてここにいるんだい?」
少女は、窓辺から降りて、部屋のじゅうたんをはだしの足でふみながら、こうこたえた。
「わたしはね、遠い雪の街からやってきたのよ。風さんと一緒にやってきたの。」
そういうと、ふわりと飛び上がった。
「へえ!きみはすごいね。そんなことができるんだね」
ジョシュアが、目を丸くすると、メイサは笑った。
「山を越えたところから、明かりが見えたから、やってきたのよ」
そういうと、部屋の中をくるくると舞った。
「ここはぼくの家だもの。ぼくの家の明かりがみえたのかい?」
メイサは、言った。
「あなた、なんて名前?どうしてここにいるの?」
「ぼくは、ジョシュアさ。スクールの一年生だよ。ここは、ぼくの部屋だからさ」
おかしな子だなと、ジョシュアは思った。
メイサは、くすくすと笑って、言った。
「あなたも、おかしな人よ。そんなことよりも、こんなところにいるよりも、出かけましょうよ」
メイサは、ほらというように、手をさしだした。
「え、どこに出かけるっていうんだい?もうこんなに夜が遅いのに」
メイサは、とんでもないというふうに言った。
「こんなに月の綺麗な夜に、出かけないなんて、どうかしてるわ」
「だって、ぼくが部屋を抜け出したりしたら、ママが心配するかもしれないもの」
「ママって、だあれ?あなたのお母さん?」
「そうさ、ぼくのママさ。ぼくのことを大切に思ってくれる人さ」
そう言ってから、さっきママと喧嘩したことを思い出して、気持ちが暗くなった。
ママは、ぼくのこと、もう知らないのだろうか。
そんなことを思ったら、もっと気持ちが沈んでしまった。
そんな様子をみていたメイサが、ジョシュアの手を取っていった。
「ねえ、楽しいこと考えましょう!あなたもきっとわかるはずだわ。あなたが幸せになる素敵な場所があるはずよ」
そういうと、ベッドから立たせてくれた。
「ねえ、あなたのことジョシュってよんでいい?」
ジョシュアは、うなづいた。ジョシュと呼ぶのはママも同じだなと思った。
メイサはウインクすると、用意はいい?ときいた。
ジョシュアは
「待って。やっぱりどうかしてるよ。ママにちゃんと言わなきゃ。それにぼくさっき、ママと喧嘩しちゃって」
そういうと、ジョシュアの目から涙がたくさんこぼれおちた。
メイサはそれをみて
「なんて、綺麗なの。あなたの瞳からたくさんのきらきらした宝石がおちてきてるわ」
そういって、くるくる回った。
「ぼく、悲しいんだよ。ママを怒らせちゃって。もうぼくのこと愛してくれないのかなって思って」
メイサは、ぴたりと踊るのをやめて向き直った。
「ねえ、あなた誤解してるわよ!愛してくれないだなんて。きっとママはあなたを愛してるわよ」
「そうかな。ママすごく怒って、出ていっちゃったんだもの」
「あなたが、意気地がないからよ!弱虫なひとは、あたしも嫌いよ」
「ぼくって、そんなに弱虫かなあ」
「ええそうよ!だって、いまだってそうやって自分のカラにこもってるじゃない」
「だって、それは大きなショックなことがあったりすると、いつもするんだよ。ぼくは、人とちがってすぐに気持ちが整理できないから」
ジョシュアは、うつむいた。
「ねえ、あなたっていつもそうなの?わたしの国じゃ、あなたは、みんなの笑いものになっちゃうわよ」
「そんなの。いまだって笑いものさ」
声がちいさくなった。
メイサは、やれやれとでもいうように、
「あなたは、本当に意気地がないみたいね。本当はいけないことだけど、あなたの力になるわ!」
「力って、どんなの?」
「あなたを、わたしの国に招待するのよ」
そういって、メイサはウィンクした。ジョシュアはわけがわからないという顔をして、どぎまぎした。
「どこへいくの?」
「行ってからのお楽しみよ!きっと気に入るわ!」
「けど、ぼく、ママに言ってないし。こんな格好だし」
と自分のパジャマを指差した。
メイサは、笑っていった。
「あら、いま外に出たってたいして変わりないわよ。それに、ママは寝てるわ!」
ジョシュアは、ちょっとふくれて言った。
「きみみたいな子、おてんばって言うんだよ」
メイサは、にっこりうなづいた。
「あなたの力になるおてんばよ」
そういって、窓に立った。ジョシュアも窓辺にたつとドキドキした。夜中にでかけたりしたら、ママはなんていうかなあ。
そんなことを考えていた。
メイサが、
「あなたも、しつこいわね。ママは寝てるから、わかりっこないわよ。それに、、、」
といいかけて、にっこりした。
「あなたが帰って来るまで、ママは起きないわよ」
そういうと、くすくすと笑って、外へ飛び出した。
夜の闇に足をかけながら、二人は空に舞い上がった。