1億円プレイヤー
ブォンッ
ブォンッ
そのスイングは長距離砲の資質を秘めていただけでなく、積み重ねた研鑽が身を結んだと言えるレベルであった。人の半分は才能と語り、もう半分を努力と語ろう。実際、この両方を兼ね備えるのがどれだけ難しい事だろうか。
そして、それだけでは通じぬ現実がある。
プロに通じる打撃力を持ち合わせても、これがいる世界はプロではない。
「あのっ、野郎……」
独立リーグに所属する荒野静流は、イライラしていた。
習慣となった素振りの数を増やしたくなるほどにだ。
新参監督、それも自分より年下で野球歴も短いという奴に、自分を否定されたからだ。
◇ ◇
フリーのマシン打撃。
バキイイィィッ
軽々とフェンスを越える弾道と飛距離。荒野は典型的なパワーヒッターであり、チームで最も本塁打を放てる選手である。
「どーだ!」
当たれば飛ぶ。足を開くオープンスタンス気味の打撃フォームも固まっている。スイングに関しては、パワー系外国人と遜色なく、誰も文句のつけようがない完璧であった。
それでも
「打率への意識と、球の見極めをしろ。ボールが飛ぶのは知ってるんだよ」
「五月蝿いヤツだな!」
新監督の野際は、ちょっとは褒めて、あとは厳しく言うのである。荒野は”戦わないとする”打者としては間違いなく完成されており、特別スイングに注文なんか言わない。
それでも、打者は投手と向き合うわけで
「緩い球に強いのは、分かってるんだよ。じゃあ、縦カーブやフォークに弱いお前はどーやって、そいつ等を克服する?ボールじゃない事を祈るつもりか!?」
「ぐっ」
得意とする投手がいれば、苦手な投手もいるものだ。
打撃がとにかく好きであり、素振りという地味な積み重ねの基礎すら1人の目標で今日まで続けてきた男だ。意志が強いのは分かっている。
それでも、こうやって地道に。あーだのこーだの。技術を教える事よりも、大切なものを気付かせたい野際の思惑。中々難しい意思疎通であり、言葉ではいけないことだ。
「荒野さんに厳しいなんて、凄いなぁ」
「強欲の塊みたいな人なのにな」
選手達はそれでも互いに譲らないところに、感銘を受ける。
「……もしかすると、荒野の夢を叶えるためかもね」
「え?菊田さん、なんて?」
「別に、何も言っていないさ」
◇ ◇
「んのやろぉ!」
フォークを打てないのは事実だが!打つ技術を教えられねぇのは、馬鹿なんじゃねぇの!言葉にできねぇのか!あいつは!!
ブオォンッ
苦手を知っていながら、得意を続けて自信と傲慢さを養う。努力に不可欠な欲であり、荒々しい雰囲気とは違って努力型の選手である一面。
プシュッ
そんな自主トレをしている間、監督室で一杯酒をかわす、野際と菊田。菊田からの誘いであった。
「荒野への指導の大半が、彼の苦手分野に集中しているのは意図的ですか?」
「ん?」
「元キャプテンとして、気にかかっています。あなたは異色な監督さんですし。俺としても、年下監督は初めてなんで」
年下に加えて、野球の総合力も下ときたものだ。上に立つのは大変であるが、監督の方が選手より働けそうだったらどうする?気にし過ぎてはいけないものだ。
「得意なこと、好きなことばかりじゃないからな。野球で生きていくのはさ」
荒野の実力は当然、認めている。チームの要である事は分かっているが、レベルアップをしなければいけない選手の1人であるのも事実。伸ばしても、維持にしか繫がらない練習など無意味というものであり、本人の逃げを作っているようなもの。
技術を教えられないコーチだと、罵られるかもしれない。だが、野際から見た荒野の実力は
「あいつは当に技術を身につけてるから、教える理由がない。むしろ、打撃フォームとリズムを狂わせる。指導が苦手なとこに集中するのもしょうがない」
「でも実際、フォークのような落ちる球に弱いですけど」
「”実践の打撃”じゃな。どーやったら、ベストのスイングができるかどうかは、荒野はもう分かってる。必要なのはタイミングと同じ」
荒野は基本、速球系を待つ。オーソドックスな意識である。
チェンジアップのような緩い球に強いのは、打撃フォームがキチッと固まっていて、本人が無意識でもわずかな時間力を残して止まり、フルスイングしながらタイミングをアジャストし、捉えるからだ。横に揺れる球ですら、自然に追いかけて捉えるのも、ブレない打撃フォームがあってこそ。
彼の打撃は、すでに完成されている。
「あれだけの打撃力があって、なんでフォーク系の変化に弱いのか……俺にも分からないのが事実なんだ。実際、菊田。お前もそーいう風に思っているだろう?」
「……まぁ、確かに。才能も努力も混ざったスイングをしてます。それでも打てないのはどうかと……」
「”フォーク”だって分かっていれば、そこまで打てないわけじゃない。技術はあるんだ。実践になると、途端に打てなくなる。これは口出しで治るもんじゃない」
「むしろ、それが正解というかベターってヤツですか」
監督、コーチが絶対の神でもない。分からない事は分からないでいいものだ。
酒が入るとついつい余計なことも言いたくなる。
「あいつの経歴を調べたが、シニアでも高校でも強豪校から逃げてきたらしいな」
「らしいですね」
「お山の大将というか、チームで一番だって見せたい選手なのは来てすぐに分かった。実際、それらしい実力がある。人を纏める器はねぇけど」
得意な事に対して、絶対の自信が作っている弊害。過度な練習が作り上げてしまう余計な不安。
負けたくないから、戦わない。そんな意識が荒野の奥底にある。本人に自覚や曝け出すことはないにしろ。努力を使って逃げる、小賢しいこと。
「守備がもっとできりゃあ、足が早けりゃ、あいつは絶対にプロに行けただろう。だが、一軍にいけるかどうかだった。俺がこのチームから出さなきゃいけないのは、一軍選手ではなく、活躍する選手を輩出する事だ!1億円プレイヤーになりたいなら、良いスイングが持ち味の打撃だけじゃダメだろうが!基本の守備がもっともっとできなきゃ、スタメンはとれない!出場機会に恵まれない!!どーやって投手を打ち崩すかを考えなきゃいけない!怪我にだって強くなきゃいけない!」
自主トレは自主トレだ。自信の回復、維持に使うも良いし。苦手と見つめるのも良い。
だが、チームとしての練習ならば、チームと本人に適した練習を重ねていく。嫌がろうが、分かってもらえなきゃいけない事だ。
荒野本人が理解し、聞いたところで意味がない。大切なのは、苦手を知りつつも乗り越えていく研鑽。好きな事を続けた分だけ、苦しくもある。
ただ、その辛いところを乗り越えれば、今の打撃のように数段飛ばしで上達する事を野際は感じている。
なぜなら、荒野の夢と向上心を知っているからだ。
愚痴で申し訳ないんですけれどね。
練習を教えるというのは大変だなって思います。正しいと思ってなきゃいけないし、無様なことは見せられないし。教えられる人は基本的に選べないのも、辛いことです。特に教える側はその事を重々承知しているものですから。
この間の筒香選手の会見が結構印象的だったんで、トーナメント方式はどうなんだろうとは思っています。高校生の負担は将来を本当に決めかねます。個人的に日ハム斎藤選手が高卒だったら、……って思った事は何度かあります。(マー君の比較はキツイだろうけど)
でも、勝たなきゃいけないっていう気持ちを、削るのはちょっと難しいかなって。
個人的に地方予選からの出場校を減らしていき、試合数そのものを減らすという形とかどうかなって思ってます。大阪と鳥取では試合数の差が激しいわけですし。参加条件のルールを部員40名以上と盛り込めば、野球を好きで取り組む選手や学校がいるチームの試合ばかりになるのではないかと。
それと練習をするというのは、楽しい事ばかりじゃない。むしろ、辛いことばっかりかな。短時間でメキメキと上達する人もいれば、やはり熱意があっても才能という壁を知って落ち込む人がいるものです。そして、限界を知るということもあります。
なかなかこいつが厄介なんですがね。限界を知らないと、どれだけ自分が成長したか分からないんですよ。毎日限界に挑戦しろとは思いませんが、時折、自分でも仕事の無茶を引き受けます。そーしないと、いつ自分の成長が止まったかを知れないんですよね。もういつ衰えていくんだろうなって、恐怖もあります。
社蓄性が高くて申し訳ないんですが、やってやろうという気持ちは、やっていないと養われないんですよね。根性論だって言われちゃうかもしれませんが、色んな技術を知ったり、学んだりするには気持ちがないとダメかと思うんですが……。
仕事の話しで申し訳ないんですが、また新人さんのご指導係を務めています。いやホントね。失敗したらフォローするのが、普通だからね!気にしなくていいから!自分のときはフォローしてくれなかった苦しさがあったから、自分はそうするんです!
新人さんが重大な仕事を任せてくれない事を不安に思っているみたいですが、そーいうのを任されたかったら基本から学ぶことが大事なんです!人間すぐには成長できません!まずは、仕事を覚える事と仕事の流れを知る事、自分の健康体調管理をするんです!風邪を引いたら報告しましょう。休んでいいです。自分は風邪をもらいたくないんです!
……とまぁ、こんな感じの新人さんで。限界を知らない感じか、焦っているのか。
気楽にやって欲しいものです。
指導係のこちらは5年目くらいでようやく芽が出てきた覚えの悪い人間なので、1年目から仕事を覚えられる人を見ると、羨ましいんですよね。焦る必要はないんです。
パワハラにならないよう丁寧にやりたいんですが、なにがパワハラに接触するか今は難しいですね。殴ったりはしてませんけれど。仕事量が多いとパワハラに切り替えられるみたいで、不安ですよ。通常業務と指導係の同時は、キツイんですよぉ(笑)。それは知っていてくれ。