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第10回 終わりの始まり

最終課題は終わった。表面的には終わった。

ローラー作戦は虚しく、何の成果も得ずに講義終了のチャイムが鳴る。図面を提出してその日は終わる。



一週間後、僕らはまた製図の教室にいた。

成績は、先週までのボルトとナットの組立図で決まる。そう多くの学生が思っていた。




講義開始のチャイムの後、しばらく沈黙の時間が続く。皆、これから何が始まるのか不安に思いながらじっと教授の方を見ていた。



5分ほど経って、教授がやっと口を開いた。

「君たち、やる気はあるの?」

その言葉は紛れもなく、これからどうしようもない説教が続く事を意味する言葉だった。


「今のままだとみんな来年も受けることになるよ。単位をあげられる人なんて数人しかいない。君たち来年も受けたいのかな?」




勿論教室は無言だ。


「私は別に構わない。だけど製図版には限りがあるからね。買ってもらうことになるよ。3万円くらいだったかな?生協にお願いしなきゃいけないね。生協大儲けだね。席を確保するために隣の教室も使わなきゃいけないね」


静まり返った教室に教授の声だけが響く。

「もうさ、まじめにやればできるはずなのになんでできないのかな?それってマジメにやってないってことだよね?本当にどうしたらいいのかな?もうやる気なくなっちゃうよ本当に」



「どうする?このままだとみんな落単だけど…いやみんなじゃないけど大半が落単だね。

 方法としては、もう一度別の課題のやってそれで評価を決めるというのもあるけど」




僕は知っていた。ここまではテンプレであるという事を。

過去の先輩の話では、毎年このくだりをやるらしい。最終課題と言いつつ、組立図は最終課題ではなく、真の最終課題はその奥に控えるねじ部の拡大図を含んだボルトの図面の作成であると。


じゃぁなんだって最終課題だと嘘をつくのか?それは誰にもわからない。強いて言うのならば、学生に「最終課題」という緊張感を与えるためだろうか?


「誰も何も言わないなら、今回の組立図で成績決めるけど、良いかな?」

教授が呆れたように言う。すると、後ろの方で声を上げる人がいた。


「僕は追加の課題がやりたいです!」

それは僕の真後ろの友人だった。一緒に同じような図面を作り上げた友人だった。


その言葉に教授は不満げな顔をし、後で返されるであろう組立図の図面を見始める。




「君は…B評価。つまり、追加の課題をやらなくても単位を貰えるよ?それなのにやりたいの?」

その言葉を聞いて僕は思わず声を上げそうになった。

後ろの彼がB評価ならば、同じような図面を描いた僕もB評価のはず。こうなればいっそ、誰もこの後言わずにこの課題で評価をつけてしまえ!と心底願った。


しかし、そんな僕の思いを無下にするように、別の男が声を上げる。

「僕も追加の課題を希望します」


声の主と図面の評価を見比べる教授は言った。

「君はC評価。確かに追加の課題をやった方が良いね。

 でも、最終課題だって言われてやったのにこの評価なら、新しく課題やってどうにかなるの?」


教授は続ける。

「君に限らず、みんなそうだよ。こうしちゃ駄目だよって再三ホワイトボードに書いてまで注意したことも平然と守らず酷い図面を描く人が多すぎる。そんな人ばかりなのに追加の課題をやって何か変わるものがあるの?」


皆黙ったままだった。もちろん僕自身も黙ったままだ。

「追加の課題をやるなら、せめてA評価じゃないと単位をあげないくらいにはするよ?それでもいいんだね?

 嫌なら嫌って言いなよ。ただし、他の案も一緒にね。ただ嫌だっていうならそれこそ小学生でもできる」


教授は僕らに「誠意を見せろ」を言うのだ。意識改革をしろと言うのだった。


そんな時、再履修の男が声を上げた。

「この一週間で全部の課題を再度チェックし、完璧に仕上げて提出するのはどうでしょうか?それでB評価以上ならば単位をあげる、という感じで…」

「それ意味がある?そんなことしてみんな本当に変わる?」


別の男がまた声を上げる。

「勉強会を開いて、皆で確認しあえる環境を…」

「それを誰が呼びかけるの?ここにいる人全員が来なきゃ意味は無いよ?」


「ノートを作って提出する」

「ノートを作ったからといって理解ができるとは思わない。それならみんなホワイトボードのメモを取って理解しているはずだから」


もはや積みである。


このどうしようもない状況を変えることなんて誰にできるというのだ。


なぜ?やどうして?という教授の返答に全て対応できるような案であり、尚且つ実現可能な案。そんなもの主体性の欠片もない僕のような学生のいるこの空間で出てくるはずがない。



僕は彼らの勇気を褒めたい。むしろ尊敬している。よく声を上げられると思う。

誰だって自分の言葉に責任なんか持ちたくない。そんな中でも責任をもって声を上げられる人は凄いと思う。僕はひしひしとそう感じていた。



ただし、再履修の無謀な案だけは賛同しかねる。ただでさえ試験前で忙しい今の時期にそんなことできると本当に思っているのだろうか。





まぁ、例年通りならばここでどうあがいても追加の課題はあるわけでそれをこなして単位が手に入るかが決まるのだ。

そう思っていると教授は満足したのか諦めたのかわからないがこう言った。

「とりあえず図面を返却します。その後、追加の課題の説明を始めます」


今回もまた、評価順に呼ばれていく。A評価はいないので、B評価から呼ばれていく。僕は自分の学籍番号が呼ばれるのを今か今かと待った。





結果としては、呼ばれなかった。不思議なことに、僕の後ろの友人すら呼ばれなかった。

僕と友人は顔を合わせて苦笑いを浮かべた。

代わりに呼ばれたのはC評価の図面返却の時だった。


何とも言えない気持ちになった。


「それでは追加の課題について説明します。これが本当に最後の課題になります。

 課題内容はボルト。それにプラスでねじ部の拡大図を描いてもらいます。ねじ部については教科書のページだけ教えるのでそこを参考にして書いてください。しっかり皆さんが勉強すれば描けるはずなので説明はしません」



そう言って講義は終わった。あっけなく終わった。


誰しもが来週に不安を持ちながら、その日は終わった。


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