桜ノ夢
「桜ノ夢」
時は平安時代、まだまだ、貴族の力が強かった頃の話。
京の外れに誠に不思議な男が住んでおりました。年は若く、美しい顔立ちに、髪は濡羽のように黒い髪はおろしていた。肌は雪のように白く透き通っており、唇は薄く、血のような紅を宿していたそうな。
そして、この男、別段、修行した僧でも、陰陽師でもないが付き物祓いや、怪異現象の解決などを生業としており、また、名がないため貴族達からは信頼と畏怖を込めて「鬼神の子」と、陰で呼ばれていたそうな。
さてさて、そんな「鬼神の子」と呼ばれている男も、自らの屋敷の庭にある桃を眺めながら花見をしたい時だってある。
しかし、何故かそういう日に限って来客が来てしまうものだ。
「……なぜこのような日に客がくるやら」
庭の桃を眺めながら不機嫌そうに男は呟いた。機嫌を直してもらおうと美しい女達が男の持つ空いた杯に酒を注ぎ、つまみを運んでいた。
「仕方ありません、古からこのような運命なのですから」
と、女は、男の操る式神はそう答えた。
古か、とほんの少し苦笑いを浮かべ桜を眺めた。京から離れた静かな我が屋敷で桜を楽しむ、実に素晴らしいことだ。
が、しかし、客人が来るとなれば内心あまり穏やかでは無い。
何故なら、こんな京の外れに来るということは……
「客人が参りました」
「む、そうか、ここに通しなさい」
彼は、式神にそう告げた。
程なくして、客人の男が入ってきた。見た目は20代から30代くらいだろうか。頬はこけていて、目の下にはくまが出来ていた。来ている狩衣がすこし不釣り合いに見えるくらいみすぼらしく見えた。
「お久しぶりですな、少納言どの」
「宮廷で会って以来ですな、」
「ささ、せっかくなのでまずは酒でも」
「かたじけない」
男は少納言に新しく出した杯を渡し酒を注いだ。
「うまいな」
「かなりの名酒だそうですよ、なんでも、なかなか手に入らないとか」
「お主、この酒をどこで手に入れた?わしも欲しい」
「言えません」
「何故じゃ」
「色々、と申し上げておきます」
「……また、怪しい所から手に入れたな?」
男はにっこりと笑って誤魔化し、少納言は深々とため息をついた。
「まぁ、良いではありませんか少納言どの、それに、私に会いに来たのは文句を言うためではありますまい」
「はて?なんのことやら……」
「相変わらず嘘をつくのが下手なお方だ、顔を見れば何かあったのかぐらいはわかる」
「……やはり、ばれたか、まぁ、お前に解決してほしいことがあってな」
「なんです?」
「もし、夢で亡くなった妻が桜の木の近くに立っていたのだ」
「ほう?それで?」
少納言は一気に杯の酒を煽り事の始まりを語りだした。
妻がこの前亡くなってな、それで、わしと2人で毎年花見をしていた庭の桜の木の下に埋めたんじゃ。それからしばらくしてからのことじゃ。桜を眺めながら酒を飲んでいたら寝てしまったようなんだ。
そしたら、多分、あれは夢だと思うのだが……その桜が満開に咲いていて、その近くに妻が、死んだ妻が生前の姿で立っていたのさ。
しかし、不思議なことにわしが声をかけても妻は悲しそうな顔をするだけなんだよ。触ろうとした所でその時は目が覚めたんだ。
「よくある話では?死者が夢枕に立つ話は不思議なことじゃない」
「まぁ、まて、続きがあるんだ」
少納言は苦笑いを浮かべながら男の杯に酒を注いだ。
それから数日たった頃、また、花見をしながら寝ていたら同じ夢を見たのさ。わしが妻に声をかけると今度は妻が優しく微笑みわしに『そんな所でまた寝て、お体を壊しますよ』と言って膝枕をしてくれたんだよ。しかも、桜のほのかな香りに混じって妻の香りと膝枕されている感触があったのだよ。不思議なことだとは思わんか?
「確かに、少し不思議ですね」
「そうじゃろ?で、その後、どうやら、夢の中でも眠ったらしいのだが起きたら妻が使っていた針と糸が落ちていたのさ」
「使いの者が使ったのではなく?」
「わしは基本そういうことはやらせんしその日はわし以外に誰もいなかったのさ」
はらりと、どこからか桜の花びらが舞い落ちてきて男の杯の中に落ちてきた。男は酒に濡れた紅い唇の端を釣り上げ柱に寄りかかった。
「少納言どの、一つ質問してもよろしいかな?」
「何かな?」
「そのみっともない顔はいつからです?」
「妻が亡くなってから、かなぁ、食事もあまりしたくなくてな」
なるほど、と男は呟き桜を眺め、少納言はつがれていた酒を煽り、また、酒を注いだ。
「桜」
「は?」
「少納言どのの見た夢は少納言と奥方様が我が子のように愛した桜に宿る精霊が見せたものなのです」
「なんと」
「恐らく、父のような存在の貴方がそんなんだから見かねて母のような存在だった奥方様の姿を借りたのでしょう」
「そうで、あったか……」
少納言は静かに笑い、しばらく、酒を呑みながら世間話をしていたが、夜が来る前に屋敷を去った。
やがて、夜になった。
男は満月に照らされた桃を眺め、懐から式神を取り出した。
「これで良かったかな?奥方様」
式神が男の手からふわりと離れ桜共に舞った。
男はどこか満足気にそれを眺めていた。
ーーどこからが舞い落ちてくる桜は笑っているようにも見えたーー
初めまして、綾野風里と申します。初心者のため拙い文章ではありますがここまで読んでいただき誠にありがとうございます。アドバイス等ありましたら、是非、コメントの方よろしくお願いします。