第5話 その日、竜が目覚めた
頭の中に声……力が欲しい……ウッ、頭が
なんだ。
なんなんだ、これは。
この声は。
そう思いながらも、俺にはこの声に身も心も委ねればいいという確信があった。
そして突然、深い眠りから覚醒するような感覚が起こった。
その瞬間––
『ケセ!!!』
––その声がなんと言っているのか分かってしまった。
その言葉に、心が震えた。
心が震えるとはなんだ、と思うだろう。だが実際に俺はそう感じたのだ。
そして、俺は幻覚のような景色を見た。
暗い闇に包まれた世界。どこまでも暗いその世界に俺が1人。
その闇に目が開いた。金色の目が1つ、2つと開いていき、6つの目が横に並んだ。爬虫類のような瞳孔の細い目だ。
暫くすると、目の下に3つの口が開いた。その口はニヤリと笑みを浮かべている。よく見ると、口からは牙がのぞいているのが確認できた。
そして、目を凝らして見て、それが何なのか分かった。
暗くて分かりにくかったが、少しずつ目が慣れてきたのか、目の前にいるものの正体が見えたのだ。
それは、最近初めて見た生物と似た生物。四つの足には鋭い爪を持ち、長い尾が生え、全身を鎧のような黒い鱗が覆う。そして、その背後には夜の帳そのものとでもいうかのような、黒くて大きな翼が広がっていた。
その正体は、理性ある目を持った巨大な竜。
ただその竜は、竜としても異形であった。
首が3つあったのだ。
3つの頭、3つの口。6つの目。
その6つの目からの視線全てが俺に向けられている。
それに気づいた時、俺はさらなる心の震えを感じた。脈動といっても良い。何かが心の中、或いはもっと深くで動くかのような、そんな変化。
その感覚に驚いていると、3つの竜の口が開いた。
『ケセ……ケセ……』
ケセ? 消せ、か? 何を……何を消せと言うんだ。
そう思うが、声が出せない。
『ケセ……ケセ……消スノダ。ソシテ、自ラヲモ消スノダ。アーリノ名ヲ冠スル者、アーリ・ハリーファ。アーリノチカラヲ継グ者ヨ。イツノ日カ汝ハ知ルダロウ、アーリノ定メヲ……数多ノ者達ニヨッテ継ガレテ来タ悲願ヲ』
それは一体、どういう?
そう思った瞬間、6つの目が眩いばかりの光を放った。
「……っ!?」
俺は思わず目を瞑った。
次に目を開けると竜は消えていた。闇に包まれた世界もない。暗い廃墟の一室に立っていた。
今のは一体……?
ただの幻覚や白昼夢とは違う気がする。
どちらも見たことはないが、そうではないと分かる程にリアルだと感じた。
いや、それら以上の何かすら感じるほどの……圧倒的な力を感じた。
それに、あの竜が言っていたアーリという名は俺の一族の中でも一部の者だけが名乗ることを許された名だったはずだ。だから、異世界で聞くはずがないし、あの竜が知っているのも謎だ。その後に言っていた『アーリ・ハリーファ』や『アーリの定め』というのも何のことだか分からない。一体何を意味していたのか……
「––どこに隠れやがった、あいつ!」
あ、忘れてた。
俺って今追われているんだった。
そう思って、部屋の外を伺おうとしたその瞬間、ドアの向こうから足音が近づいてきた。
あの竜との邂逅をしている間にもう片方の部屋を見たのか、真っ直ぐこっちへやって来たのかは分からないが、少なくとも大ピンチであることに変わりはない。
何とかしなければ。
そう思った瞬間、竜のあの言葉が脳裏に蘇った。
『ケセ……ケセ……消スノダ。ソシテ、自ラヲモ消スノダ』
消す? 自らを? 自らを消す……消える……つまり、透明?
自分の気配を消せと言っているのだろうか?
消す。消す。自分を消す。消える。
「こっちか!」
そう言って、金髪野郎が部屋に入って来た。
俺のすぐ目の前に金髪野郎が顔を覗かせていた。
しまった。来てしまった。
殺されてしまう。
「やべっ!」
俺は焦った。
今見つかれば、緑のリーゼントバニー野郎と同じ末路を迎えることになると分かっていたから。
しかし、金髪野郎の反応は俺の予想とは反していた。
まるで俺が見えていないかのように、声も聞こえていないかのように、すぐに部屋から出て行ったのだ。
俺は呆然と呟いた。
「見えてない……それに、聞こえてない、のか?」
なぜ?
いや、それはもう問わなくてもいい。
俺には分かってしまったから。
自分の中の何かが動いていることが。
それは、黒い闇のような力。
それが俺の体から溢れてきて、体に纏わり付き馴染むかのようにもう一度体の中に入ってきた。
すると、不思議な感覚に襲われた。
自分の体を、気配を、存在そのものを、完全に消すことができる。
そんな気がしたのだ。まるで自分の体に新しい腕、もしくは足が生えたような感覚。いや、どちらかと言えば、元からあった翼に今気が付いたようなそんな不思議な感覚だった。
その感覚に驚きながら、俺は取り敢えず目先の危機を脱したことに安堵した。
「ふぅ、何とかなったか……」
「ん? ……今、声がしたような……」
俺の声が聞こえたのだろうか、金髪野郎が引き返して来た。
「え? ……あ」
「……あ」
そして、部屋に入って来た金髪野郎と目が合った。
つまり、俺の姿が見えているということになる。
今度こそ、一巻の終わり。
––やられる。
そう考えた瞬間、先程の冷たい感情が戻ってきた。
考える暇なく、体が動く。
流れるように、自然に、殺気なく。
手を地面に着き、倒立しながら体を捻る。
そして、一度だけ膝と腕を曲げて、バネの要領で金髪野郎の顔面へと真下から蹴りを放つ。
「……なっ!? グゥッ!!」
金髪野郎が声を上げるが、気にせずに蹴る。
放たれた蹴りは見事に顎の下を捉え、金髪野郎は少しだけ打ち上げられる。それは某ゲームなら痛恨、もしくは会心とでもいうべき綺麗な一撃。
さらに、蹴っている途中で少しだけ足の軌道を変えていた影響で、金髪野郎は前のめりに倒れるような形で宙に打ち上げられている。
つまり、俺の真上に金髪野郎の腹がある。
そこへ、蹴った反動を使って体を屈伸させて蹴る。
蹴って、蹴って、蹴りまくる。
そして最後に、かかとで、腕と腹を捉えて横へ蹴り飛ばす。
立ちあがって金髪野郎を見てみると、気を失ってしまったようで、鼻から血を流しながら白目を剥いていた。
「……今のって……俺がやったんだよな……?」
冷静になった俺は自分のやったことに驚いていた。
無論、俺に何らかの武道をした経験は無い。
運動もそこそこできるが、だからと言って新体操の選手のように動いて蹴りを放つ、なんてことができる程ではない。
これがあの竜が言っていた、アーリの力だと言うのだろうか? いや、きっとそうなのだろう。自分を消して、異常な身体能力を持っているのだ。それこそ、特殊能力などでないと説明できない。
いや、魔法ならば両方できるのかもしれないが、少なくとも日本にいた俺にできることじゃないのは確かだ。
「キュァ〜」
俺が自分のやったことに戦慄していると、クルアが可愛らしい欠伸をしながら目を覚ました。
……こいつはなんで安全になってから眼を覚ますのだろうか。
まさか、本当は起きてたんじゃないだろうな? って、それは流石にないか。
「お前、もう少し早く起きてたら、俺の勇姿を見れたんだぞ〜? って、ん? お前何持ってんだ?」
「キュァ?」
クルアは小さな前足の中に何かを持っていた。
それは、赤い、半透明の石のような物だった。
宝石だろうか?
ん? 赤くて、半透明の、宝石?
「おい、クルア……それって、そこに転がってる金髪野郎が探してたものじゃ……」
あれ? 俺が金髪野郎を倒した意味は……いや、やめておこう。
宝石はここに置いて、金髪野郎が伸びているうちに帰るべきだ。
だが、その前に金髪野郎をどうにかしないと。
「救急車を……って、この世界に救急車なんてあるのか?」
「勿論あるとも。私が電話しよう」
「え、マジっすか。じゃあ、俺は今のうちに帰……ってあれ? 誰もいるはずが……」
入り口の方を見てみると、そこにはスーツ姿の壮年の男性が笑みを浮かべて立っていた。
ここまで読んでくださりありがとうございました。
能力覚醒だっ!
いやー、いいですね。異能力とか、特殊能力とか。
実は、作者も昔はいくつかの特殊能力持ってたんですよ?
妄想と現実の区別をつけられない程度の能力(1年前に喪失)
特殊な性癖を持つ人間を見つけ出し、それを当てられる程度の能力(2年前に喪失)
二次元よりもリアルを優先できる程度の能力(5年前に喪失)
どれだけ厨二セリフを吐いても平然としていられる程度の能力(中3で喪失)
人と普通にコミュニケーションできる程度の能力(あ、察して)
感想やブクマ、意見など待ってます!
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明日も投稿します。
ぜひ、読んでください。